二十七話:雪女の作り方。
吾輩は、冬将軍である。
果てしない旅に出た吾輩達。
ついに、針葉樹林の奥に潜む凶悪な人殺しと対峙する。
筋肉質な細身の男に、華狐と呼ばれたキツネのもののけの二人。
それから、男と華狐は同化してもののふと成り、正三位無官大夫・黒瀬 寒十郎と名乗りを上げた。
激闘の末、吾輩の繰り出した宸世最強の技が見事に決まり、勝負は付いた。
だが、その代償に“気の力”が底を尽きかける。“気の力”とは、吾輩の身体を滑らかに動かす為の重要な要素。完全に枯渇すれば、吾輩は身動きも取れない凍死体になってしまう。
そこで、女房である雪音の出番だ。雪音の、雪で出来た身体もまた、吾輩と同じように“気の力”を貯め込みながら動かしている。つまり、雪音の身体は“気の力”の塊であり、それを吾輩が食べれば、枯渇しかけていた“気の力”が一気に補充できる訳である。
激闘の前に、雪音の魂は本体である吾輩の身体と共にあったので、雪音の身体はただの白い雪像に戻っていた。しかし、それを見た途端、雪音の食欲が爆発し、吾輩の意識は強制切断されてしまうのだった。
――チュンチュン。
天井の穴から朝日が差し込み、雀の鳴き声が聞こえてくる。
おそらく、あれから四回目の朝が来たのだろう。
吾輩は、頭をぶつけないよう、むっくりと起き上がり、胡坐をかいた。
何も着ていない。正真正銘の裸である。
「ふぅ……」
傍らで眠っている、これまた真っ裸の雪音を眺めつつ、吾輩は嘆息した。
「やれやれ……」
さてはて、どこから説明したものか。
まずは、非常食の話から、するとしようか。
あの戦いの後、“気の力”が枯渇しかけていた吾輩は、氷の杖でぎこちない身体を支えながら、雪音の魂が抜けた後の身体である白い雪像に、やっとの思いでたどり着いた。
この世で一番甘くて美味い食べ物は、雪で出来た自分の身体であると、雪音は前々から豪語していたので、いざ雪像の前に立つと理性を失い、食欲の塊となって暴走した。
吾輩の意識はそこで途切れ、まったく記憶が無いのだが、強引に表立った雪音の魂が吾輩の身体を代わりに使い、一晩かけてその雪像を喰らい尽くしたようだ。
そうして、吾輩が目を覚ましたのは、積もった雪が照り返す、眩いほどの旭光の中であった。
傍らには、雪像を包んでいた紅色の派手な着物があるのみ。速やかに立ち上がった吾輩の身体には“気の力”が十二分【120%】に補充されていた。
満腹になって至福の眠りについていた雪音の魂は、いくら声をかけても起きなかった。仕方がないので、新しい雪音の身体に使う上質な雪を探して、吾輩は一人、森の中を彷徨う事にした。
雪はそこら中にあるのだが、上質な雪ともなれば、なかなか見当たらない。結局、吾輩の目に適うだけの雪を見つけた時は、すっかり夕暮れになっていた。
お次は、新たな雪音の身体を作る過程について。
夕焼けの寒空の下、そのまま雪音が起きるのを待っていても、ただただ時間だけが過ぎてゆくので、先に準備を整える事にした吾輩。
始めに、雪が自然に盛り上がった場所を探して穴を掘る。そこを寝床にするのだ。
続いて、上質な雪で雪だるまを作り、そこに雪音の魂を吹き込む。
一刻【二時間】経って、雪だるまの中に雪音の身体が出来上がったのを確認してから、引っこ抜く。それでも、雪音は目を覚まさない。
またしても仕方がないので、雪音の裸体を穴の中へ放り込み、中から入り口を塞いで準備完了である。
そう、ここからが本番なのだ。
おさらいとして、雪女の身体も雪で出来ている。故に“気の力”が無ければまったく動けない。つまりは、雪だるまから引っこ抜いたばかりの出来立てほやほやの雪女は、ほんの少しの“気の力”を振り絞って、短い距離をやっと歩けるぐらいの状態だ。
そこで、相方である氷人は、性交という形で強烈な“気の力”を注ぎ込んでゆく。これは雪女達の隠語【スラング】で“儀式”と呼ばれている。
最短で三日三晩、愛する氷人から“気の力”を何度も注入された雪女は、最低限の戦闘行動が可能になる。さらに四日追加して、合計で一週間も“気の力”を注げば、非常食としての役割をも担えるだろう。
さて……。
今日で、三日三晩の“儀式”を頑張ってこなした。
雪音が前の身体を食べ尽くすのに一晩、合わせて四回目の朝である。
前回、吾輩は百二十年ぶりとなる性欲の衝動に逆らえず、雪音の身体に一週間も“気の力”を注ぎ続けてしまった。それが奇しくも救いの一手となり、こうして充分過ぎるほどの補給が叶った。
では、今回はどうであろうか。
雪音の身体に蓄積された“気の力”は四分【40%】と言った所で、とりあえず戦えるだろうが、非常食としては丸っきり役に立たない。
この先、何が起こるか分からないので、万全を期すのが得策ではあるのだが、いかんせん……。
吾輩は今一度、至福の時を味わって寝息を立てている雪音の、一糸纏わぬ姿をまじまじと見る。
身体の線は細くなだらか、目立った窪みも膨らみも無いし、余計な毛など一つも生えていない。手足は細く華奢であり、背も低い。いわゆる幼児体型の雪音は、吾輩が最も愛してやまない女子の姿だ。
なれど、衣がいけなかった。
雪音が着ていたのは、目が痛いほどのキツイ紅色に牡丹の刺繍が入った、派手過ぎる着物である。今現在、他には何も持っていない。
もし、雪音が今まで着ていた巫女の格好であれば、吾輩は残り四日間もぶっ通しで“気の力”を注ぐ事が可能であっただろう。だが、吾輩達の身分がバレてしまう衣服はすべて、隠れ里に置いてきている。無論、雪音の巫女服一式も例外ではない。まさか、これが裏目に出てしまうとは、な。
とどのつまりは……、だ。
いくら吾輩が愛してやまない雪音の素っ裸と言えども、それだけでは興奮が持続しないのである。これまでの三日間は、何とかごまかしながら保たせてきたが、さすがに限界が近付きつつある。さらに四日も注ぐのは厳しいであろう。
こういう時、男子は実に繊細な生き物であると言わざるを得ない、のである。
「よしっ」
思い立ったが吉日。今すぐ出立しよう。
雪音が目を覚ます前に身支度を整え、その勢いに乗じて考えを押し通す。何事も、勢いが大事なのであるぞ。
「……ふわああああああう」
ぎくっ。
鈴を転がしたかのような、可愛くも聞き慣れたあくびが……。
うむ、きっと気のせいである。そうであって欲しい。もう少し眠っていてくれ、頼む。
「ふみゅう、おやすみなのですぅ……」
やった、天は我に味方したぞ。
思わず会心の笑みを漏らした吾輩は、さっそく身支度に取り掛かるべく、深緑の直垂【平民の普段着】に手を伸ばした、その時――。
「お兄しゃまあああっ、ごっろにゃあああんっ」
いきなり、吾輩の左手に抱き着いた雪音が、思いっきり甘えてきた。なんと、狸寝入りだったのか。
それにしても、まずい。この流れは、非常にまずいぞ。
ひっ、左手が、雪音の、膨らみの無い胸に、当たっている。
だがしかし、吾輩の股間は、うんともすんとも反応しない。
やはり、限界だ。これ以上は……。
「ふみゅ……、やっぱり無理してらしたのですね?」
なぬっ、こやつめ、すべてお見通しだったのか。
今までそんな素振りは、微塵も見えなかったのだが……。
「動きで丸分かりなのです。それにお忘れですか? わたし達の間では何もかもが筒抜けなのですよ?」
ちょっと待て、しばし待て。考える時間が欲しいぞ。つまりは何だ……。
「では……、何もかも分かってて、知らんぷりをしていたと?」
「えぇ、お兄しゃまが、あまりにも丁寧に、焦らすように揺らすので、わたし、すっごく気持ち良くなっちゃって……」
嗚呼、そうだった。
こやつは、ねっとりじっとり時間をかける交尾が、たまらなく大好きな女子だったよな。
この三日間、興奮を長く持続させる事に精一杯な吾輩は、熱心に動かしていなかった。だが、それが却って、雪音にいつも以上の快感を与えていた訳であるか。
なかなかに、皮肉な事である。
「おかげさまで、わたしは満足できました。お兄しゃまっ、ありがとうなのですっ」
スリスリと、吾輩の左腕に頬擦りする雪音。満足できたのなら、苦労した甲斐があったというものだ。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




