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第二十二話

 何をすれば宰相様の手助けになるかは分からない。


 けれど、自由に動くなら貴族の身分は邪魔だ。レトルドレ学園が貴族の学園ならいざ知らず、ここは庶民のために創られた学び舎だ。貴族が下手に関わると後々要らぬ問題が出てくるだろう。

 なら、侯爵令嬢という身分は要らない。勘当してくれるなら寧ろありがたいくらいだ。


「焦らず出来る事から始めていけば良いよ。時間はたくさんあるからね」

「ありがとうございます。……つきましてはルー伯爵。レトルドレ学園の現状を教えて頂きたいのですが」

「ああ、そうだね。今日はそれについても相談しに来たんだ」


 相談、という言葉に私は首を傾げた。伯爵はすっかり冷めた紅茶を、ぐっと飲み干す。すかさずエベンがおかわりをカップに注いだ。


「ありがとう。……ううん、相談というか何というか……。宰相殿は君に、この学園を『本当の学び舎』にして欲しいと言われたんだよね?」

「ええ、はい。正式な要請というより、『お願い』みたいなニュアンスでしょうが……」

「それに関して、私からも『お願い』したいんだ。もちろん、最優先はインティの栽培と研究だけど……現状、ここは学園として機能していない」


 そう言い、ルー伯爵は大きな溜息を吐いた。


「宰相殿から学園の概要はもらったかな?」

「ええ、二枚の書類だけ。内容もなかったので……失礼ですが、学園というのは名前だけで、場所だけがあるのでは?」

「その通り。正式に学園長を置いているわけでもなく、教師は居ない。学園近辺に住んでいる領民が、本校舎になるはずだった建物に集まっているくらいだね。しかも、その集まりもただの寄り合いだ」

「はあ、なるほど」


 寄り合い、と言われて少し考える。貴族で言うお茶会みたいなものだろうか。貴族の令嬢らしくない、と言われ続けてきた私だけど、庶民の世界にどっぷり浸かっているわけでもない。知っているのは、せいぜいシズン商会の中だけだ。

 勘当されて貴族の世界から追い出されるなら、ここら辺の価値観や考え方を徐々に変えていかないと。いつまでも貴族気分ではいられない。


「まあ、実際に見た方が分かりやすいかな。学園の案内ついでに現状をお伝えしよう」

「ルー伯爵が案内してくださるのですか? 流石にそれは」

「そうだね、少しまずい。……ので、代役を用意してあるよ。そろそろ来るんじゃないかな?」


 そう言うと同時に、玄関の扉が少し荒々しい音で叩かれた。


「ルー伯爵! ここに居るのは分かっているんですよ! 大人しく出てきなさい!」


 ……が、扉の向こうから聞こえてきた内容は、あまり穏やかなものではなかった。えっ、どういうこと? 借金取りか何か?

 私とエベンが混乱していると、ルー伯爵がやれやれといった風に扉を開けた。……一応私とエベンの仮住まいなのに、この人は少し馴染みすぎだと思う。


「クラーフォンセ、そんな大声で怒鳴らなくても聞こえてるよ」

「これは何度言っても言う事を聞いてくれない伯爵への苛立ちです! 何でオレを置いて行っちゃうんですか!」


 ルー伯爵が呆れた顔で迎え入れたのは、怒りで眉を吊り上げている一人の青年。

 年齢はヴェルドさんと同じくらい、二十代半ばほどか。濃い紺色の髪色は後ろ髪が長くて、それを一つに括っている。長い前髪の間から見えるのは明るい空色の瞳。

 黙っていれば知的な美青年、という雰囲気だが、口を大きく開けて青筋を立てているので台無しだ。


 少しヴェルドさんに似ている、と思った。見た目の話ではなく、冷静そうな見た目なのに口を開くとギャップがある、という感じ。

 この人はヴェルドさんと比べると荒々しい印象を受けるけど、言ってることはまともだ。普通、自分の領土内と言えど一人で出歩いたりしない。

 一通り怒鳴って満足したのか……いや、あれはまだ満足していない顔だ。だけど、とりあえず怒りを収めた青年が、私たちを視界に移す。


「……しかも来てるじゃないですか! 後から面倒だからオレの居ないところで話進めるなって言いましたよね!」


 来てる、と指さしたのは私たち。

 ……話しから察するに、当初はこの青年も交えて色々話をするはずだった、ということか。


「もう、いちいちうるさいなぁクラーフォンセは」

「貴方が言うこと聞かないからうるさくなるんです! ああもう……」


 青年が頭を抱えて、深く溜息を吐く。


「あの、そちらは……?」


 ようやく落ち着いた空気を壊さないように、静かにエベンが尋ねる。私はと言えば、青年の迫力に少し驚いてしまい、ついエベンの背中に隠れてしまった。


「ああ、ごめんよ。紹介が遅れたね」


 ルー伯爵が笑顔を浮かべて、青年の背中を軽く押す。それに促されるようにして、青年が自ら口を開いた。


「……クラーフォンセ・アキ・ブロンと申します。こちらのわがまま伯爵に仕えている従者の一人です。一応」

「一応って何だい、一応って」

「隙を見て退職する予定なので」

「はっはっは。まだしばらくは逃がさないからね」


 二人のやり取りに少し驚く。クラーフォンセ、という青年は平民だ。貴族同士であれば爵位を名乗るまでが自己紹介だし、ルー伯爵に仕えているという。

 そんな主人に対してこのフランクな態度。隠れている背中の主をちらりと見上げる。物凄い既視感を覚える態度だ。誰とは言わないけれど。


「えっと……初めましてクラーフォンセさん、エカラット・ラル・トゥフォンと申します」

「その従者のエベン・ラル・ハンダスと申します」


 ……外面だけはいいんだから! 少しイラっとしてしまい、背中を軽くつねる。

 エベンが何ですか、という顔で見てくるが無視した。何だか、王都を離れてから考え方や言動が子どもっぽくなっている気がする。


「お話から察するに、クラーフォンセさんが案内をしてくださるんですか?」

「ええ。オレ……あー、私が」

「あと少ししたら私も平民なので、どうぞ気兼ねなく」

「そうか? なら遠慮なく。エカラットとエベンだな。お前らとは初対面だが、実はオレはお前たちをよーく知っている」

「へ?」


 どこかで会ったことがあったっけ。クラーフォンセさんくらいの美形なら忘れないと思うんだけど。逡巡する私に、ニヤリと笑みを浮かべる。見た目の印象より表情がよく動く人だ。


「ブルーロワ学園の過去問。あれ、丸暗記してヴェルドに渡したのオレなんだ」

「……えぇっ!?」


 あの膨大な問題をほぼ全て完璧に覚えていた、情報屋。

 身分を偽って入試を受けた、という破天荒なエピソードは、なるほどこの人なら納得だと、未だ混乱する頭のどこかでそう思った。

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