解放③
「母は女性の性被害、特にレイプ事件に関して積極的に関わる様になりました。父も母が鷹羽に対して嫌味を言う事に関しては咎める事はあっても、鷹羽を屋敷に帰る様には言わなかった。鷹羽も高校卒業後に少しずつ痩せる様になったのは、貴方と言う庇護下がいたから安心して痩せれる事が出来た。……きっと父も櫻子おばさんとおじさんの何かあったのか知らないでしょう」
そりゃあ急に妻が子供相手に大人げない嫌味を言う様になったら疑問を覚えるだろう。離婚していないと言う事は何となく察しているだろう。
「シキミさん。もしかしておじさんは櫻子おばさんにっ」
「それ以上は言わない方が良い。人の口に戸は立てられぬと言う諺がある。お前さんは一企業のトップだ。迂闊な発言は控えた方が良い。お前さんの肩には数え切れない程の人生を背負っているんだろ?」
その真実は余りにもスキャンダル過ぎる。ただでさえ会社の業績が不景気で下がっているのに亡くなった会長の罪、そして息子の罪を隠蔽した前会長夫婦。
此れが世間にばれたら倒産は確定だ。流石に何千人の従業員とその家族を路頭に迷わせるのは忍びない。鷹羽もそんな事は望んではいないだろう。
「―――――ッ! …………そもそもどうしておじさんは櫻子おばさんにそんな事を。当時おじさんは母と婚約していたし、当時からかなり女性にモテていたのに」
「義妹である櫻子を愛していたから」
「――――はぁ?」
俺の言っている事が分からなかったんだろう。心底分からないみたいで素っ頓狂な声を出し、怪訝そうな顔になっていた。まぁ真面な感性を持っているなら俺が言っている事が分からない筈だ。
「あ、愛しているのなら余計に愛する人を傷つけない様にする筈では? それなのに言っている事と行動がちぐはぐしている」
「普通の感性ならそうだろうなぁ。だけど父親はそうじゃなかった」
鷹羽の父親は、父親の再婚相手の連れ子であった櫻子に一目惚れをしたのがこの悲劇の切っ掛けだった。
彼の周りには彼の美貌と財産に目が眩んだ女性達しかおらず、子供の頃からの許嫁だった従姉妹はハイエナ共とは違ったがそれでも彼の心の琴線に触れる事がなかった。
その彼の心が強く揺さぶった相手と言うのが二つ年下の十八歳の櫻子だった。
だから彼は彼女の為に植えた桜の木の前で告白した。彼は成功すると疑っていなかった。
だけど櫻子は告白を断った。
櫻子は金持ちの家が性に合わなかった。
色々と堅苦しい決まりがあるし庶民出の櫻子を馬鹿にする人間もいた。彼女はそう言っためんどくさい所が嫌いで高校を卒業したら直ぐに屋敷を出るつもりだった。
彼は何とか考え直して欲しいと説得したが、櫻子は首を縦に振らなかった。
頑なな態度を取る櫻子に義兄は痺れを切らし、花弁が舞う桜の木の下で櫻子を強姦した。
血の繋がらない兄に強姦された櫻子は心を殺されてしまった。
元は星の様にキラキラした目をしていて、名前通りに桜の花弁の様に儚く綺麗に笑う明るい女性だった。しかし星の様にキラキラしていた目が暗闇に消え去り、桜の花弁の様な儚く綺麗な笑顔が一切無くなり、まるで人形の様に生気のない息をするだけの物体と成り果てた。
櫻子の姿を見て後悔すればまだマシだったかもしれない。なのにこの男はとんでもなく腐っていて『素直になってくれた』と喜んだ。
そして結婚して二年後に娘の鷹羽を出産。鷹羽を産んで三年後に桜の木の近くで櫻子が転んで両足のアキレス腱が切れる大怪我を負い、そのまま歩けなくなってしまった。
その事で男は余計に櫻子に対して過保護となり、櫻子の部屋に殆ど軟禁状態で部屋に籠らせる様になり移動の際は自分がいる時は横抱きで移動させる程の徹底ぶりだった。櫻子自身その事に対して抗議の声も出なかったので男は満足していた。
ただ、男が義妹を強姦し、妻が大怪我した場所でもある桜の木に遠目で桜を楽しむだけで生涯近づく事はなかった。
「二人共何やってるの?」
二人で話し込んでいた所を鷹羽に話し掛けられた。如何やら桜の木も粗方燃えきってしまって真っ黒な炭から煙と赤い火の粉が見える程度だ。後は消火されて残りカスは何処かに捨てられる手筈だ。
「スッキリしたか?」
「うん。……約束通りにこの屋敷には二度と帰って来ないし連絡も取らない。おばさん達が亡くなった時は香典を送るかもしれないけど連絡をしなくても構わないよ」
「そうか。……何か助けて欲しい時は連絡してくれよ。縁が切れたとしてもお前は俺の唯一の又従兄弟なんだから」
「ん」
短く返事をして軽く手を振って鷹羽は背を向けた。さっぱりした別れ方は本来の母親に似たのだろう。
俺も彼女の後に続こうとしたが鷹羽の又従兄弟に止められた。
「シキミさん。初めて会った時から貴方とおじさんは根っからの部分はそっくりだ。だけど貴方はあの人と違って鷹羽の事を尊重してくれている。貴方がおじさんとそっくりなら俺は全ての権力を駆使して貴方から引き離していました」
そして彼は深々と頭を下げた。
「どうか鷹羽の事を宜しくお願いします。俺達一族が出来なかった彼女の幸せにしてやって下さい」
「言われなくても」
鷹羽の父親は本当に馬鹿だ。
櫻子の事を本当に手に入れたいのなら彼女がこの屋敷から出て行く事を容認するべきだった。
例え屋敷から出て行っても縁は切れる事はない。屋敷を出て行っても別の場所で会う事だって出来る。
慌てず少しずつ櫻子の心を開かせる事を最優先にするべきだったのだ。もし他の男に目移りする事を恐れていたのなら、なるべく穏便に排除すれば良かったのだ。権力や金が自由に出来る力が父親にはあった。
俺だったら鷹羽を俺の眼に入る距離で見守る。
鷹羽が俺の眼から見えない場所に行こうとするのなら俺が彼女に近づくか、穏便に誘導して俺の眼の範囲に戻させる。
鷹羽が仲良くしている女友達は俺の経営しているキャバクラの嬢だし、ふらりと一人で旅行するのなら若い奴等を物陰から見守らせる。ナンパしてくる男を追い払う程度には若い奴等には言っているが鷹羽のする事には手や口を出さない様に命令している。
鷹羽がどんな所にいようが最後に帰る場所が俺の所ならそれで良いのだ。
鷹羽の父親も俺と同じ考えならば、鷹羽の母親はもしかすれば父親の事を好きになる事あったかもしれないし、自殺なんてしなかったのだろう。鷹羽だって俺の様な屑と内縁関係になる事はなかった筈だ。
「まぁ俺達には関係のない話だ」
もうこの屋敷に関わった人間は『サクラ』の呪いが解けたのだ。後の人生は其々好きにすれば良い。もう俺達には関係のない事だ。
俺は鷹羽の父親を反面教師にして鷹羽の事を愛そう。だって俺は鳥の様に自由で気ままな鷹羽を一番愛しているのだ。
「シキミどうした?」
『サクラの呪い』と言う重しが羽の様にふわりと笑う鷹羽の笑顔を見て改めて確認したのだった。
あの時、屋敷を出る前よりも痩せた鷹羽の顔をワザと鷹羽の父親に見える様に髪を上げてキスをしたのが罪になる筈がない。ただ、半狂乱になって窓から鷹羽の元へ向かおうとして落ちて行く所を見捨てた事と母親に似た鷹羽を父親の生贄にしようとした祖父母が乗っていた車に集めた大量の桜の花弁タイミングに合わせてフロントガラスに向けてばら撒いて事故を起こしたのは犯罪かもしれないが、俺はヤクザだ。地獄に行く罪状が増える程度で痛くも痒くもない。
その代償が鷹羽と一緒にいられる未来なら安いモノだからだ。
『鷹羽』の名前は櫻子が『鳥の様に自由になって欲しい』ともうちょっと正気だった時に名付けました。猛禽類でもある『鷹』だけはなく『羽』を付けて念入りに。
祖父母が鷹羽を櫻子の身代わりにして父親を『普通』にしようとしたが、それを知ったブチ切れたシキミが下っ端達を使って彼の目の前で暗殺しました。桜の花弁を使ったのは鷹羽の母親の復讐の様に見立てたから。
将来間違いなく鷹羽に危害を与えるであろう父親を消す事はシキミがあの屋敷に最初について行った時から決めていました。自分と同類だと分かっていたシキミは『どんな事をすれば絶望するのか』と考えて、素顔を見せた状態の鷹羽とのキスでした。結果シキミの考え通りに半狂乱になった鷹羽の父親は窓から落ちて死ぬまで怒りと絶望と苦しんで死にました。
鷹羽はシキミがした事は知りませんが、又従兄弟の両親は知っています。櫻子にした事は絶対に許せないし、息子が苦労するであろうお荷物が無くなる事は両親、特に母親は願ってもない話です。勿論シキミもその事を分かってますが、この事を世間に知られてもお互いメリットがない事は両者分かっているので一生露見しません。
又従兄弟は会社関係で苦労しますが会社を再建させ、暖かい家庭を作ります。又従兄弟は何時も蚊帳の外ですが、その方が彼の性格上最善です。
鷹羽とシキミのその後は皆さんの想像にお任せしますが、鷹羽の帰る場所はシキミがいる家と言う事は表記しておきます。