第十四話
三人で話し合いをして、今後どう動くかはアジュール宰相の返事待ちということになった。
「さっきも言ったが、期待はするなよ。個人的に良くしてもらってはいるが、所詮相手は貴族でこっちは庶民だ」
「それに、家を出た令嬢を相手にするメリットは無いですし」
「宰相様の人となりを知らないので、俺からは何も言えないです……」
エベンが申し訳なさそうに視線を落とす。
「貴族の領分は私の仕事だわ。エベン、あなたこれ以上私の仕事を取るつもり?」
「ええっ、そんなつもり無いです!」
「じゃあ私と一緒に、アジュール宰相に断られた時の方針を考えましょ」
言いながら笑いかける。すると、彼も少し困ったような表情を見せてから笑顔を返した。
「……そうですね。そっちの可能性の方が高いですし」
「不吉なこと言わないの」
しかし、現状ではその通りだ。
アジュール宰相が動いてくれればそれが一番だが、望みは薄い。もし仮にお目通りが叶ったとしても、彼が小娘に同情して手を貸してくれる可能性は低い。
ヴェルドさん曰く見た目に反して話が通じる相手だそうだが、如何せん問題が大きすぎる。「トゥフォン家の双子の一人が勘当されそうです。当主の怒りを買ったので、身の安全を確保してくれませんか」
……改めて考えてみると、アジュール宰相でなくても手に余る問題だろう。
どうしようか、と頭を悩ませていると、ふと生家のことを思い出した。
「ヴェルドさん、バストン家に話すのはどうでしょうか?」
「バストン家か……グロブルー様の弟が継いだ、という話は聞いているが」
「しかし、あちらは伯爵、こちらは侯爵ですよ。爵位で負けてます」
「でも何もないよりはマシよ」
私の生まれたバストン家は、現在お父様の弟、ブロンシュ・フィヨルド・ロザナ・バストンが当主を務めている。
一度はバストン家から抜け、世界中を放浪していたらしい。
幼い頃の記憶をひっくり返してみる。短く切り揃えた明るい茶髪、お父様と私と同じ赤銅色の瞳。お父様と似ているようで似ていない、豪快な笑い方が似合う人だった……気がする。
多分、恐らく、悪い人ではないと思う。
が、接した時間があまりにも短すぎるので確信は持てない。
「他に当てはないのか?」
「貴族同士の繋がりって、成人してからじゃないと本格的に結べないんです。社交界にも出れないし……」
我がグラス王国では、十六歳を迎えると成人とみなされる。これは貴族も庶民も同じで、保護者の庇護がなくなる代わりに、自分の店を持ったり就職したり、出来ることが多くなる。社交界への参加もその一つで、ここで初めて他の貴族と交流を持つことができるのだ。
もちろん、親同士仲が良い家なら、幼い頃から会うことはできる。しかしそれは正式なものではない。社交界に出て交流を深め、初めて他の家からも認められる。
貴族社会は閉鎖的なのだ。
「それに私、お父様が亡くなってから、それまでの友達とは没交渉になってしまいましたし……」
「まあ、爵位が変われば付き合いも変わるか」
「トゥフォン家は特に親しくしている家、というものがありませんでした。まあ、あの義父様の性格なら仕方ないでしょう」
「さり気に毒を混ぜてくるな」
「……よくよく考えてみると、私、友達が一人も居ない……?」
「ああー……とうとう気付いちゃいましたねエカラット様」
「義父様のこと偉そうに言えないわ……! ヴェルドさん、友達になりません!?」
「お前はあくまで商売仲間だ」
「じゃあエベン!」
「俺はエカラット様の使用人ですし」
「ぐっ……それじゃラングレーさん!」
「何だ嬢ちゃん。呼んだか?」
名前を呼ぶと、タイミングよくラングレーさんが扉を開けた。手にはおかわりの紅茶とお菓子を乗せたトレーを持っている。
友達が一人も居ないという寂しい事実に涙目になりながら「友達になってください」と言うと、ラングレーさんはぎょっとした顔を向けた。
「な、何だ? 友達? お前ら、これからのこと話してたんじゃないのか?」
「いやぁ、その流れでエカラット様が真実に気付いちゃいまして」
「やめてエベン。今物凄く寂しくて心が折れそうなんだから」
「そうだラングレー。お前、ブロンシュ様のことは知ってるか? グロブルー様の弟だ」
「ブロンシュ様……ああ、あの方ですか。知っている、といってもグロブルー様から聞いた話ですが」
話しながらも、手際よくテーブルをセットしていく。流石、慣れている。
カップに暖かい紅茶が注がれ、湯気に乗って茶葉の香りが漂う。そこで漸く私の沈んだ気分も立ち直り、ラングレーさんに視線を向けた。
「どんな方なんでしょうか?」
「そうだな……文字通り、豪快な方らしい。貴族らしくないと言えばグロブルー様もそうだったが、弟のブロンシュ様は別の方向で突き抜けていた。で、突き抜けすぎて家を出て世界へ旅立った」
「……エベン、やっぱり止めておきましょうか」
「いやいやエカラット様、もしかしたら今は違うかもしれませんって!」
「グロブルー様が亡くなった後、バストン家を継ぐために家に戻ったんだろ? 俺は直接会ったことないが、悪い印象は受けなかったな」
ラングレーさんの言うことも一理ある。
話を聞く限り、貴族らしくないという点は好印象だ。
……ただ、私の求める庇護を彼が与えてくれるか、そこは疑問だ。
そもそも叔父のブロンシュ様は、放浪期間が長く貴族社会に関わらず生きてきた。良い意味でも悪い意味でも、貴族社会に慣れていない。
しかし、お父様が亡くなってもうすぐ九年。
一度は当主を失ったあの家を、ここまで持たせたブロンシュ様は力のある方なのだろう。
「……ダメ元だけど、手紙を出すわ。今回の事情は伏せて、まずはお近付きになることから始めましょう」
「社交界にも出てない未成年が、年上の独身貴族に手紙を出しても大丈夫なのか?」
「もうすぐ成人なので改めて生家にご挨拶を、って感じにします」
貴族は外聞に敏感だ。未成年の小娘が、かなり年上の独身貴族に近付くだけでスキャンダルになる。
だが、ブロンシュ様は血縁上では私の叔父に当たるから問題ないはずだ。生家であるバストン家に「成人が近くなったのでご報告」という形なら大丈夫だろう。
「貴族ってのは面倒なんだなぁ。俺なら、自分の姪っ子が困ってたら無条件で助けてやるぞ」
「その面倒さも仕事のうち、みたいなところがありますから」
令嬢としての教育を受けている時、私もラングレーさんと同じことを思っていた。
けれど貴族である限り、無駄に見える努力も時には必要だ。見た目だけ美しく整えても貴族にはなれない。
他の家とのパイプ作り、自分の地位を確固たるものにするための手回し……そういうもののためには、時には搦め手を使わなければならない。
そして、家を追い出されたと言っても、私はまだ貴族。直接バストン家に行き「血の繋がりがある叔父様、どうぞお助け下さい!」と直訴するわけにはいかない。
……それが可能ならどれだけ楽か、と思うけど。
「叔父様の気を引くような内容で、あくまで自然に挨拶をしたい、という感じで……ああ、面倒だわ!」
「仕事のうち、なんだろ? 頑張れよ」
ヴェルドさんがニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてくる。
他人事だと思って、と睨み付けながら、頭の中でブロンシュ様との数少ない思い出をひっくり返した。




