二十八話:お胸の小さな雪女。
吾輩は、冬将軍である。
果てしない旅に出た吾輩達。
ついに、針葉樹林の奥に潜む凶悪な人殺しと対峙する。
筋肉質な細身の男に、華狐と呼ばれたキツネのもののけの二人。
それから、男と華狐は同化してもののふと成り、正三位無官大夫・黒瀬 寒十郎と名乗りを上げた。
激闘の末、吾輩の繰り出した宸世最強の技が見事に決まり、勝負は付いた。
魂の無い雪像となっていた雪音の身体は、著しく減った吾輩の“気の力”を補給する物資となって消える。また、雪音の新たな身体を作る必要があった。
半日かけて探した質の良い雪で雪だるまを作り、そこに雪音の魂を吹き込んで新しい身体が出来上がったのだが、それだけではただの雪像に過ぎない。雪音が己が身体を滑らかに動かすにも、やはり“気の力”が必要なのである。
吾輩は、簡易的な寝床を雪で造り、三日三晩に渡って雪音の身体に“気の力”を注ぎ込んだ。それによって、雪音は最低限動けるようになったはずだが、いざという時の非常食にするには、さらに四日は注がねばならない。
だがしかし、雪音の服装がいけなかった。前回のような巫女服があれば、一週間ぶっ通しで注ぎ込む事も可能であったのだが、今の状況では吾輩の興奮も続きそうになかった。
そんな時、雪音が目を覚ました。すべてを察せられ、満足していますと告げられるのだった。
「でもでも……、もう少し……、お胸が欲しかったのです……」
突如として顔を曇らせた雪音が、吾輩の左腕から身を引いたと思いきや、新しくなった身体でも相変わらずな真っ平の胸に、両手を当てて膨らみを表現する。
「お兄さまと結ばれた時から、この身体は変わってないのです……」
まぁ、そうであるな。
本体の氷人が、この世で最も好きな女子。それが雪女の外見となって現れる。
つまり、雪音の今在る身体は、吾輩が最も理想とする女子の姿なのだ。
「ふみゅぅ……、お兄さまの幼女趣味【ロリコン】が、いつまで経っても治らないなんて、わたしはとっても、悲しいのですよ……」
むっ、それは大きな勘違いをしておるぞ。
吾輩は、十五歳の折りの、そなたの姿が好きなのであって、幼女なら誰でも良いのではない。それに、雪音以外の女子を愛するのは、身体の仕組みの上でも不可能であろう。
あと、相棒である雪女を永遠に愛し続けねばならないとの我ら氷人の制約ではあるが、まさかそのせいで、結ばれた当時の幼い雪女の姿をこよなく愛するようになるという可能性も、充分に有り得るのではなかろうか。
「ふぅーん、そうなのですか? でも、三十路は超えてそうな雪女もいますよね?」
むぅ……、確かに居た記憶があるな。
実は――、
雪ん子は誰とも結ばれなければ、二十歳でその寿命を終えてしまう。それまでに、本体である己の核を、永遠を誓った男子の心之臓に同化させねばならないのだ。
すなわち、三十路を超えた生娘の雪ん子など絶対に存在せず、それは確実に、お相手の居る雪女であろう、と。そうなれば、結ばれた当時のままの、幼い雪女の姿を自動的に愛するようになるという、先ほど述べた吾輩の持論は見事に崩れ去り、吾輩はやっぱり幼女趣味【ロリコン】の変態であると、そう言いたいのだな。
「別に……、お兄さまがいくら変態でも……、わたしだけを愛して下さってるので、それはそれでいいんですけど……、やっぱりお胸が無いと、女としてどうなのって、思うのですよ……」
うぅむ……。
そんな些細な事で何故に悩むのか。吾輩には、さっぱり分からん。雪女の乳房なぞ、ただの柔らかい飾りではないのか。
「でわでわっ、交代してみますかっ? ずっと雪女になっていれば、わたしの気持ちが分かるかも知れないのですっ」
突如として怒った雪音が、吾輩を押し倒し、さらに唇を奪おうと顔を近づけてくる。
雪音の口腔が、白く淡い光を放っているのが見えた。
まずいっ、こやつめっ、本気かっ。
このまま口付けしてしまえば、我らの魂は入れ替わってしまうぞ。女子になるのは、まっぴら御免だ。勘弁してくれっ。
「まっ、待てっ、落ち着けっ、胸の無いそなたがっ、この世で一番好きなのだっ。だから、それで良いではないかっ、なっ?」
永遠を手に入れた男子の氷人だが、その実権はすべて嫁である雪女が握っている。
浮気防止の為の制約が膨大にあるだけでなく、互いの身体を入れ替える権利も向こうが持っているのだ。どこまで男子を縛れば、気が済むのか。まったく嫌になってくるぞ。
「……冗談なのです。わたしも、お兄さまの大好きな、この身体が良いのですよ。ただ……、まな板だの、絶壁だの、大平原だのと、陰口言われると悲しくなるのです。これは、お兄さまの趣味なのですって、反論する訳にも……」
吾輩から離れ、両手で股を隠しながらちょこんと座った雪音が、今にも泣き出しそうな顔で吐露した。
なるほど、我らが眠りにつく前に、さんざん陰口を叩かれていた訳か。
現在より百二十年以上も前……、吾輩が将軍職の激務で多忙を極めていた頃の話であろうか。雪音には不自由させまいと、宸世中から甘味を集めては与えてきたが、見えない所で辛い思いをしておったのだな。
「……すまない。そなたに、いらぬ苦労をかけてしまったな」
にじり寄って雪音に抱き着いた吾輩は、しっとりした藤色の長い髪を手櫛で梳かした後、真っ白い雪肌の背中をやさしく撫でてやる。
「ふみゅう、まったくなのです。どうしてくれるのですか?」
と……、言われてもな。
まぁ、あれだ。
これからは身分を偽って旅をするのであるからして、陰口を言う輩はいなくなるであろう。
「それって、陰口を堂々と言われるようになるだけなのです……」
むむっ……、確かにそうなってしまうか。
だが、そのような輩は、この太刀で黙らせれば良いだけであるぞ。
「そんな事すれば、また陰で、こそこそ言われちゃうではないですか?」
「………………左様で、あるかっ」
嗚呼……、面倒過ぎるぞ、この女子っ。
ああ言えば、こう言う。えんえんと繰り返しではないかっ。
いったいどうすればいいんだ、まったくっ。
「はいはい、どうせわたしは、面倒臭い女子なのですよーっだ。お兄さまも女子になったら、きっとわたしみたいに面倒臭くなりますよっ。さぁーさぁーっ、交代しましょうかっ」
またもや怒った雪音が、口を白く光らせながら迫ってきた。互いの魂を入れ替えてしまう接吻【キス】をする気だ。
何度か、女子の身体になった事はあるが、どうもしっくりしなかった。おそらく、魂と身体の相性みたいなモノがあり、吾輩は男子の方が性に合っているのだろう。雪音も同じように女子の身体が良いと断言していた。だからこそ、お互いが納得した上で性別を固定し、みだりに変えたりしないよう、我ら夫婦の間で取り決めしたはずだ。
こやつめっ、いい加減にしろっ。いくらかわいいからと言っても、さすがに限度というモノがあるぞっ。
「ふみゅぅ……、もういいです。飽きちゃったのですよ」
ほ……、ほぅ?
どうしたというのだ、突然……。
「わたしのお胸が小さいのは、お兄さまの幼女趣味【ロリコン】のせいなのですって、正々堂々と言ってやるのです。これで解決なのですっ」
「は……………………っ、はははっ」
もはや、乾いた笑いしか、出てこなかった。
女心と秋の空とは、本当に……、よく言ったものだ。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




