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第二十四話

 王都では見かけないけれど、エベンの育った土地にはこういった場所があったらしい。

 そう、今私たちの目の前に広がる、いわゆる託児所というやつだ。


「俺のとこは貧乏な土地だったので、ここまでしっかりしてませんでしたが」

「ここは講堂……になる予定だった。まさかアジュール宰相も託児所になるとは思ってもみなかっただろう」


 校舎を一通り案内してもらい、最後に辿り着いたのがこの部屋だった。

 エントランスを左に曲がって少し歩いたところ、裏庭に続く部屋とはちょうど正反対の場所にある。

 本校舎に入ってから感じた気配はここからだったみたい。部屋を見渡すと、一人の女性が忙しそうに子供たちの世話を焼いていた。


「ここで預かっているのは近隣の子供、大体三歳くらいだな。乳離れはしているが、労働力にはならない。畑に出ている母親に代わって、ここで面倒を引き受けているわけだ」

「あの女性は?」

「託児所の責任者……というか、唯一の職員と言うべきか。彼女は子供たちの面倒を見る代わりに、金銭や収穫物を貰っている」

「子供が一人、二人、三人……十人くらいですかね。俺、育児はしたことないですけど、一人で面倒を見るのはかなり重労働では?」

「日によって子供の数は変わる。今日は多い方だな……手伝うついでに彼女を紹介しよう」


 言いながら、クラーフォンセさんは足元をすり抜けて部屋を出ようとしていた子供を素早く捕まえた。

 小さな子供を掬い上げるように腕の中に閉じ込める。慣れているんだろうな、とその手つきで分かった。


「おい、アイさんを困らせるなといつも言ってるだろ」

「だってつまんない!」

「つまんなくても何でも、この部屋から出るな。後々面倒なことになる」


 まだ言葉も拙い子供相手に、至極真面目な顔で説教をかますクラーフォンセさん。ちょっと……いや、かなりシュールな光景だ。

 エベンは、こちらに気付いて近付いてくる子供に視線を合わせながら、暢気に挨拶をしている。


「初めまして。俺はエベン。お嬢ちゃんの名前は?」

「ルリだよー」

「よろしく、ルリちゃん。……あれ、エカラット様? どうしました?」


 慣れた様子で子供をあやす二人。


 ……一方、私はというと。


「……こんな小さな子供と交流するのは初めてで、どうすれば……」

「コライユ様の面倒見てたじゃないですか」

「あれはまた違うでしょ! 子供が子供の面倒を見てただけよ!」


 十五年、もうすぐ十六年になるけど。

 私はどうやら、子供の相手が苦手……らしい。


「こういうのは女の方が得意だろう。オレは慣れただけで別に子供が好きなわけじゃない」

「そういうの偏見って言うんですよ! 言葉が通じないし踏みつぶしそうで怖い! やだエベン、未知の恐怖! 助けて!」

「生憎俺の腕は抱き上げてるルリちゃんで埋まってまして」

「……あなた、ルリって言うのね。私はエカラットよ」

「エカ、ラット?」


 ルリちゃんが、くりくりの丸い瞳で私を見つめてくる。

 凄く可愛らしい、とは思う。けれど舌足らずに私の名前を呼ぶあたり、言葉がきちんと通じないという不安を感じさせた。

 ……それに何より。


「ルリちゃん。あなたを抱いてるその人、私の従者だから後でちゃんと返してね」

「じゅうしゃー?」

「そう、従者。私だけの人よ。ルリちゃんのじゃないから、そこのとこよろしくね」

「…………」

「……なあエベン、お前たちって」

「クラーフォンセさんの想像している仲ではありません。……今のところはまだ。俺も不思議なんですけど」

「マジかよ」

「タチの悪い天然無自覚なんです、うちの主人」


 エベンとクラーフォンセさんが何やらごにょごにょ話しているけど、内容はよく分からなくて首を傾ける。

 そんな私を見て、二人が同時に溜息を吐いた。何よその「やれやれ」っていう顔。


 何となく疎外感を感じていると、パタパタと軽い足取りが聞こえてきた。


「クラーフォンセさん、すみません! 碌にお出迎えも出来ず……」

「ああ、良いんですよアイさん。今大丈夫ですか?」

「ええ。問題ありません。このお二人があのお家に越してきた方たちですね? アイ・モーヴ・フランドラと申します」


 この部屋で唯一の大人……アイさん、がニコリと笑顔で挨拶をしてくれた。

 人懐っこい、可愛らしい笑顔だ。栗色の髪は短く切り揃えられていて、ルー伯爵と同じくるくるの巻き毛だ。私と同じくらいの歳だろうか。それにしては子供の扱いに慣れているけれど……普通の女の人ってこんなものなのかしら。


「初めまして。俺はエベン・ラル・ハンダス。こちらは……」

「エカラットと申します。アイさん、とお呼びしても?」


 エベンの言葉を遮るように、私は口を開く。エベンが目線だけで「すみません」と謝ってきたので「大丈夫よ」と口の端に笑みを浮かべて返した。

 クラーフォンセさんがアイさんにどこまで話しているか知らないけれど、一応私はまだ書類上では貴族の令嬢だ。そんな厄介な人物がこの場所に居ると知られたらいろいろ困る。なので、あえて家名は名乗らないでファーストネームだけで自己紹介をした。


「エカラットさんにエベンさんね。これからよろしく! 何か分からない事や困った事があったら気軽に言ってちょうだい」

「ありがとうございます。アイさんは……どんな経緯でこの学園に?」


 学園の一室が託児所として使われているのは、納得しているかどうかはさておきクラーフォンセさんは容認している。

 なら、気になるのは経緯だ。私は学園の運営を任されたわけではないけれど、アジュール宰相の『本当の学び舎』にしてほしいという願いがある。まだ何ができるか分かってないけれど、知っておいて損はない。


「私、このモーヴ領に来てからまだ日が浅くてね。他の家みたいに畑なんか持ってないし、仕事を探してた時にこの学園の話を聞いたの」

「インティ畑の件ですか?」

「そう。お金じゃないけど、現物支給で食べ物が貰えるって聞いてね。最初は子供たちに混ざって畑仕事をしてたんだけど……その子供たちが、その下の妹や弟を連れてきたのが始まりだったわね」


 アイさんは、困ったような笑みを浮かべる。


「一番年上だったのが私でね。自然と、小さい子供の面倒を見るようになったのよ」

「それが今では、学園近隣のご家庭の託児所になっている。……まあ、誰も使わないより、有効活用する方が良いんだが」


 クラーフォンセさんが抱えていた子供を降ろす。と、今度は別の子供達が、クラーフォンセの腕に体に纏わりついてきた。


「おい、おい止めろ」

「こらっ、止めなさいあなた達!」

「止め……ああもう! 一人ずつだ! 全員一列に並べ!」


 上背のあるクラーフォンセさんは、子供達にとって遊具みたいな扱いらしい。……背が高くなくて良かった。


「流れでこうなったとは言え、この場所はモーヴ領に必要な場所だ。まあ、学園という形から大きく逸脱するが……おいこら髪を引っ張るなイデデデ!」

「成る程……」

「この場所、無くなるんですか?」


 笑顔を浮かべていたアイさんが一転、不安げな表情に変わった。私は慌てて首と手を振り否定する。


「無くなりません! というか、私達の誰にもそんな権限ありませんし!」

「そうなんですか……? 王都からモーヴ領に新しい方が来るって聞いてたから、私てっきりこの場所に関係する事かと」

「私達が関係あるのはインティ畑だけです。……だけど、そうですね」


 託児所。労働力にならない子供達。アイさん。

 ……モーヴ領に必要な場所。


「必要な場所……なら、やり方を変えればどうかしら?」

「エカラット様?」

「そうね、これが第一歩になるかもしれない。と、なると……クラーフォンセさん、学園の事は誰にお話すれば?」

「ん、それは……一応うちの主人の管轄になるのか」

「じゃあ戻りましょう。アイさん、また改めてお伺いしても?」

「ええ、私はほとんど毎日ここに居るから。いつでもどうぞ」


 首を傾げているエベン、アイさん、クラーフォンセさん……は髪を引っ張られて首が後ろに曲がっている。ちょっと洒落にならない角度まで曲がってるけど、大丈夫なのかしらコレ。

 ともかく。疑問を浮かべる三人に、私は笑顔だけを返した。

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