↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自己愛性ハーレム勇者 〜元の世界が俺の価値を理解できなかっただけ!〜【R15版】  作者: シュキラ
ミナトの章~村の英雄~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/23

17.継承

「――じゃ、そろそろお仕事しよっか」


 ニコが、ぴょん、と立ち上がった。


 しゅるり、と。

 緑の光の鞭が、ミナトの首に、胸に、腕に、脚に、蛇のように何重にも巻きついて――締め上がった。


「ぐ……っ!?」


 地面に引き倒された。剣を握った右腕ごと胴に縛りつけられ、身動きひとつ取れない。

 鞭が触れたところから力が抜け、熱が吸われ、指先が冷たく痺れていく。


「はい、捕まえたっと。にゃははっ」


 黒く変色した右腕をだらりと垂らし、左手一本で鞭の柄を握ったニコが、上から覗き込んでいた。


「逃げ癖のある子には、お縄だよー。今度は逃がさないからね?」

「な、何を……っ」

「何って、決まってるじゃん」


 ナティアが石垣から飛び降り、ミナトの前に立った。


「あんたを王都へ連れて帰る。王に背いた罪。神器を持ち逃げした罪。それから――この数年間、あんたが通った街や村でやったこと」


 声が、かすかに震えた。


「全部、裁きの場で償わせる。あんたに殺された人たちの家族の前で、ひとつ残らず」


(……は?)


 知らない。

 持ち逃げ? 殺した? この数年で何をやったって?

 この身体で目を覚ますその前のことなど、何ひとつ知らない。


「し、知らない……っ!! 俺は何も知らない……っ!!」

「あーはいはい、とぼけても無駄」

「違う、違う違う……っ!! 俺じゃない!! 俺は、リーフじゃ――!!」

「ガラム。足、持って」

「……ああ」


 ガラムがミナトの足首を掴み、ずるずると泥濘の上を引きずり始めた。


 ***


 ずるり。ずるり。


 焼けた村が遠ざかっていく。

 村長の家の炭の山が。女たちと寝た、あの家が。俺の村が。


(――嫌だ)


 頭の中が、ぐちゃぐちゃに掻き回されていた。


 ――償え、だと?


 全部、この身体の前の持ち主がやったことだ。なのに、俺が裁かれる?

 この身体で手に入れたものを全部失くして――今度は、処刑でもされて、この身体ごと取り上げられるのか?


(ふざけるな。これは――俺の身体だ)


 この数年間、この身体で生きてきた。

 化け物を斬った。勇者様と呼ばれた。女たちを抱いた。子を作った。

 この身体は俺のものだ。この剣も俺のものだ。俺が手に入れたものは、全部、俺のものだ。


(誰にも、渡して、たまるかァァァッ……!!)


 ――どくん。


 縛りつけられた右腕の中で、剣が脈打った。


 三つの光は、もう、どこにもない。共鳴するものなど何もない。

 それでも剣は脈打った。ミナトの心臓と同じ拍子で。腹の底で煮え滾る、どす黒い何かと同じ拍子で。


 ――光った。


 青ではなかった。青の芯に、黒い炎が渦を巻いていた。


「――はにゃ?」


 ニコの間の抜けた声。


 巻きついていた緑の鞭が――ほどけた。

 剣から溢れた光が鞭の糸に絡みつき、編み目をほどくように、一本一本するすると引き剥がしていく。ほどけた光の糸が、ばらばらと宙に散って消えた。


 ミナトは立ち上がった。

 足首を掴んでいたガラムの手が離れていた。ガラムが目を見開き、半歩後ずさる。


「……なんだ、今のは。神器が、神器を解いた……? そんな事象、聞いたことも――」

「嘘……」


 ニコが、手の中の鞭の柄を見下ろしていた。

 その顔から、初めて本当に笑みが消えていた。


「ウチの鞭が……あれ?」


 ナティアが弓を構えた。だが、引き絞らなかった。

 空色の瞳が、じっとミナトの顔を見つめていた。


「……おかしい。何よ、あの黒い光。継承の剣の光は、あんな色じゃない」

「……それに、だ」


 ガラムが低く言った。


「リーフなら、今頃泥の中で泣いて命乞いしてる。追い詰められたら地べたに這いつくばって、靴でも舐めるやつだ。剣を握って俺たちに向かってくる度胸なんざ――」


 ない、と、ガラムは言えなかった。


 ミナトが、剣を構えていたからだ。

 両手で柄を握りしめ、腰を引き、切っ先を小刻みに震わせて。

 さっきまで勝手に動いていた身体は、なぜか、ぴくりともミナトを導こうとしなかった。

 剣など握ったこともない男の、ひどく強張った構えだった。


「……なんだ、その構えは」


 ガラムの太い眉が寄った。


「まるでド素人じゃねえか。ガキの頃から毎日毎日、同じ型を叩き込まれてきたやつが、そんな――」

「……あんた」


 ナティアが、一歩前に出た。


「あんた――誰?」

「俺は……リーフなんかじゃ、ない……っ」


 剣の光が、どくん、と膨れ上がった。


「俺は、ミナトだ……っ!! 足立区出身! 大和田湊だ!! 今はこの村の勇者様だ!! 俺は勇者になったんだ!!」


 どくん。


「この身体は俺のものだ!! この剣も俺のものだ!! この村も、女たちも、サリヤも――全部、俺のものだったんだ!!」


 どくん。どくん。


「それを、どいつもこいつも横から奪いやがって!! 俺のせいにしやがって!!」


 ――どくんっ。


 剣が、燃え上がった。

 ミナトが「俺の」と叫ぶたびに。腹の底の、どろどろとした、俺の、俺の、俺の、という声に応えるように。

 青い芯に黒い炎を纏った光が、四つの光がひとつになったときよりも、さらに強く膨れ上がっていく。


「……ミナト……?」


 ナティアが、聞いたことのない響きを確かめるように繰り返した。


「ちょ、ちょっと待って。ねえ、待って」


 ニコが、ミナトのほうへ一歩踏み出した。

 黒い瞳がまん丸に見開かれていた。困惑と、ほんの少しの――。


「ねえ、あんた、ほんとにリーフじゃないの……? それって、どういう――」


 ミナトの腕が、動いた。


 ――ひゅっ。


 草を鎌で刈るような、軽い音だった。


 ニコの言葉が途切れた。

 首から上が、短い黒髪ごと、くるくると宙を舞った。

 大きな黒い瞳をまん丸に見開いたまま。唇を「どういう」の「う」の形にすぼめたまま。


 首を失った小柄な身体が二歩、三歩とよろめき、断たれた付け根から血が噴水のように噴き上がる。左手から鞭の柄がぽとりと落ち、身体は膝から、くしゃりと泥濘に崩れた。


 ぼとん、と頭が落ちた。

 ころころと転がって、ナティアの足元で止まった。


 ――あっけなかった。


 何十本もの触手に打たれても笑っていた娘が。

 たった一振りで。何が起きたのかも分からない顔のまま。


 ミナトは、剣を振り抜いた姿勢のまま立っていた。


(……あ)


 剣が勝手に動いたのか。自分が振ったのか。

 分からなかった。

 分からなかったが――胸の奥で、すうっと、何かが軽くなった。


 ――俺を引きずっていこうとしたやつが、いなくなった。


「……ニコ?」


 ナティアの唇から、かすれた声が漏れた。


「ニコ……え、ニコ……?」


 足元の顔は、答えなかった。


 ガラムが、立ち尽くしていた。岩のような巨体がぐらりと揺れ、大槌の柄を握る指が白くなるほど震えている。


 ナティアの頬を、涙が伝い落ちた。

 空色の瞳が、ゆっくりとミナトに向いた。


 ――怒りだった。涙に濡れた、灼けつくような怒り。

 そしてその奥に、もう底というものがどこにもない、軽蔑があった。


「……リーフでも、そうでなくても」


 震える指が、弓を引き絞る。


「あんたはクズよ。リーフと同じ」


 黄色い光が、核を貫いたときよりもさらに眩しく凝縮されていく。


「――殺す」


 ガラムが大槌を振りかぶった。鉄の頭が白に近い赤に灼けていた。

 涙で歪んだ顔のまま、吠えた。


「殺してやるァァァァァッ!!」


 ***


 黄色い光の矢と、赤い光の槌が、真正面から迫ってきた。


(――死にたくない)


 思ったときには、腕が動いていた。

 剣を横に倒し、頭上に掲げる。


 光の矢と光の槌が、同時に、剣の腹に叩きつけられた。


 黄色。赤。そして、青と黒。

 四つの光がぶつかり合って――。


 世界が、白く弾けた。


 ***


 ――白かった。


 上も下も、何もなかった。炎も煙も血の泥濘も、音も匂いも熱も。


 ミナトは、そこに立っていた。


 足元を見下ろす。裸足ではなかった。すり減った黒い革靴。膝の抜けた灰色のスラックス。

 皺だらけのワイシャツ。緩んだネクタイ。袖口にボールペンのインクの染み。ぽってりとたるんだ腹。

 生白くて、指の節が太い……。


(……俺の、手だ)


 大和田湊の手だった。

 終電を逃した夜のオフィスで、ひとりきりでキーボードを叩き続けていた、あの手だった。


「……あの」


 振り返ると、男が立っていた。


 鋼のように引き締まった肉体。若く整った、美しい顔立ち。

 この一年、毎朝、青銅鏡の中に見てきた顔だった。


 だが、表情が違った。

 男は背中を丸め、両手を腹の前でもじもじと揉み合わせていた。視線が落ち着きなく、ミナトの顔と足元を行ったり来たりしている。鋼の肉体を、借り物の服のように窮屈そうに縮こめて。

 同じ顔なのに、まるで別人の――ひどく気弱そうな男だった。


「……ど、どうも」


 男が、へらり、と媚びるような愛想笑いを浮かべた。


「あ、あの……リーフ、です。この身体の、本来の持ち主で」


 不思議だった。

 初めて会ったはずなのに、まるでそんな気がしない。

 鏡で毎日見ていたからとか、そういう話ではない。


 へらりとした愛想笑い。上目遣いに顔色を窺う目。揉み合わせる落ち着きのない手。

 ――知っている。

 会社の給湯室で。駅のトイレの鏡の前で。毎朝、毎晩、見てきた。


(……俺、だ)


 顔立ちは何ひとつ似ていないのに、その顔は、元の世界の大和田湊のものだった。


 ***


「……お前が、リーフか」

「は、はひっ」


 声が裏返った。


「あいつらが言ってた。持ち逃げだの、裏切りだの」

「……え、えへ。いや、その……はは、ははは」


 胸ぐらを掴もうとした瞬間。


「ひっ――ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 リーフは両腕で頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。

 鋼の肉体を亀のように丸めて。


 ミナトは、手を下ろした。


「……お前のせいで散々なことになってるんだぞ。村は化け物に潰されて、それが俺のせいだって言われて、知らない罪で王都に引きずっていかれそうになってて……」

「す、すみません、すみません……そうなんですね。俺、あなたが見た景色を全部は見れてないんで」

「あ――それで、一人、斬った。黒髪の、ちっこいのだ。にゃははって笑う」


 リーフが、腕の隙間からそろりと顔を上げた。


「……ニコ、を?」


 しばらく黙っていた。

 それから、その唇の端が、ひくり、と吊り上がった。

 ひどく小さな、ひどく醜い笑みだった。


「……そ、そっか。ニコ、死んだんだ。ざまあないや」


 くつくつと、喉の奥で笑う。


「あいつ、ずっと俺のこと笑ってたんですよ~。訓練でへまするたびに、にゃははって。小便ちびったときも、にゃははって。……ナティアとガラムの前で、ずっと」


 ぺろり、と乾いた唇を舐めた。

 その目が、とろん、と濁った。


「でもね……あいつの水浴び、いつも覗いてたんです、俺。井戸の裏の、板の隙間から……えへ、えへへ」


 リーフの手が、無意識のように自分の太腿をさすっていた。何度も、何度も。


「……結局、一回も触れなかったなぁ。もったいないなぁ。首、斬っちゃう前に、一回くらい……」


(……こいつ)


 気持ちが悪い、と思うべきなのだろう。

 だが、湧いてきたのは嫌悪ではなかった。


 ミナトも見ていたのだ。燃える屋根の上で弓を引く、ナティアの背中を、脚を。


 ――同じだ。


「……サリヤってのが、いたんだ」


 ぽつりと言った。


「俺の女だ。俺の子を産んだ女だ。ほかにも、村の若い女はみんな俺のものだった。毎晩とっかえひっかえ、俺の寝床に来てたんだ」


 リーフの動きが、ぴたりと止まった。


「……み、みんな、ですか。な、何人くらい……」


「数えたことねえな」


 ごくり、とリーフの喉が大きく鳴った。


「じ、自分から、来てくれたんですか。無理やり、とかじゃなく」


「自分からだ。勇者様、勇者様って、自分から寝床に来てな。旦那持ちの女まで、旦那のほうから頼みに来た。子どもができねえから抱いてやってくれって」


「だ、旦那の、ほうから……っ」


 リーフの息が荒くなっていた。はっ、はっ、と犬のように。

 頬が真っ赤に上気し、目が熱に浮かされたようにぎらぎらと潤んでいる。さっきまで頭を抱えて震えていた男とは、まるで別人だった。


「こ、子どもまで、できたんですか。その旦那持ちの女とも」

「ああ。翌朝、旦那が礼を言いに来た」

「う、わ……うわぁ……っ」


 リーフは膝を両手で抱え込み、身体を前後に小刻みに揺すっていた。

 口の端から、つう、と涎が一筋垂れた。


「……いいなぁ。いいなぁ、いいなぁ、いいなぁ……っ」


 うわ言のように。


「俺なんか、ずっと、金で買うか、脅すか、どっちかだったのに」


 膝を抱えたまま、ぼそぼそと続ける。


「逃げてから、ずっとそうでした。村に着いたら、まず女を数えるんです。若いのが何人。人妻が何人。乳飲み子を抱いてるのが何人。どの家に男がいないか。どの家の窓が低いか。……夜になったら、一軒ずつ」


 ためらいのない声だった。


「だ、だって、神器があれば誰も逆らえないから」


 それから、ふいに声が細くなった。


「……怖いんですよ、俺。追手も、ナティアも、ガラムも、魔骸も、全部……でも」


 顔を上げたリーフの目が、また、とろりと濁っていた。


「――女を抱いてるときだけは、震えが止まるんです」


 ぞっとするところなのだろう、ふつうなら。

 だが、ミナトの胸に湧いてきたのは――分かる、という感覚だった。


 誰も、くれないのだ。何も持っていない男には。

 くれないなら――奪うしかないじゃないか。


 ミナトは、カイルにしたことを思い出した。

 崖の上で、あの誠実な、人のいい目が恐怖に歪んでいくのを見下ろしていたときの、胸のすくような感覚を。


「……お前も、苦労したんだな」


 リーフが目を見開いた。

 それから、くしゃり、と泣き笑いのように顔を歪めた。


「……は、初めて、言われました。そんなこと」


 白い空間に、二人の男が並んで座っていた。

 くたびれたワイシャツの、腹の出た男と。鋼の肉体を窮屈そうに縮こめた、気弱な男と。


「そ、それで、そのサリヤって子は……っ」


 リーフが鼻息荒く身を乗り出した。


「村長の娘で、栗色の髪で……最初は指一本触れただけで真っ赤になってたくせに、子ども産んでから、胸がこう、一回り――」


「う、うわ、うわぁ……っ。そ、それで、それで……っ?」


「それと、アーシャってのが――あいつは旦那がいたんだけどな。まあ、いろいろあって、旦那がいなくなって」

「いろいろ」

「いろいろだ」

「……えへ。い、いろいろ、ですよね。分かります。俺も、いろいろ、ありました」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 卑しく、後ろ暗く、それでいて、ひどく楽しそうに。


「……あ、あの。さっき、ナティアのこと、見ました……?」


 リーフが、もじもじと指を揉み合わせた。


「見た」


「ど、どうでした。あいつ、また育ってました……?」

「いい女だった。脚が長くてな」

「で、でしょ……でしょぉ……っ」


 リーフは両手で顔を覆って身をよじった。指の隙間から、濁った目が覗いていた。


 元の世界で、こんなふうに誰かと笑い合ったことがあっただろうか。

 ミナトは、思い出せなかった。


「……なあ。なんで俺なんだ。なんで俺が、お前の身体に入ったんだ」


 リーフの笑みが、すうっと引いた。


「……その剣のせい、です」


 自分の手のひらを見下ろす。


「継承の剣は、持ち主を生かすための剣なんです。持ち主の身体がどんなにぼろぼろになっても――たとえ一度死んでも。どんな手を使ってでも、その身体を生き長らえさせようとする」


「一度、死んでも……?」


「俺、あの日、死んだんです。あの化け物に胸を貫かれて。……追手から逃げて、逃げて、あの谷に辿り着いて。い、いい村だなぁって。若い女が多いなぁって。どの子から、って品定めしてたら……あいつが出てきて。……えへ。運、悪いですよね」


 自嘲するように笑う。


「俺の魂は、もう身体に戻れないくらいちぎれちゃってて。だから剣が探したんです。俺の代わりを。――俺と同じ形の魂を」


「同じ、形……」


「世界のずっと向こう側まで探して、見つけたんです。ちょうど同じときに、死にかけてた魂を」


 ――思い出した。


 午前三時のオフィス。誰もいないフロアに、ミナトのデスクのライトだけが点いていた。

 締め切りの資料。終わらない修正。課長からの深夜のメール。

 胸の奥がぎゅうっと締めつけられて、息ができなくなって、キーボードの上に突っ伏して――。

 朝まで、誰も気づかなかった。


「……そうか。俺、あのとき死んだのか」

「た、たぶん。……ごめんなさい」

「なんでお前が謝るんだよ」

「……く、くせ、です」


 リーフがへらりと笑い、ミナトもつられて笑った。

 同じ笑い方だった。


 ***


 白い空間が、揺らぎ始めていた。

 リーフの輪郭がぼやけ、指先から、髪の先から、白い光の粒になってほどけていく。


「……おい」

「あ、もう時間みたいです」


 リーフは、消えかけた自分の手をぼんやりと眺めた。


「俺の魂のちぎれたかけらが、身体の奥にずっと引っかかってたんです。だから、ときどき身体が勝手に動いたんですよ。剣を振るときとか」


 あの日、黒獣を斬ったとき。ヘルガの炎の中で。触手を躱したとき。


「でも、もう残りかすもほとんどなくなっちゃいました。さっき、あの剣があなたの声に応えて、あんなに強く光ったから。……たぶん、俺の残りは全部、あなたのほうに流れていったんだと思います」


「……消えるのか、お前」

「……は、はい」


 こくり、と頷いて、へらりと笑った。


「こ、怖いですけどね。ほんとは、すごく。……あーあ。最後に一回くらい、女の子をめちゃくちゃにしたかったなぁ……」


 冗談ではなかった。その目は、本気で名残惜しそうだった。


「……でも、しょうがないです。だから」


 消えかけた光の粒の手が、ミナトの手を握った。ひどく弱々しい力だった。


「これからも、俺の身体を頼みます」


 気弱そうな顔だった。卑屈な顔だった。どうしようもないクズの顔だった。

 ――自分と、同じ顔だった。


「……俺たち、ずっと認めてもらえなかったじゃないですか」

「……ああ」


「だから――探しましょうよ」


 リーフの目に、光が滲んでいた。


「俺たちを認めてくれる場所。俺たちが俺たちのままで、ちゃんと欲しいものを手に入れられる場所。女の子が、ゴミを見る目じゃなくて、ちゃんと笑って、自分から寄り添ってくれる場所。……あなたの村みたいな」


 声が震えていた。


「あなたは一回見つけたんでしょう? だったら、きっとまた見つかります。どこかに、きっと、あるはずなんです」


 ミナトは、その手を握り返した。

 この身体の前の持ち主で、罪人。

 それでも、元の世界でもこの世界でも、ミナトが出会った誰よりも――この男だけが、自分を分かってくれる気がした。


「……ああ。探そう。――俺たちの本当の居場所を」


 リーフが笑った。


「よかった。……じゃあ、最後にひとつだけ」


 もう半分以上が、光の粒になってほどけていた。


「俺のこと、全部あげます。俺の記憶。俺がどうやって育ったか。あの三人のこと。どうして逃げたのか。逃げたあと、何をしてきたか。……全部」


 手のひらから、光がミナトの中に流れ込んできた。


「知っといてください。きっと役に立ちます」


 ――視界が、白く塗り潰されていく。


 その向こうから、何かが押し寄せてきた。

 知らない景色。知らない匂い。知らない声。

 寒い屋根裏。痩せた子どもたち。四つの、光る武器。


 そして――。

 金色の髪を高い位置で一本に結った、まだ幼い少女の笑顔。


「――リーフ! 見て見て、あたし、弓、光ったよ!」


 ミナトの意識は、リーフの記憶の奥底へと沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。