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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
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二十六話:雪女は非常食。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 果てしない旅に出た吾輩(わがはい)達。

 ついに、針葉樹林の奥に潜む凶悪な人殺しと対峙する。

 筋肉質な細身の男に、華狐はなこと呼ばれたキツネのもののけ(●●●●)の二人。

 それから、男と華狐はなこは同化してもののふ(〇〇〇〇)と成り、正三位無官大夫(むかんのたいふ)黒瀬くろせの 寒十郎かんじゅうろうと名乗りを上げた。

 激闘の末、骨をも残さない大火力を伴った最大最強の奥義を繰り出そうとしている奴らより先に、吾輩わがはいが繰り出した雪無せつなぎりが見事に決まる。

 雪無せつなぎりとは、刹那の間に移動して敵を切る、吾輩わがはいにしか使えない宸世しんぜ最強の技。

 ようやく、戦いは終わった。




 激しく燃え盛る火柱より後ろへ、瞬間移動した吾輩わがはいは、静かに居合の構えを解く。

 未だ、猛吹雪の中で立ち昇るのは、弔いの、赤い炎である。


 刹那せつな【0.013秒】の間にて移動と抜刀斬撃を終える、雪歩せっぽ無霧なぎりを合わせた宸世しんぜ最強の技・雪無せつなぎりを放った吾輩わがはい


 氷で出来ている太刀(ゆえ)に、常としてすさまじい冷気をまとわせた刀身は、抜き放たれて左下から右上に、逆袈裟への軌道を描く。すなわち、相手の右脇腹から入って斜め上の左首筋まで切り裂き、キツネの襟巻えりまきをも断ち切った。


 こうして寒十郎かんじゅうろう華狐はなこは、あまりの速さに何が起こったのかさえ分からずに、絶命した。

 だが、それまで二人が溜めていたすさまじい炎は、その時点で消える事は無く、むしろ制御を失って暴走する。


 結果、骨をも残さないであろう大火力は今、奴ら自身の肉体を跡形も無く燃やし尽くしている有様という訳だ。


 まさに、自業自得である。






 不意に“の力”を感じた。

 やっとお出ましのようだ。


 そう――。

 吾輩わがはいにはまだ、最後の仕上げが残っている。

 死した肉体から抜け出た奴らの魂を消し、後々の禍根を断ち切らねばならないのだ。



『ふぅ……』


 吾輩わがはいは息を整え、本当に残り少ない“気の力”を使って、戦いの最後を締めくくる力を振り絞った。

 続いて、太刀をゆっくりと抜き放ち、猛吹雪の向こう、真っ赤な光を見据える。



夕風ゆうかぜ……』


 静かに技名を唱えた吾輩わがはいは、大上段から一気に振り下ろした。

 すると、空を切った太刀の軌跡から、一陣の突風が周囲へ広がり、猛吹雪も一瞬だけんだ。


 太刀を風に乗せてやいばと成す。こおり門派基本技の一つである太刀風たちかぜは、離れた敵を一切触れずに切る、遠当ての技。

 それに、実体の無い幽霊や魔物などを断ち切る夕霧ゆうぎりを混ぜ、辺りに浮遊する数多あまたの悪霊などを一掃できるようにしたのが、夕風である。



『ふむ……』


 氷で造られた刀身を見れば、なるほど結構なごうが宿っている。

 おそらく、もう一度ひとたび、奴らと同じ実力を持つもののふ(〇〇〇〇)ほふれば、この太刀も“業物わざもの”となるであろう。正三位は伊達ではなかったようだ。



『終わったな……』


 そうして、完全に“怪配けはい”は消え去った。

 それは、寒十郎かんじゅうろう華狐はなこが、この世から消えた事を意味する。






(やっと、終わったのです……)


 もののふ(〇〇〇〇)の深化を解いた吾輩わがはい

 すかさず、再び分かたれた女房の魂である雪音ゆきねの、疲れ切った声が脳裏に響いた。



(それで、鈍っていた身体は、以前のように動かせましたか?)


 うむ。

 先ほど放った雪無せつなぎりは、完璧だった。


 居合いあいから始まり、雪歩せっぽ、抜刀、納刀と、すべてを刹那せつな【0.013秒】の間にて完了させる、吾輩わがはいだけが使いこなせる最強奥義こそが、雪無せつなぎり。それを起点とした強大な派生技の数々も、おそらくは何ら問題無く、発動できるであろう。



(そうですか……。わざわざ変に手加減して“気の力”を使い果たした甲斐は、あったのですのですね)


 雪音ゆきねにしては珍しく、トゲトゲしい言い方をする。

 いったい何が、気に食わないのであろうか。



(いろいろですよっ、いろいろっ)


 百五十年以上は連れ添っている女房の雪音ゆきねだが、やっぱり女心はよく分からんな。



(でもでもっ、これからちゃんと、わたしを満足させて下さるって約束したので、許してあげますっ)


 ふぅ……。

 まぁ、あれだ……。

 雪音ゆきねには、吾輩わがはいのわがままに付き合ってもらったのだから、それなりにイイ思いをさせてやらねばならんのは当然なのだが……、あんまり過剰な期待をされるのも困ってしまうな。



(あとっ、もうこんな危険を楽しむような事はしないで下さいねっ、いいですか?)


 ……分かった、分かった。

 別に、そんなつもりではなかったのだがな。以後、気を付けようぞ。



(分かれば良いのですっ、でわでわっ、次行ってみましょうっ)


 やたらと感情が高ぶっている雪音ゆきねの声を聞くのも、非常に珍しい。

 雪音ゆきねは、これから極楽のような思いをするから、それも無理からぬ事ではあるがな。


 さてはて……、後始末をするか。






 あれだけ吹き荒れていた猛吹雪が、心なしかマシになっていた。

 辺りはすっかり暗くなっている。あれから一刻は過ぎ、とり正刻せいこく【約十八時】は超えているだろうな。


 吾輩わがはいは、未だに燃えている赤い光へ、一歩ずつ近付いてゆく。

 残り少ない“気の力”で身体を動かしている為、あちこちに違和感がある。


 吹雪に負けじとゆらめく炎は、奴らの意地にも思えてくる。

 そんな火の根元にある黒い炭のような物は、寒十郎かんじゅうろう華狐はなこの変わり果てた姿なのであろうか。


 ふと、地面に転がる抜き身の太刀が、視界に入った。

 村殺し――と、奴らが言っていた“業物わざもの”と断じても良い、太刀である。



(ああっ、待ってっ、そんな物に触らないでっ)


 雪音ゆきねの制止を無視して、吾輩わがはいは太刀を拾い上げてみた。

 禍々しい“怪配けはい”は相変わらずだが、それだけである。



(お兄さま、大丈夫ですか……?)


 世の中には、手にした者の気を狂わせる“妖刀あやかしがたな”なる太刀が存在する。

 村殺しのような、いわく付きの銘が付くほどの悪業を積み重ねた太刀に、悪しき自我が宿って成立する代物なのだ。

 要するに、吾輩わがはいがこの太刀に意識が乗っ取られるのを、雪音ゆきねは心配しているのだろう。



「うむ、何ら問題は無いぞ……」


 正気である事を分かってもらう為に、敢えて声に出してみる。

 確かに、あの寒十郎かんじゅうろう華狐はなこは、気が狂っているような口調ではあったが、何かに操られている感じはしなかった。地で、あんな性格だったと思われる。

 だからこそ、吾輩わがはいは何の警戒もしていなかったのだ。



(良かったぁ……)


 雪音ゆきねの、安堵の溜め息が聞こえた。

 そなたは昔から、いろいろと心配し過ぎであるぞ。



(この世で一番大好きなお兄さまの事を、心配して何が悪いのですかっ。そもそも、お兄さまは……)


 嗚呼ああ、分かったから、長くなるから、その話は一旦、横に置いておこうな。それよりも早く、次へ行きたいのであろう?



(そうだったのですっ。早く行きましょうっ、しましょうっ)


 雪音ゆきねに急かされる形で、その場を後にする吾輩わがはい

 村殺しの銘が付いた奴らの愛刀は、炎の中に投げ入れた。


 一緒に、燃え朽ちる事を願って……。




          * * *




 吾輩わがはいのような“氷人こおりびと”は必ず、雪で造られた人形である雪女を連れて歩く。

 そうする事によって、三つの大きな恩恵【メリット】を受けられるからだ。



 まず一つ目は、役割分担が出来る事。


 例えば、本体である“氷人こおりびと”が、太刀などで戦う近接戦闘が得意なら、その相方である雪女は呪法を用いて補助に専念する事で、お互いの短所長所を補える。

 夫婦がそれぞれの肉体を持てば、様々な危険に対処しやすくなるのである。



 続いて、二つ目はお互いの心を安定させられる事。


 雪で出来た雪女の身体は、別名・夜伽よとぎ人形と呼ばれており、性欲発散の為に利用される。

 元々人間であった“氷人こおりびと”はもちろん、雪のもののけ(●●●●)である雪女でさえも性欲は存在する。

 毎晩、永遠の愛を誓い合った二人が抱き合う事によってその魂も安定し、明日を乗り越える気力となるのだ。



 最後の三つ目として、雪女の雪はいざという時の非常食である事。


 本体である“氷人こおりびと”の、元人間の身体は氷漬けであり、蓄えた“気の力”を使いながらもののけ(●●●●)と同じような仕組みで動かしている。しかし、その限りの有る“気の力”が枯渇してしまえば、ただの氷漬けの死体に戻ってしまうのだ。

 そうならない為に、常日頃からあらゆる手段で“気の力”を集めているのだが、もし、万が一、使い果たしてしまった場合。そんな時こそ雪女の出番なのである。


 それは、二つ目の恩恵【メリット】である、性欲の発散が大きく関係する。つまり、二人が抱き合った果てに、絶頂を迎えた“氷人こおりびと”から雪女の身体に注がれる、一滴いってきで山ごと凍らせる威力の強烈な冷気。言い換えれば、強烈な“気の力”である。

 すなわち、抱けば抱くほど膨大な“気の力”が、雪女の身体を構成する雪に貯まってゆく。いざという時にそれを食べれば、枯渇した状態から一気に復活できる訳なのだ。






 では、話を戻そうか。


 今、吾輩わがはいの身体中から“気の力”が枯渇しつつある。

 いつもなら滑らかに動かせる氷漬けの身体だが、そのせいで非常にぎこちない。

 急ごしらえで造った氷の杖をつきながら、なんとか歩いている状況だ。



(さぁ、わたしの為に頑張るのですっ)


 雪音ゆきねがはしゃぐのも無理はない。何せ、これから究極の甘さを味わえるのだからな。



(もうっ、久しぶりなのですよっ、うれしくって、しょうがないのですっ)


 宸世しんぜ中の甘味を制覇したと豪語する雪音ゆきねは、それはもう甘い物が大好きである。



 そして――、


 そんな女房が最も好きな甘味とは、実は自分の、雪で出来た身体だったりするのだ。



(ふみゅううう、お兄さまの愛で出来た甘さ、あれ以上の甘さはないのですよっ)


 雪女も、所詮は雪の塊であるからして、人間と同じ食べ物は食べれない。したがって、雪音ゆきねの言う甘味も、人間のそれとは大きく異なっている事は、付け加えておこう。



「やっと……、着いたぞ」


 派手で長すぎるあかい着物に包まれた、白い少女の雪像。これが、雪音ゆきねの魂が抜けた、成れの果てである。

 上質な雪で出来た、触り心地の良い身体だったが、背に腹は代えられない。

 それに、今は冬。質の良い雪なら、そこかしこにあるだろう。



(ふみっ、ふみゅうっ、わたしは、わたしを、丸かじりっ)


 理性を失って食欲の塊と化した雪音ゆきねによって、吾輩わがはいの意識は強制的に切断されてしまうのだった。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

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