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第二十一話

 今の私の立場をざっくり説明すると、家族と仲違いをして家出をした侯爵令嬢だ。これは私の知る限り前例のない事で、一般市民であれば未成年を保護するための施設がある。

 けど、貴族にはそのような場所はない。


「まあ、長期旅行という扱いにすれば話は簡単だけど。私が表立ってトゥフォン家と関わるのは難しいし、正直避けたい。辺境伯が王都の侯爵と対立したところで、結末は見えているからね」

「存じております。この度は大変なご迷惑を……」

「未成年保護は成人の役割だよ。当面の生活の保障と住む場所の提供、これが私にできる最低限の事だ。それに君をトゥフォン家に帰したら、宰相殿とブロンシュに怒られるからね」


 ルー伯爵が苦笑いを浮かべる。

 私がこのモーヴ領へ来たのは、宰相様の提案によるものだ。宰相様の言った「手続きをする」というのは、単に引越しのための準備ではない。


「宰相殿から聞いてると思うけど、君がモーヴ領へ来たのは『レトルドレ学園へ入学のため』という理由になっている」

「ええ、入学手続きの書類にはきちんとサインをしました」

「本来であれば保護者の同意が必要だが、君はそうもいかない。しかし保護者の同意がなければほぼ誘拐だ。宰相殿の言う手続きには、アルジャンドレ侯爵への交渉も入っていた」

「そうなのですか?」


 これは初耳だ。アジュール宰相と会ったのはあれきりで、以降は手紙のやり取りで進めていたが、そのような事は書かれていなかった。


「……義父様は、何と?」

「そのような事は認めない、と。辺境の地の、しかも名前も知らない学園への入学など、トゥフォン家の名前が汚れる、という風な事を言ったらしい」

「……出て行けと言った癖に、何を今更……」


 しかし義父らしい言い分だ。書類上はまだトゥフォンの名だから、外聞的にはよろしくない。そんなくだらないことが理由だろう。

 私はまだ社交界デビューをしていないけれど、貴族間の噂は早い。どこから漏れたのだと不思議に思うほど、彼らの耳は大きいのだ。


「そこで宰相殿は脅しをかけた。アルジャンドレ侯爵と君の間に起こった出来事、その詳細を自分は知っている、とね。要は、義理の娘への対応の不味さが社交界の噂になるか、学園の入学を認めるか、どちらがトゥフォン家の名を傷付けるか、よく考えたまえと啖呵を切ったらしい。そして彼は後者を選んだ」

「では、書類上では正式な入学、という事になっているのですか?」

「そうだよ。書類見る? 文字から侯爵の怒りが伝わってくるような雑な署名だよ」

「いえ、遠慮しておきます。それよりも……宰相様の立場は大丈夫ですか? 要は私の味方になると、義父に言ったのでしょう?」

「私と違って、侯爵一人に敵視されたところで宰相の地位は揺るがないよ。それに交渉は非公式のものだ。アルジャンドレ侯爵も、自ら不利になるような話はしないだろう」


 理由はどうあれ、義理の娘を追い出したと言えば義父様は白い目で見られるだろう。ならば辺境の地でも「学園に入学するために家を出た」という理由がある方がまだマシだ。

 話を聞いただけだが、義父様とアジュール宰相は元から仲が良くない。表立って対立をしていたわけではないが、今回の件で二人の間には確執が生まれた。

 確かに、侯爵一人に敵視されたところで宰相の地位は揺るがないだろうが、トゥフォン家と懇意にしている貴族、もしくは庇護下にある貴族は、今後アジュール宰相への対応を良くない方へ変えるだろう。


 ……結果的に私の勘当は、王宮内に新たに一つ、余計な問題を作ってしまったというわけだ。

 ただでさえ平穏とは言えない状況なのに。アジュール宰相に申し訳が立たない。


「……どう贖罪をすれば」

「あの鉄仮面は気にしてないと思うけどねぇ。元々、トゥフォン家とその一派とは馬が合わないって言ってたし。寧ろ『これで正々堂々対立できる』って手紙に書いてあったよ」

「それでも、防げた問題です。対立が大きくなれば、その余波は貴族だけでなく民にも及ぶでしょう」

「そうならないよう上手く立ち回れるよ、宰相殿なら」

「しかし」

「気にしないで……なんて気軽には言えないけど。それでも、宰相殿は君を選んだ。一人の貴族ではなく、君という人間を選んだんだ。その選択を間違いだとは思わないでほしい」


 優しい声音で、けれど貴族らしい厳格な響きを持たせ、ルー伯爵は言った。

 アジュール宰相はよく知りもしない、ただの小娘の助けの声を無視しなかった。彼は情深い人だ。私の事業に興味を持ってくれたから、という理由だけでは普通ここまで背負ってくれない。

 恩に報いなければ。私は改めて背筋を正した。


「そういうわけで、貴族同士の面倒なやり取りは宰相殿が全面的に引き受けてくれた。でも、遠く離れたモーヴ領への支援は難しい」

「これ以上、宰相様へ何か求めるのはそれこそ無礼千万です」

「君は自分に厳しいね、貴族の令嬢らしからぬ考え方だ。……そこで、今度は私の出番というわけだ」

「ルー伯爵にもこれ以上のご迷惑は」

「迷惑なんてものは無いよ。さっきも言った通り、私が表立ってトゥフォン家と関わるのは難しい。が、裏でコソコソなら大丈夫だろう?」

「……それでも心苦しいのですが、具体的にはどのような」


 そう尋ねると、ニコリと笑顔を浮かべる。

 そして差し出されたのは何枚かの書類。見慣れた内容、インティ栽培に関しての書類だ。


「私が君にできるのは、レトルドレ学園への『介入』の手伝いだ。この土地においてのインティ栽培権限は、全て君へ譲渡する。今までは学園長が居ないから私の名義で行なっていたが、君が責任者になれば事業もスムーズに進むだろう」

「それは、願ってもない提案ですが……よろしいのですか?」

「もちろん。ただし、事業として形になったら、いくらかモーヴ領に還元するのが条件だ」


 この点は抜け目のない領主だ。だけど、与えられるものに対して求められるものがいささが少なすぎるのでは、と引け目を感じてしまう。

 ……求められる以上のものをお渡ししよう。今の私にはそのための努力しか出来ない。


「それはもちろん。正式に契約書を作成しましょう」

「ありがとう。それと、研究結果が出たら私へ報告して欲しい。できれば現物付きで」

「かしこまりました。ちなみに、種から抽出したオイルなら近日中にお届けできるかと」

「おや、既に実験済みかい?」

「ええ。オイルは臭いがほとんどないので灯りに使えますし、美容効果も期待できるかと。エベンで既に実証済みです」

「……言われてみれば君、年頃の青年にしてはずいぶんと髪と肌が綺麗だね」

「なんならオイルと一緒に俺も伺いましょうか?ご婦人達の羨望の視線を集めますよ」


 エベンは笑いながら、しかし力のない目で虚空を見る。

 美しくなるのは良い事だと思うんだけど、殿方にはそうじゃないのかな?


「……嫌なら嫌って言ってもいいんだよ? 君の主人は幸い寛容だ」

「庭仕事で荒れた髪と肌を、エカラット様が見かねてオイルをくださったんです。あの純粋な眼差しと気遣いを断れるなら、俺は今ここには居ません……」

「成る程、君も大変なんだね……色々と」


 よく分からない会話に首を傾げる。

 私はエベンに無理強いをしてしまっていたのかな、と己の言動を振り返る。けれど、私なりに誠意を持って彼に接してきたつもりなので、申し訳ないけれど思い当たる節がない。


「……エベン、嫌な事は嫌ってはっきり言っていいのよ? どうせ早くて一ヶ月後には恐らく私も平民になるだろうし」

「あ、そうだ。その件で伝え忘れていた事があるんだ」


 ルー伯爵がポン、と手を叩く。


「君の今後の身分だけど、成人を迎えたらトゥフォン家から籍が抜かれる。これは宰相殿とアルジャンドレ侯爵の話し合いで正式に決定だそうだ」

「話し合い?」


 籍を抜かれる、つまり正式に勘当されることに対しては今更なにも驚かない。

 ああそうか、くらいの気持ちだ。だけど、アジュール宰相と義父様がそれに関して話し合いをしたとは、初耳だ。


「宰相殿は脅しをかけただけじゃない。書類にサインをしてくれるなら、君が成人後、トゥフォン家から籍を抜く際スムーズに事が進むよう便宜を図ると伝えたそうだ」

「それに義父様は乗っかったと」

「うん、まあそうだね。……本人不在の席で勝手に決めてしまい、申し訳ない」

「いえ、問題ありません。勘当に関しては、特に問題ない旨を事前に伝えてありますし……独り立ちすると決めた五年前から、トゥフォン家の名は正直お荷物です」

「言うねぇ。仮にも王族の血を引く一族だよ?」

「身分に拘るタイプではないので。それに、今後は平民の方が何かと都合が良いと考えています」


 私が貴族の世界に残してきたものは、血の繋がりがあるお母様とコライユだけだ。二人が悲しんでいなければそれでいい。

 お母様は大丈夫だろう。ここ数年は私のことを厄介者扱いしていたし、寧ろ居なくなって清々しているかもしれない。

 コライユは……どうだろう。悲しんでくれるかな。


「事業を興すには貴族の身分は不要だと?」

「それもありますが、宰相様が仰っていました。レトルドレ学園を『本当の学び舎』にしてほしいと」


 あの時のアジュール宰相の口調は、内容に反して軽いものだった。

 勘当され、辺境の地へ行く私に、これ以上何かを背負わせたくなかったのかもしれない。

 しかし、彼の夢、それはこの国の救済につながる。私だったら猫の手どころか小娘の手も借りたいくらいだ。……その想いが、あの一言を思わず口から零れさせたのだろう。


 私にできることなんて限られている。

 だけど、あの人に報いたい。誰よりも貴族らしく、誇り高いあの人に。同じ貴族として。……もうすぐ平民になってしまうけど。あの人の思想は私の目指すものと似ている。だから単純に力になりたいと思うし、今回の事に関しても何かしらの形で報いたい。


 私に何ができるのか、何を目標とすればいいのか、今はまだ分からないけれど。


「私はこの学園で、宰相様の手助けをしたいです」


 そう言った私を、鳶色の瞳が柔らかく見つめた。

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