申し訳ございませんが、私は逃げます
「え……ええっ!」
なんで? と絶句する私に御構い無しにベルモットは続ける。
「アナタがいるならもっと仕事がやりやすくなるわあ。まあ、大使であることをいいことに少しずつ買収したり、強請ったりしてじわじわと真綿で首を絞めるようにことを運ぼうとしていたんだけどね」
「そんなこと私が承諾するとでも思ってるの?」
「もちろんタダでとは言わないわ。フロイデは大国ですもの。侵略した暁にはアナタの今後の一生を保証してあげるわ。アタシが陛下に進言してあげる」
「陛下……とかって。流石に大使だからって」
「あは! ただの大使じゃないわよお。アタシ、皇帝陛下直属部隊の幹部なの♫ だから色々と融通が聞くのよ!」
「ベルモット様!」
楽しそうに話すベルモットを後ろの執事が慌てて止める。
「何よ〜。セバス。スカウトしてるのに止めないでくれる?」
「相手をお選び下さい。いくら有名貴族のご令嬢といえど、会ったばかりの人間にいきなり身分を明かすとは……」
「あらあ? 早く帰国できるといいですねって言ったのはアンタでしょ? さっさとカタをつけられた方がいいに決まってるじゃない? アタシは、目の前に来た優秀な人材をね……」
あっけにとらえる私をよそに二人は小言を言い合っている。
(今なら逃げられるかも!)
絶対に阻止すべしバッドエンド! そのためにはこの状況を打破しないと!
そう意気込んだ私は、そおっと退き、踵を返して走り出した。
「あ……っ! ちょっと待ちなさいよ!」
「絶対に逃げてやるんだからあああ!!」
ドレスの端を持って駆け出す。
高いヒールでは全力疾走も程遠いが、なりふり構っていられない。
ここで捕まって無理やり協力でもさせられたりしたら。国が終わる。
私の愛すべきキャラクターたちがバッドエンドになってしまう!
「ふふっ! いいわあ。追いかけっこならアタシも得意よ?」
後ろから聞こえる声に振り向かず、全力で走り抜ける。
「ひいいいいいい!」
令嬢らしからぬ声で叫ぶが、誰もいない場内では私を気遣う者などいない。
そしてたどり着いた先。
バルコニーに追い詰められた私は、ベルモットと対峙していた。
「……悪いけど、アナタに選択肢はないの。正体を知られちゃ放っておくわけにはいかないわ。アナタの取れる選択肢はたった一つだけ。もし、断りでもしたら……。フフッ、言わなくても分かるでしょう?」
絶対絶命のピンチ。それでも私の心は一つだった。
(私は……絶対に諦められない。みんなが幸せな……、ハッピーエンドを目指すことを!)
キュッと唇を噛む。
これからしようとしていることは大きな賭けだ。
それこそ、私の命を賭けるほどの。
でも、私は絶対にみんなにこの国で幸せになってほしいのだ!
「そのためには!! ちょっとくらいの危険だってへっちゃらよ!」
「え……!」
踵を返して駆け出して勢いよく、バルコニーを飛び越える。
「すべては! ハッピーエンドのためにー!!」
その先は空中。
下には王宮自慢の庭園。
運が良ければちょっとした怪我で済むはずだ。
……良ければの話だけど。
キュッと目を瞑る。
そのまま地に落ちて、衝撃に備えるはずだったのだが……。
「ちょ! ちょっとちょっと! ちょっとおおおお!!」
「うわっ!」
ぐらりと重力に引き寄せられた体にベルモットが抱きつく。
「ま!! 待ちなさいよ! アンタ、正気!? ここ3階よ!」
「いやああ! 離して!!」
ばたつく私の腰をベルモットが引き上げようとする。
「こんのおバカ! こっちの話を聞きなさいって! いくら何でも、飛び降りるなんて無茶よ! なに考えてるの!!」
必死に抵抗するがしかし、がっしりと掴まれた腕は容易には解けない。
「……ハッピーエンドのためには! 私はここでやられるわけにはいかないの!」
ばたつくたびに強くなる腕の強さに焦りが募る。
早く、早くこの腕から逃れないと。
「ちょ、ちょっと! 何、訳のわからないこと言ってるの!? アンタ、死んじゃうわよ!」
ぐっと強まる力に私は声の限り叫ぶ。
でもここで捕まっていいようにされたら、最大のバッドエンドルート突入は避けられない。
そんなの絶対に! 阻止!
「推しのためだったら死ねる! みんなの幸せのためなら私はどうなってもいい!」
「……!?」
「あっ!」
叫んだ途端、渾身の力で引き上げられてバルコニーに二人で倒れこんだ。
「……い、いたた」
少し打ち所が悪くて、腰に手を当てながらゆっくりと起き上がる。すると……、同じように息を切らせたベルモットが私のことを見下ろしていた。
私が暴れたからだろう。抑えつけていたベルモットの服は乱れ、額には汗が滲んでいる。
崩れた髪型を整えながらゆっくりと私の側へと近づいてくる。
「……っ!」
思わず後ずさると、ベルモットがふんと鼻を鳴らした。
「まったく……、見かけに寄らず随分とおてんばなご令嬢ですこと!」
そう言って、私に手を差し伸べる。
「まあ、とりあえず話しましょう? アタシも流石に早急すぎたものね」
先ほどよりも穏やかな表情。
その目は先ほどよりも優しくて、つい気が緩んでその手をとる。
「……諦めるって選択肢はないの?」
私の言葉にきょとんとした表情を浮かべたベルモットは、すぐに口元に蠱惑的な笑みを浮かべてがっしりと手を掴む。
「ぜーんぜん? むしろアタシ、アンタに興味が湧いてきたわ♫」
「は……はあ」
脱力した私にベルモットは満面の笑みを浮かべる。
「い……いったいどうして?」
「ふふっ、言ったでしょう? 俄然アナタに興味が湧いてきたって♬ 本当だったらこれからさらっていっちゃうところだけど。まあいいわ。今日は引くことにするわ。焦りは禁物ですものね」
「は……はあ」
ベルモットはキラキラとした笑顔を浮かべながらそう言った。
「ほら、もう夜も遅くなってきたし……、送って行ってあげるわ」
「え……、いいですよ!」
正直得体の知れない相手とこれ以上一緒にいるのは得策じゃない。
「いいからいいから。セバスチャン!」
手をパチンと叩くと、暗がりの柱の影からさっきの執事風の男がゆらりと現れた。
「馬車の用意をよろしくね」
「かしこまりました」
「さあ、シンデレラはそろそろ帰る時間よ」
ベルモットは手を差し出すと、私の体を優雅に立たせた。
まるでふわりと風のように……
「ええっと……」
私はまだ思考が追いつかなくて、目を白黒とさせている。
(あ……いかんいかん! ここで流されて破滅フラグを立たせられてもしたらたまらない……!)
私はきっとベルモットを見上げる。
「言っておきますけど! 私は貴方の仲間になんて絶対になりませんからね!」
出来るだけ強い口調で、きっぱりと言った……にも関わらず、ベルモットはただにこやかに笑うだけだった。




