↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自己愛性ハーレム勇者 〜元の世界が俺の価値を理解できなかっただけ!〜【R15版】  作者: シュキラ
ミナトの章~村の英雄~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/23

13.終わりの日①

 夏の終わりの夜だった。


 寝台脇の獣脂ランプが、橙色の灯りをゆらゆらと揺らしている。

 その灯りの中で、ミナトはサリヤとフィオに挟まれて、獣皮の上に寝そべっていた。


「ふふ……ミナト様、今夜はなんだか、ご機嫌ですね」


 ミナトの胸に頬を乗せて、サリヤが笑った。

 肩の上で切りそろえた栗色の髪が、汗でしっとりと首筋に張り付いている。ランプの灯りに照らされた白い肌は、薄く桜色に染まっていた。


「あたしの番、まだー? サリヤさんばっかり、ずるいよ」


 ミナトの左の脇から、赤い髪がひょこりと覗いた。

 フィオだった。


 肩の下で切りそろえた赤毛が、汗でくるくると頬に跳ねている。鼻の頭から頬にかけて、星屑のように散ったそばかす。くりくりとよく動く栗色の目。

 この初夏に女の子を産んでから、フィオは前よりも少しだけ、柔らかく大人びた顔をするようになった。


「ふふ、ごめんね、フィオちゃん。次は、ちゃんと譲るから」

「ほんとだよ? 約束だからねっ」


 フィオがミナトの腕に頬ずりをし、サリヤがくすくすと笑う。

 汗と、乳と、甘い香りの混じった匂い。二つの温もり。


 ――悪くない夜だった。


 サリヤは、この世界で最初に抱いた女だ。フィオは、温み淵のあの日、ミナトに初めてを捧げた三人のうちの一人。

 二人とも、ミナトの子を産み、ミナトの名を呼んで、ミナトを欲しがっている。


 アーシャは――今夜も、来なかった。

 ふと、そのことが頭をかすめた。ミナトはそれを振り払うように、サリヤの肩を抱き寄せた。


 サリヤが目を閉じ、ミナトの唇に、自分の唇を寄せる。

 ――そのときだった。


「――きゃあああああああああっ!!」


 悲鳴が、聞こえた。


 ***


 遠い。

 村の、ずっと奥のほうから。

 女の声だった。引き裂かれるような、喉が千切れるような、長い悲鳴だった。


 寝台の上で、二人の女が、一斉に動きを止めた。


「……え?」


 サリヤが身を起こし、窓のほうを振り返った。

 フィオが、ミナトの腕にしがみついたまま固まる。


「……い、今の、なに……?」

「誰か……転んだ、とか……?」


 だが、その声の終わらないうちに、また、別の悲鳴が上がった。

 男の声だった。

 それから、何かが、めきめきと裂けるような、重たい音。


「ミ、ミナト様……っ、外、なにか……っ」


 サリヤが、寝台から降りようとした。

 ミナトは、その手首を掴んで引き止めた。


「……放っておけ」

「で、でも……っ」

「どうせ、酔っ払いが喧嘩でもしてるんだろう」


 ミナトはサリヤの手首を掴んだまま、面倒くさそうに寝返りを打った。

 サリヤは、寝台の縁に腰掛けたまま、不安げに窓の外を見つめていた。

 フィオも、毛布を胸元に引き寄せて、身を固くしている。


 ――悲鳴は、止まなかった。


 ひとつ、またひとつと、増えていく。

 近づいてくる。

 女の声。男の声。子どもの泣き声。

 何かが、壊れる音。木が裂ける音。石が崩れる音。

 犬が、狂ったように吠え立てている。それが、ぎゃん、と短く鳴いて、ぷつりと途切れた。


 そして――。


 ずしん。


 寝台が、揺れた。


 ランプの炎が、大きく傾いた。棚の上の陶器の碗が、かたかたと音を立てて震える。

 地の底から突き上げてくるような、重たい振動だった。


 ずしん。

 ずしん。


 ――足音だった。


 とてつもなく巨大な何かが、大地を踏みしめて歩く音だった。


「ミナト様っ……!」


 サリヤが、悲鳴のような声を上げた。

 ミナトは、ようやく身を起こした。


 その瞬間。


 ごおおおおおおおおおおおおっ――!!


 谷じゅうの空気を震わせるような、凄まじい咆哮が、轟き渡った。


 ***


 ミナトの全身の毛が、逆立った。


 知っている。

 この声を、知っている。


 この世界で目を覚ました、あの日。


(――まさか)


 ミナトは、寝台から跳ね起きた。


 床に脱ぎ捨ててあった上着を掴んで、羽織る。

 下穿きを穿く間すら、惜しかった。


 二人の女たちも、慌てて床の寝間着を拾い上げ、肩から羽織った。

 帯を締める余裕もなく、前をかき合わせただけの姿で、三人は戸口へ駆けた。


 ミナトが、戸を開けた。


 ***


 ――赤かった。


 最初に目に飛び込んできたのは、それだった。


 谷が、燃えていた。

 村のあちこちで、家々の屋根から炎が噴き上がり、夜空を赤く焦がしている。崩れた竈から火が回ったのか、倒れたランプから燃え移ったのか。炎は、乾いた夏の終わりの茅葺きを舐めるように駆け上がり、次々と隣の家へと燃え移っていく。

 その炎に照らし出された村の中を――人が、逃げ惑っていた。


 寝間着姿の女たち。子どもを抱えた母親。腰の曲がった年寄り。

 悲鳴を上げ、泣き叫び、転び、這いずりながら、谷の下手のほうへと、必死に逃げていく。


「――勇者様っ……! 勇者様ぁっ……!」


 坂の下から、息を切らした小さな影が、駆け上がってきた。

 アーシャだった。

 ほどけかけた二つ結いの髪を振り乱し、裸足の足を泥だらけにして、手に摘みかけの白い花の束を握りしめている。


「勇者様っ、村が……村が……っ!」


 アーシャは、ミナトの顔を見るなり、膝から崩れ落ちそうになって、戸口の柱にしがみついた。


 そして、その背後。

 村の奥、広場のあたりに。


 ――それは、いた。


 山だった。

 黒い、山だった。


 燃える家々の屋根よりも、遥かに高い。村でいちばん大きな集会所が、その足元で、まるで子どもの積み木のように小さく見えた。

 炎の照り返しを浴びて、ぬらぬらと濡れ光る、漆黒の毛皮。

 その巨体の、頭と思しきあたりに――無数の、紅い目が、ぎらぎらと輝いていた。


 黒獣だった。


「……う、そ……」


 背後で、サリヤが、掠れた声を漏らした。


「なん、で……っ、だって……っ、勇者様が、斬った、のに……っ」


 アーシャが、柱にしがみついたまま、声も出せずに、その巨体を見上げていた。

 フィオは、両手で口を覆っていた。


 ミナトは、動けなかった。


(……別の、個体か?)


 最初に、そう思った。

 黒獣が一匹だけだと、誰が言った。三百年も山の奥に棲んでいたのなら、番いがいても、子がいても、おかしくはない。


 だが――。


 炎が、ひときわ高く燃え上がり、黒獣の頭を、真正面から照らし出した。


 その額から、鼻面にかけて。

 まっすぐに、一本の線が走っていた。


 毛皮の上に、白く、太く、盛り上がった、古い傷痕。

 まるで、一度真っ二つに断ち割られたものを、無理やり縫い合わせたような。


 ――ミナトが、あの日、大剣で断ち割った場所だった。


(同じ……やつだ)


 ミナトの喉が、からからに渇いた。


(蘇った……のか……?)


 あのとき、黒獣は再生することなく、黒い灰となって崩れ去ったと、村人たちは言った。

 三百年の悪夢は、終わったのだと。


 終わって、いなかった。


 しかも――大きい。

 あの日、ミナトが見上げた黒獣よりも、明らかに、一回り以上も大きかった。

 そして、あの日には、なかったものがあった。


 黒獣の背中から、脇腹から、首の付け根から。

 漆黒の毛皮を突き破るように、何十本もの――触手のようなものが、生えていた。


 太いもので、大人の胴回りほど。細いもので、腕ほど。

 ぬめぬめと濡れ光る、赤黒い肉の管。その表面には、無数の小さな棘のような突起がびっしりと生え、先端は、花が開くように、いくつにも裂けていた。

 それが、まるでそれぞれが別の生き物であるかのように、うねり、のたうち、四方八方へと伸びていく。


 ――家の中へ。


 ミナトの目の前で、一本の触手が、燃えていない家の窓へ、ずるりと潜り込んだ。


 次の瞬間。


「いやあああああっ!! やだ、やだやだやだぁっ!! たすけてっ、だれかぁっ――!!」


 窓の中から、女の悲鳴が上がった。

 触手が、引き抜かれる。

 その先端に、若い女が、巻き取られていた。

 腰から胸にかけてを、ぬめる肉の管にぐるぐると締め上げられて、宙に吊り上げられていく。窓枠に必死にしがみついた指が、一本、また一本と剥がれ、最後に、爪が剥がれる音がした。


 女は、宙で、手足をばたつかせていた。


 ――そして、触手が、締まった。


 ごきり、と。

 薪を膝で折るような、乾いた音が、炎の轟きの中でも、はっきりと聞こえた。


 女の身体が、腰のところで、あり得ない角度に折れ曲がった。

 悲鳴が、途切れた。

 触手は、さらに締め上げた。ぐしゃり、と湿った音がして、女の腹が、巻き付いた肉の管の隙間から、内側から弾けるように裂けた。

 赤黒いものが、どろりと溢れ出して、地面に、ぼたぼたと落ちた。


 触手は、それを、まるで果実の汁を絞り終えた皮でも捨てるように、無造作に放り投げた。


 原形を留めない肉の塊が、ミナトたちの足元から数歩先の地面に、べちゃり、と落ちた。


 寝間着の切れ端が、こびりついていた。

 そこから覗く腕に、見覚えのある刺繍の腕輪が、巻かれていた。

 ――ひと月ほど前の昼、洗い場から柳の木立の奥へ連れていった、あの娘だった。


「ひ……っ、ひぃ、い、いやあああああっ……!!」


 フィオが、悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。

 アーシャが、口を両手で押さえて、身体を二つに折り、その場で嘔吐した。


 ***


 ミナトは、ようやく、周りを見た。


 見てしまった。


 ミナトの家の前の坂道。いつも朝、村長の家へ朝飯を食いに下りていく、あの坂道。

 そこに――人が、落ちていた。


 いや。人だったものが。


 坂の途中に、腰から下だけが転がっていた。

 上半身は、どこにもなかった。断ち切られた腰の断面から、千切れた腸が、ずるずると長く地面に伸びて、まだ、ひくひくと痙攣していた。履き古した革の靴に、見覚えがあった。毎朝、坂の上で「勇者様、今日もお早いですな」と腰を折ってくれた、山羊飼いの老人だった。


 坂の脇の柵には――。


 ミナトは、目を逸らそうとした。

 逸らせなかった。


 坂の脇の、山羊を囲う木の柵。先を尖らせた杭を、何本も並べた柵。

 その杭の先に、人が、刺さっていた。

 三人。四人。まるで、百舌の早贄のように。

 腹を、胸を、喉を、尖った杭に貫かれ、手足をだらりと垂らして。杭を伝って流れ落ちた血が、柵の根元に、黒い水溜まりを作っていた。


 その中の一人の、黒い髪が、炎の風に揺れていた。

 高い位置で、一本に結った黒髪。

 陽に焼けた、小麦色の、しなやかな腕。


「……カ……ヤ……」


 フィオの喉から、ひゅう、と細い息が漏れた。


 カヤだった。

 温み淵で、ミナトの首筋に痕を刻んだ娘。

 泣いてミナトの子を欲しがった娘。この夏、ようやく授かった子を産んだばかりの、狩人の娘。

 その胸の真ん中を、太い杭が、背中まで貫いていた。

 見開かれたままの目が、炎に照らされて、こちらを見ていた。


「いや……いや、いや、いやいやいやいやぁっ……!! カヤっ、カヤぁっ……!!」


 フィオが、這うように柵へ駆け寄ろうとした。

 ミナトは、その腕を掴んで、引き戻した。


「――行くな!」


 自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。


 ネルは、どこだ。

 この春に子を産んだばかりのネルは。

 リンネは。リンネの、あの一歳の息子は。

 ガルドは。ベン爺さんは。マルタは。村長は。

 ――リオは。ミラは。


 頭の中で、名前が、ぐるぐると回る。

 答えは、どこにもなかった。

 炎と、悲鳴と、あの咆哮だけが、谷を埋め尽くしていた。


 ***


「勇者様ぁっ……!! 勇者様ぁぁっ……!!」


 坂の下から、聞き覚えのある声が、駆け上がってきた。


 ミレイだった。

 寝間着ははだけ、裸足の足は血まみれで、長い髪は振り乱され、顔は涙と煤で真っ黒だった。

 その腕に、赤子を抱いていた。

 この初夏に産んだ、ミナトの娘を。


「勇者様っ、助けてっ……! ガルドが、ガルドがぁっ……! あいつに、つかまって……っ、わたしと、この子を、逃がして……っ、それで……っ!」


 ミレイは、坂を這うように駆け上がりながら、泣き叫んでいた。

 ミナトのほうへ、赤子を抱いた腕を、必死に差し伸べて。


「勇者様っ、勇者様なら、あいつを、また……っ、斬って……っ! おねがい、この子だけでもたすけ――」


 ミレイの言葉が、途切れた。


 ミレイの頭上に、影が差していた。


 ミナトは、見上げた。

 炎に照らされた夜空を背にして、黒獣の、巨大な前脚が――ゆっくりと、持ち上がっていた。


「ミレイ――っ!!」


 ミナトは、叫んだ。


 ミレイが、振り返った。

 自分の頭上に降りてくる、漆黒の、家ほどもある脚の裏を見上げた。

 その顔に、何かを理解するような表情が浮かんで――。


 ミレイは、赤子を、胸に抱きしめた。

 背中を丸めて。覆いかぶさるように。


 ――ずしん。


 黒獣の前脚が、坂道に、振り下ろされた。


 地面が、揺れた。

 ミナトの足元まで、土と石の破片が跳ね飛んできた。

 ぶしゃっ、と、熟れきった果実を踏み潰したような音がした。


 黒獣が、ゆっくりと、脚を持ち上げる。


 そこには、何も残っていなかった。

 いや、残っていた。

 踏み固められた地面の上に、赤黒い、平たい染みが、大きく広がっていた。その染みの中に、白い骨の欠片と、長い髪の束と、寝間着の切れ端が、べったりと、押し花のように貼り付いていた。

 赤子の、小さな手の形をしたものが、その染みの端に、ほんの少しだけ、見えた。


 黒獣の脚の裏から、赤い肉の糸が、何本も、ねっとりと垂れ下がっていた。


 ***

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。