18.影の子ら①
「――リーフ! 見て見て、あたし、弓、光ったよ!」
金色の髪を高い位置で一本に結った少女が、振り返っていた。
身の丈よりも長い白木の弓を、小さな両腕でいっぱいに抱えている。弓は、黄金の光をぼうっと放っていた。
少女――ナティアは、笑いながら、ぼろぼろと泣いていた。生き残った、ただそれだけで、どうしていいか分からなくなっている顔だった。
だから、いちばん近くにいたリーフに、しがみつくように笑いかけたのだ。
リーフは、ナティアを見ていなかった。
その足元を、見ていた。
少年がひとり、倒れていた。
孤児院でいちばん身体が大きく、いちばん食い意地の張っていた少年。ナティアより先に、あの弓を掴んだ少年だった。
両腕が、指先から肩まで灰色に干からびていた。
枯れ枝のようにひび割れ、見開いたままの目は白く濁り、口は悲鳴の形のまま固まっている。
弓を掴んだ瞬間、弓が少年から何かを吸い上げた。三つ数えるほどのあいだに、少年はこうなった。
そのあとでナティアが同じ弓に触れ――弓は、ナティアを喰わずに、光った。
(……死んだ)
心臓がどくどくと鳴り、膝ががくがくと震えていた。
なのに、その怖さのずっと奥で、何かが、ほんの少しだけ、すうっとしていた。
(あいつ、いつも俺のパン、取ってたもんな)
ざまあみろ、と。
幼いリーフは、震えながら、そう思っていた。
***
七日前のことだ。
王都ローデンの北のはずれ、川沿いの貧民街にある聖エルナ孤児院に、黒塗りの馬車がやってきた。
降りてきた白髪の老人は、院長室で院長と話し込み、院長はずしりと重い革袋を受け取った。
それから老人は、庭に集められた子どもたちの中から、十二人を指さした。
「奉公先が決まったのよ。立派なお屋敷にね」
院長は、見たこともないくらい上機嫌に笑った。
リーフは、選ばれて当然だと思った。
この孤児院でいちばんきれいな顔をしているのは、自分なのだから。
すっと通った鼻筋。長い睫毛。形のいい唇。
毎朝、井戸端の水桶を覗き込み、水面の自分に、にこり、と微笑みかける。それが日課だった。どの角度で笑えばいちばんきれいに見えるか、リーフは誰よりもよく知っていた。
こんな顔をした子どもが、いつまでもカビたパンを齧っているはずがない。
いつか、どこかの貴族が自分を見つけて、養子にしてくれる。
その「いつか」が来たのだと思った。
馬車は王都の真ん中の白い城へ向かい、裏手の古い門をくぐり、長い長い石段を下りて――。
この地下の礼拝堂に、着いた。
***
礼拝堂は、ひどく寒かった。
壁一面に見たこともない文字がびっしりと刻まれ、燭台の炎が、その溝にちらちらと影を落としていた。
石の祭壇の上に、四つの武器が並んでいた。
白木の長弓。
革の柄の、長い鞭。
鉄の頭の、大槌。
そして――鞘のない、一振りの大剣。
十二人の子どもが、その前に並ばされた。
「――前へ。好きなものに、触れよ」
老人が言ったのは、それだけだった。
何のために、とは、誰も訊けなかった。
最初の少女は、鞭に触れた。
鞭が手首に絡みつき、少女は悲鳴を上げる間もなく膝から崩れた。顔が、みるみる灰色にしぼんでいった。
二人目は大槌に触れた。同じだった。
三人目の大柄な少年が、弓に触れた。同じだった。
四人目が、ナティアだった。
少年の死体を跨ぎ、まっすぐに弓を掴んだ。その手が震えていなかったことが、リーフには信じられなかった。
弓は、光った。
***
「にゃはは……っ」
五人目は、ニコだった。
痩せっぽちで背が低い、すばしっこいチビ。短い黒髪の下で、引きつった顔のまま笑っていた。怖いときほど笑う子どもだった。
「ウチ、これな気がする。……えいっ!」
鞭を掴んだ。緑の光が、細い腕を包んだ。
「……にゃはは! 見て、ナティア! ウチのも光った!」
六人目と七人目は、大槌に喰われた。
八人目が、マルスだった。
孤児院でいちばん年上で、いちばん背が高かった。
ちびたちが熱を出せば一晩じゅう枕元に座り、喧嘩が起きればどちらの話も最後まで聞き、院長に叩かれる子がいれば黙ってその前に立った。
みんなが、マルスを「兄ちゃん」と呼んでいた。
リーフは、そんなマルスが嫌いだった。
マルスは、大槌に喰われた二人の前に膝をつき、その目をそっと閉じてやった。
それから立ち上がり、二人を喰った大槌の柄を、静かに握った。
赤い光が、熾火のように鉄の頭に灯った。
「……よかった」
ナティアが、安堵で泣き出しそうな顔で、マルスを見ていた。
リーフには、一度も向けたことのない顔だった。
***
残っていたのは、大剣だけだった。
九人目から十一人目までの三人は、みな、大剣に喰われた。
「十二人目。――リーフ」
名を呼ばれた瞬間、脚の間を、生温かいものが伝い落ちた。
石の床に、ぽたぽたと水たまりが広がっていく。
「……にゃははっ、リーフ、ちびってる……っ!」
ニコの甲高い笑い声が、冷たい礼拝堂に響いた。
「……え、えへ。は、はは……」
リーフは、笑った。
濡れた脚をもじもじと擦り合わせながら、ニコと一緒になって、へらへらと。
三人を喰った剣が、目の前にあるのに。
頭の中は、笑ったニコへの憎しみでいっぱいだった。
「――大丈夫だ、リーフ」
肩に、大きな手が置かれた。マルスだった。
「怖いのは当たり前だ。俺だって、足が震えてた。……お前なら、大丈夫だ」
嘘も打算も、何ひとつない目だった。
(――うるさい。もう選ばれた側から、上から、俺を慰めるな)
「……え、えへ。う、うん。ありがとう、マルス兄ちゃん」
リーフは、にこり、と笑った。
水桶の前で毎朝練習してきた、いちばんきれいに見える角度で。
***
祭壇に横たえられた大剣は、リーフの背丈より、さらに頭ひとつぶん長かった。
幅広の刀身は、子どもの胴ほどもある。とても子どもが持ち上げられる代物ではない。
磨き上げられた刀身に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった、それでもやっぱりきれいな顔が映っていた。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない。あいつらみたいに干からびたくない。俺は、こんなところで死んでいい人間じゃない。俺は――俺だけは――)
両手で、革巻きの柄を握った。
――ぞわり、と。
手のひらから、何かが流れ込んできた。
喰われる、と思った。
だが、流れ込んできたのは、声だった。
何百。何千。数えきれないほどの声が、同時に、ただひとつのことを繰り返していた。
――生きたい。生きたい。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
それは、リーフの胸の中の声と、まったく同じ形をしていた。
刀身が、青く光った。
温かかった。
生まれて初めて、誰かに、まるごと抱きしめられたような気がした。
柄を引くと、大剣はふわりと浮いた。重さがなかった。自分の背丈より長い鉄の塊が、腕の続きのように、軽々と持ち上がった。
(――ああ。この剣は、俺を愛してる)
***
「……継承の剣が、選んだか」
老人が、初めて表情を動かした。
「百十年。誰も握れなかった剣だ」
百十年、誰も。
(ほら、な。やっぱり、俺は、特別なんだ)
リーフは、刀身に映る自分に、そっと微笑みかけた。
「……先生」
マルスが、八つの死体の前に立ったまま、声を震わせた。
「これは、なんなんですか! なんで、みんな、死ななきゃいけなかったんですか!」
老人は、四人がそれぞれ握っている武器を、順に見渡した。
「――神器だ。その中には、人の魂が鋳込まれている。一振りにつき、何百、何千とな」
ナティアが息を呑み、ニコの笑い声が、ぴたりと止まった。
「鋳込まれた魂には、それぞれ形がある。握る者の魂がその形と合えば、神器は応え、己の重ささえ預ける。合わなければ――異物として、喰らう」
老人の目が、床の死体に落ちた。
「どの魂がどの神器と合うか。触れさせてみるまで、誰にも分からん」
だから、とは、老人は続けなかった。
続けなくても、幼いリーフにも分かった。
――だから、孤児なのだ。
何人死んでも、誰も探しに来ない子どもたち。院長は、革袋の重さに、あんなに上機嫌だった。
「お前の剣は、継承の剣」
老人が、リーフを見た。
「鋳込まれているのは、死の間際まで、生きたいと叫び続けた者たちの魂だ。ゆえに、握った者の命を、何があろうと繋ぎ続ける。手足がもげても、胸を貫かれても――どんな手を使ってでも、な」
老人の目が、わずかに細められた。
「その剣に選ばれる者はな、リーフ。……何よりも、己の命が惜しい者だ」
褒め言葉なのか、そうでないのか。
リーフには、どちらでもよかった。
***
その夜のうちに、四人は再び馬車に乗せられた。
王都を出て、半日。
着いたのは、王家の禁猟区の森の奥に建つ、古い石造りの修道院だった。
高い塀に囲まれ、門には槍を持った番兵が立っている。表向きは、身寄りのない子どもを見習い修道士として引き取る、王家ゆかりの慈善の院。森へ迷い込んだ猟師も、塀の内側で何が行われているかは知らない。
塀の中には、砂を敷いた訓練場と、石の寝所と、書庫と、小さな礼拝堂があった。
リーフたちのほかにも、子どもがいた。
別の孤児院から連れてこられた四人。また別の三人。廊下ですれ違っても、言葉を交わすことは許されなかった。
「鴉≪カラス≫」「梟≪フクロウ≫」「狼≪オオカミ≫」――大人たちは、それぞれの組をそう呼んでいた。リーフたちは「隼≪ハヤブサ≫」と呼ばれた。
影、と呼ばれる者たちだった。
***
最初の冬。
午後は書庫で、あの白髪の老人――ヴァルド教官の講義を受けた。
「およそ三百年前。この国はわずか十七年のあいだ、魔族に支配されていた」
燭台の明かりの下で、ヴァルドは古びた羊皮紙を広げた。
孤児院の絵本にも、そう書いてあった。
――むかしむかし、わるい魔王が、この国をのっとりました。
――そこへ、勇者アルデンさまがあらわれて、ひかりのつるぎで、魔王をたおしました。
――勇者アルデンさまは、この国の王さまになりました。めでたし、めでたし。
ローデリア王家は、勇者アルデンの血を引いている。この国の子どもなら誰でも知っている。
毎年、春の建国祭には、王都じゅうの広場で、勇者が魔王を斬り伏せる人形劇が演じられる。
「勇者アルデンは、たしかに魔王を斬った」
ヴァルドの声は、いつも抑揚がなかった。
「だが、完全には滅ぼしきれなかった」
羊皮紙の地図のあちこちに、黒いインクの染みが、無数に描かれていた。
「斬られた魔王の骸は、黒い肉片となって四方に飛び散った。肉片はそれぞれ獣の形を取り、山へ、森へ、沼へと逃れて根を張った。――それが、魔骸だ」
「……絵本には、そんなこと、書いてなかった」
ナティアが、ぽつりと言った。
「書けるわけがなかろう。王家が王家であるのは、魔王を滅ぼした勇者の血だからだ。その勇者が仕留め損ねた魔王の骸が、三百年経っても国じゅうで人を喰っている――民がそれを知れば、どうなる」
誰も、答えなかった。
「幸い、魔骸に知恵はない。気まぐれに目を覚まし、気まぐれに民を襲い、腹が膨れればまた眠る。国を揺るがすほどのものではない。辺境の村がひとつ、数年に一度、獣に襲われる――その程度のことだ」
ヴァルドは、本当に、それ以上の意味を込めずにそう言った。
「魔骸の正体は、表に出してはならん。静かに、ひとつずつ消す。それが、お前たち影の務めだ」
「普通の武器じゃ、駄目なんですか。さすがに兵隊を何百人も送り込めば――」
マルスが、手を挙げた。
「剣で斬っても、魔骸は死なぬ。肉は塞がり、首は生え直す。斬れるのは、人の魂を鋳込んだ刃だけだ」
ヴァルドは、壁に立てかけた四人の神器を、骨ばった指で順に指した。
「それも、一振りでは足りん。神器ひとつで斬っても、核は残る。せいぜい数年、眠らせるのが関の山だ。――焼く魂。吸う魂。砕く魂。貫く魂。形の違う魂を同時に核に叩き込み、ぶつけ合って、はじめて魔王の骸は消える」
「……じゃあ、ひとつだけで半端に斬ったら?」
ニコが訊いた。
「斬られた痛みを喰って、肥え太る。前より大きく、醜く、強くなって、戻ってくる。――ゆえに、決して一人で斬るな。お前たちは、四人で一つだ」
「神器は、全部で、いくつあるんですか」
これも、マルスだった。
「十九だ」
「……十九の神器に、それぞれ何百、何千……。その魂は――どこから、来たんですか」
燭台の炎が、じじ、と鳴った。
「二百年前、宮廷の魔導師たちが、陛下の祖先の命を受けて造った。牢獄の罪人。戦の捕虜……それでも足りぬときは、地図から村をひとつ消した」
ナティアの顔から、血の気が引いた。
ニコは膝の上で、ぎゅっと拳を握っていた。笑っていなかった。
「それは……正しいことなんですか」
「正しいかどうかは、陛下がお決めになる。お前たちが決めることではない。――今日はここまでだ」
ヴァルドは、羊皮紙を巻き取った。
***
リーフは講義のあいだじゅう、壁に立てかけた自分の剣の刀身に映る、自分の顔を眺めていた。
(何百、何千、か)
死にたくないと叫んで死んでいった何千人が、今は、俺を生かすために、ここにいる。
(悪くない)
講義のあと、マルスは礼拝堂でひとり、長いあいだ祈っていた。
ナティアが、その隣に黙って座っていた。
リーフは、それを、柱の陰から見ていた。
***
それから、八年が過ぎた。
夜明け前の鐘で叩き起こされ、走り、型を千回、二千回と繰り返した。
倒れれば水をかけられ、泣けば鞭で打たれ、骨が折れれば添え木を当てられて、翌朝にはまた訓練場に立たされた。
四年目の冬、「梟」の組の少年が、訓練中に首の骨を折って死んだ。
翌月、空いた一振りの前に、どこかの孤児院から連れてこられた新しい子どもたちが、また一列に並ばされていた。
リーフだけは、骨が折れても、翌朝には治っていた。
継承の剣はリーフの身体が壊れることを許さなかった。手を抜いても死なないことをリーフは覚えた。
そうして、四人とも、成人の儀を迎えた。
痩せっぽちの孤児たちは、もうどこにもいなかった。男と女に分けられた寝所の、薄い仕切り一枚を隔てて、四人の大人が寝起きしていた。
***
「――リーフ! また型が崩れている!」
教官の木剣が、リーフの脇腹にめり込んだ。
砂の上に転がり、腹を押さえて咳き込む。
「す、すみません……っ、え、えへ……すみません……」
這いつくばったまま、へらへらと笑う。
頭を下げ、上目遣いに顔色を窺う。――この角度、この声で謝れば、たいていの大人はそれ以上殴る気をなくす。八年で覚えたことだった。
「なぜ、二千回やって同じところで崩れる」
「は、はは……いや、その……今日はナティアの矢の音が、うるさくて……。それに、マルス兄ちゃんが、さっき俺の足、踏んだから……えへ」
隣の的場で、ナティアがぴたりと弓を下ろした。
マルスは言い返さず、困ったように笑って「悪かったな」と言っただけだった。
空色の目が、汚れた雑巾でも見るように、リーフを見下ろしていた。
リーフは、その視線を下からへらへらと受け止め――そのすぐ下、汗で胴着に貼りついたナティアの胸元を、たっぷりと眺めた。
ナティアは、きれいになった。
すらりと伸びた背。昔と同じ、高い位置の金色の一本結い。
訓練で引き締まった細い腰。弓を引くたびに張り詰める胸元。
砂の上を裸足で駆けるたび、汗に濡れた白い脚が、陽にぬらりと光る。
リーフは、毎日、それを見ていた。
弓を引く背中なら、腰のくびれを。
水を飲むときなら、顎から胸元へ伝い落ちる滴を。
話しかけるときでさえ、目は、胸元から決して離れなかった。
「……ねえ。どこ見てんの」
一度、ナティアにそう言われた。
「え、えへ……見てない見てない。……ていうか、そっちがそんな格好してるから、目に入っちゃうんだよ。俺のせいじゃないって。えへへ」
ナティアは何も言わず、その日から、リーフの前では胴着の上に外套を羽織るようになった。
(自意識過剰だな。見られたくないなら、そんな身体になるほうが悪いんだろ)
***
見ているだけでは、足りなかった。
訓練のあと、女たちは汗を吸った晒しや巻き布を、洗い場の籠に放り込んでいく。
リーフは、その籠からナティアのものだけを抜き取ることを覚えた。
金色の髪が一本絡みついた、まだ湿った晒し。
寝床に持ち帰り、毛布をかぶって顔を埋める。汗と革とナティアの肌の匂いが、肺いっぱいに満ちる。
「……えへ、えへへ……ナティア……ナティアぁ……」
毛布の中で、ねっとりと名前を呼ぶ。
隣の寝床でマルスが寝息を立てていても、構わなかった。
晒しは、夜明け前に籠へ戻しておく。
翌日、何も知らずにそれを巻いて弓を引くナティアを、リーフは訓練場の隅で膝を抱えて眺めた。
(それ、昨日の夜、俺が顔を埋めてたやつだぞ。えへ……えへへ……)
ぺろりと唇を舐める。
何も知らずに的を睨む冷たい空色の目を見ているだけで、腹の底が、ぞくぞくと熱くなった。
***
ニコも、悪くなかった。
背は低いままだったが、ちゃんと女になっていた。
女たちの水浴び場は、訓練場の奥の古い井戸の裏手にある。成人の儀を終えた春、リーフはその板壁に、指一本分の隙間を見つけた。
その夜から、毎晩通った。
にゃははっ、と、壁の向こうでニコが笑う。
何も知らずに、桶の水を頭からかぶりながら。
板壁に片目を押し当てたまま、リーフは息を殺した。
ニコが笑うたび、鼻歌を歌うたびに、背筋がぞくぞくと震えた。
――何も知らない女を、一方的に、隅々まで見ている。それが、たまらなかった。
***
女なら、誰でもよかった。
治療師の手伝いをしているそばかすの女の、膝をついたときの腰つき。
廊下ですれ違う「鴉」や「梟」の女たちの、胴着の脇から覗く白い肌。
修道院で見かける女を、リーフはひとり残らず、頭の中で品定めした。
寝床に戻れば、その日いちばん「よかった」女を、毛布の中で思い返す。それが、夜の日課だった。
狭い廊下では、わざと女の背中にぴったりと身体を寄せて追い越した。
「えへ、ご、ごめん」とへらへら謝りながら、その一瞬に嗅いだ髪の匂いを、夜まで覚えておく。
女たちは、いつの間にか、リーフの通る廊下を避けるようになった。
(なんだよ。俺、何もしてないのに。顔がいいからって、意識しすぎなんだよ)
リーフは、本気でそう思っていた。
だが、いちばんリーフを昂らせたのは、それではなかった。
ある日、「鴉」の組の女が、訓練場で教官に打たれていた。
リーフたちより年上の、背の高い、気の強そうな女だった。命令に口答えしたのだという。
両手を柱に縛られ、背中の布を裂かれ、革の鞭が振り下ろされるたびに、白い背中に赤い筋が走る。
最初は歯を食いしばって耐えていた。
十五打目で、「許してください」と繰り返し始めた。
誰もが目を逸らしていた。ナティアは唇を噛み、マルスは拳を握りしめていた。
リーフだけが、目を逸らさなかった。
あんなに気の強そうだった顔が、ぐしゃぐしゃに崩れていく。
怯えて、泣いて、見下していたはずの相手に、許しを乞うていく。
腹の底が、かあっと熱くなった。
涎が垂れそうになって、慌てて袖で拭った。
(ああ。あの顔だ)
強い女が、壊れる顔。
自分を見下していた女が、泣いて縋る顔。
あれが、いちばん、いい。
「……リーフ。お前、何、笑ってるんだ」
隣で、マルスが低い声で言った。
「え? え、えへ……笑ってないよ。かわいそうだなって、思ってただけ。えへへ」
マルスはそれ以上何も言わず、ひどく悲しそうな目で、リーフを見ていた。
(なんだよ、その目。打ってるのは教官だろ。俺を責めるなよ)
***
その夜、リーフはナティアの晒しに顔を埋めながら、柱に縛られて泣いているのが、ナティアであることを想像した。
両手を頭の上で縛られたナティア。
その背中に、赤い鞭の痕が一本、また一本と走っていく。
空色の目が、涙で濁り、怯えて――最後には、「許して、リーフ」と、自分の名前を呼ぶ。
それを、上から見下ろしている自分。
(俺を見下したお前が悪いんだよ、ナティア。えへ……お前が、悪いんだ)
その夜は、朝まで眠れなかった。
***




