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第二十三話

「ヴェルドとは同郷でな。王都に越して来てから付き合いがあったんだ」


 本校舎の鍵を開けながら、クラーフォンセさんが説明してくれた。

 ルー伯爵は私たちの家で留守番だ。一人にして良いのですか、とクラーフォンセさんに一応訊ねてみたけれど、もうすぐ迎えが来るから大丈夫だと一刀両断された。

 ……今更ながら、貴族の扱いが雑過ぎる、のではないか。


「あいつは商会長、オレは情報屋で、まあお互い色々と協力し合っていた。身分詐称をしてブルーロワ学園入学試験を受けた件は?」

「聞いています。ヴェルドさんが便宜を図ってくれたと」

「そう、あいつはここぞとばかりにオレに恩を叩き売りやがって。……失礼。オレに要らぬ手助けをしやがって、罪に問われることはなかった」

「言い方変えても意味が変わってませんよ」


 エベンの突っ込みに、クラーフォンセさんが軽く笑う。

 憎まれ口を叩いているけれど、二人の仲の良さが窺い知れる。ヴェルドさんも同じような感じだったなと思い出し、ついでに彼が丸暗記してくれた試験内容を高く売られたことも思い出した。


「クラーフォンセさんのおかげで、ブルーロワ学園に合格できました。まあ、私は結局入学しませんでしたが」

「ヴェルドからの手紙で知っている。お前、よくあの試験に合格できたな」

「それだけじゃありませんよ、エカラット様は妹の家庭教師をしながら合格したんです」

「何であなたが自慢気なのよ」

「それも知っている。オレはただ記憶力が良いだけだが、お前は地頭が良いんだな。そこは素直に尊敬する」

「貴族の令嬢としては全く不要なものですよ。それに、勉強はやったらやった分だけ成果が得られますから」


 頭の良さ、という点で何度か褒めてもらったことはある。けれど、言った通りこのような知識は本来不要なもので、頭の良さと頭の回転の速さは違うものだと思っている。私が前者で、後者は私の妹……コライユだ。

 コライユはあの家で生きていくために、何が必要で何が不要か、すぐに判断して実行した。まだ九歳程度の女の子が、だ。

 当時の私は愚鈍で、空気が読めず、だからコライユとお母様に置いていかれた。勘当されるのも仕方ないと、少しだけそう思う。


「記憶力が良いだけ、とは言いますけどあの量の問題を丸ごとですよ? エベンも見たわよね」

「目が回るかと思いました」

「正直、最初は信じられませんでした。ヴェルドさんからの情報という点と、五万ルアという価格で真実味が増しましたけど」

「ちょっと待て、五万ルアだと? あの野郎、俺の情報でアコギな商売しやがって……」


 エベンより明るい空色の瞳が鋭くなる。私はあわててヴェルドさんのフォローをしようと思って……思ったけどやめた。情報源のクラーフォンセさんが怒るってことは正当な価格じゃないということだし、よくよく考えれば私も被害者だ。


「こっちに来たら一発、いや二発……タコ殴りにするか」

「私も鍛えておこうかしら」

「エカラット様、それだけは止めてください」


 クラーフォンセさんとは気が合いそうだ。色々な意味で。




「……うっ」

「どうしました?」

「いや、突然寒気が……ラングレー、温かい茶を淹れてくれないか」

「誰かに噂されてるんじゃないんですか?」

「ほう、僕の噂か。称賛とも言うな」

「そういう無駄に自信満々なところ、先代にそっくりです」




 こほん、と一つ咳払い。本校舎の扉を開けると、広々としたエントランスが出迎えてくれた。

 広々としている……というか、何も無さすぎて広々と感じるのだろう。花瓶の一つもない、殺風景な場所だ。

 でも人の気配はある。遠くで誰かの声が聞こえる……ような気がする。


「さて、これから案内するのはインティの畑と、この学園で唯一使われている部屋だ。先にインティの畑を見ておくか」

「畑はどこにあるんですか?」

「本校舎の裏だ。校舎をぐるっと回るより、建物を突っ切った方が早い。何もない土地だったが、今では一面インティ畑だ。あと、いくつか作物を育てている」

「かなり広いですよね? 人手は足りてますか?」

「インティだからな、ほぼ放置で問題ない。というか、作物のついでに面倒を見ている、という感じだな」


 私が発見するまで、インティは雑草扱いだった。というか、私やヴェルドさん含む一部では特別な植物だけど、世間一般ではまだ雑草の括りだ。どんな天候や土地でも根を張る強さがあるし、確かにほとんど放置しておいて問題はない。

 しかし、作物を育てるついでとは。……一応、これが成功したら農業界の大きな進歩になるかもしれないんだけど。


「そう言えばクラーフォンセさん、この学園……学園? に随分詳しいみたいですけど、どういう経緯で?」


 私が遠い目をして乾いた笑みを浮かべていると、エベンがクラーフォンセさんにそう尋ねた。

 確かに、彼は王都の情報屋のはずだ。それがなぜこんな辺境の土地に居るのだろう。


「ああ、身分詐称の一件で投獄こそされなかったが、噂はしっかり流れてな。王都で仕事がしにくくなったんだ」

「あら……」

「で、ヴェルドがルー伯爵を紹介してくれた。ヴェルドが、というよりアジュール宰相だな。辺境伯だが人手が足りないと言われてな。……思えば、まんまと嵌められたんだよな、オレ」


 クラーフォンセさんが渋い顔をする。

 誰に嵌められたのですかと、聞かずとも分かる。ナナリアの血、恐るべし。


「ルー伯爵はあんな調子だろ? 誰も秘書をやりたがらない。そこでオレに白羽の矢が立ったんだ。狙って射抜かれたとも言うが」

「あの貴族様の秘書は、いくら給料が良くてもちょっと考えものですね。まだ知り合って一日も経ってませんが、お察しします。……うちの主人もこんな調子なので大変なんです」

「私も失礼な従者を持って苦労しているわ」

「お前らのソレとはまた違うタチの悪さなんだよ。ま、今後嫌でも分かるだろ」


 モーヴ領はルー伯爵の庭だ。一人歩きが好きらしいあの伯爵のことだから、普通に暮らしていてばったり会う、なんて可能性は高い。

 私も街へお忍びを六年間続けてきたから人のことは言えないけれど……なんというか、上には上がいるものだ。


「で、今後のオレはルー伯爵の代わりにお前らの面倒を見るっつーわけだ。お前らが来てくれて助かったぜ……もう半年続けてたら、多分オレの胃に穴が開いてた」

「伯爵の代わり、ですか」

「一応あれでも貴族だからな。表立って行動するのは色々面倒だろ。で、オレが選ばれたわけだ。まあ、面倒って言っても学園とお前らの様子をルー伯爵へ報告するくらいだが」

「そうなんですか。改めてよろしくお願いします」

「主人ともども、よろしくお願いします」

「おー。オレの監視下で面倒事起こすなよ」


 そんな話をしているうちに、例の裏庭に辿り着いた。本校舎の北側に校舎の裏側へ続く廊下があって、その先の扉を開ければ裏庭だ。

 モーヴ領は居住地が少なく、自然が豊かな土地だ。なんせ、こんな大きな学園を建てられるくらいだ。

 裏庭もそれに見合った大きさだった。思わず驚き目を見開いてしまう。書類の数字で見るのと実際見るのとでは全く違う。百聞は一見に如かず、とはよく言ったものだと思う。


「凄いですね……」

「ぱっと見はただの草原だけどな」

「人の手が入ると迫力が増します。今は誰も居ないんですね」

「朝と夕方、ここに担当の奴らが来る。近隣に住む農家の子どもだ」

「報酬は?」

「希望者にはタダで勉強を教える……という予定になっている。まだ学園の体制が整っていないからな。それまでは現物支給だ」


 言いながら、クラーフォンセさんが指さす。成る程、育てている他の作物はそのまま子どもたちの懐に入るわけだ。


「一応、子どもたちはブルーロワ学園の学生……という扱いになっている。入学費は貰っていないが」

「……ちょっと待ってください。俺とエカラット様、入学費払いましたよね?」

「ありがたく使わせてもらうぞ」

「エベン、入学に関する書類はきちんと持ってきてるわよね? もう一度内容を確認してしかるべき対処を……」

「こんな広い土地を貸してやってるんだ。しかも無期限だぞ。入学費は安すぎると思わないか?」

「エベン、エベン! この人ヴェルドさんと同じニオイがするわ! 私たちの財布を空っぽにするつもりよ!」

「エカラット様、隠し金庫作っておきましょう!」

「失礼な奴らだな。あの金の亡者と一緒にするな」




「……っべくし!!」

「うわびっくりした。風邪ですかヴェルドさん?」

「あー、そうかもしれん。さっきの寒気といい……」




 私たちの入学金の行き先は後々ゆっくり追求することにして。

 畑の案内は簡単に終わった。今育てているインティは特に異常もなく、今年から本格的な収穫が見込めそうだ。インティが開花するのが秋の始め、実がなり種を付けるのは秋だから、それまでのんびり待つしかない。

 土地が余っているならこちらで薬草園を改めて始めるのもいいかもしれない。シズン商会に売れば収入源になるし。……一応、三年ほどは何もしなくても暮らしていけるお金はある。が、これから先無駄遣いは厳禁だ。私の金銭感覚は貴族のそれだから信用できない、と自分でも思っているので、家計はエベンに頼むことにしよう。


「ま、畑はこんな感じだな。次は校舎の中を案内する」

「そういえば、人の気配がありましたね。子どもの声が聞こえたような」

「耳が良いな。未だ学び舎の体裁が整っていないレトルドレ学園だが、一つだけ頻繁に使用している教室がある」


 そう言ったクラーフォンセさんは、困ったような、けれど仕方ないといったような微妙な表情を浮かべていた。

 その理由はすぐに分かった。




 ……というか、クラーフォンセさんが微妙な顔をしていた『とある事態』が、我がレトルドレ学園の始まりになろうとは。


 このときはまだ、誰も予想していなかった。

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