4.別邸の奥様
(家令ロベルト視点)
「うわぁ、ステキなリビングね」
「うわぁ、ここからの眺めって最高だわ!」
先程から「うわぁ」を連発しまくるアマーリエ様の淑女らしからぬ喜びように、私は思わず笑みを零しかけ、慌てて表情を引き締めた。
この別邸は丘の上の本邸から馬車で十分ほど緩やかな坂道を下ったところにある。
もともとは先代の祖母――エミリオ様の曽祖母にあたる方が、晩年をゆっくり過ごしたいと願われ、この湖のほとりに建てられた山小屋風の別荘だ。
目の前には青く澄んだ湖、その奥には高い山を背に広がる深い森があって、バルコニーからの眺めはまさに絶景であった。
「奥様、このような形でお迎えすることになり誠に申し訳なく思っております」
家令として、アマーリエ様へのこの非常識な対応に深く頭を下げる。
しかしながら、エミリオ様の想いを皆で守ると決めた以上、私としてはアマーリエ様に事情をご理解頂いて、あとは誠心誠意お仕えするほかなかった。
三年前、先代ご夫婦が揃って事故でお亡くなりになってから、エミリオ様の心の拠り所となったのがパメラだった。
エミリオ様と一緒に育ってきた、庭師の娘パメラ。
二人は、二年ほど前からいわゆる男女の仲になっている。
私はお声がかかるまで、ずっと頭を下げていた。
「あの、顔を上げてください。大丈夫です、私、絶対にお二人の邪魔はしませんから」
上体を起こすと、アマーリエ様はふわりと優しく微笑んでくださった。
先程別邸へ着いた時、ウエディングベールを外されたので今ははっきりとそのお顔を拝見できる。
今日の式のため、きっちり編み上げられ纏められたその髪は珍しい銀色で、夜空のような藍色の瞳はまるで星を散りばめたかのようにいくつもの光を内包している。
お顔立ちは一見ツンときつそうに見えるが、それがまた美しさを際立たせていた。
「ロベルトさん」
「私のことは、ロベルトと」
「あ、うん。ロベルト……あのね、私は自由に歌が歌えるならそれで満足なのです。
たしかに、旦那様と家族になれたらなって思っていたので、少し残念ではありますけど」
そう言って、今度は眉を寄せて苦笑された。
その表情がまた淑女らしくなく、なんとも素直でお可愛らしい方だと思った。
「それに家令のあなたがこうして直々にここを案内してくれました。
その心遣いだけで十分です。
こんな素敵な住まいに、食事まで提供していただけて、そのうえ自由気ままに過ごしていいだなんてこれ以上の贅沢はないわ」
そう言って、アマーリエ様はまたふわりと微笑まれた。
この方は本当になんというか、心配になるほどのお人好しなのかもしれない。
結局、アマーリエ様はこの後、食事の給仕は必要ないとおっしゃった。
それに、入浴も身支度も一人で出来るから問題ないと。
つまり、奥様付きの侍女は不要だとはっきり断られてしまったのだ。
今夜は、挙式後初めて迎える特別な夜。
しかも、今日は奥様の十七歳の誕生日だと聞いている。
それなのに夕食も初夜もおひとりで過ごさせてしまうのだ、エミリオ様いや我々のせいで……。
私はなんとも居たたまれなくなって、早々に支度を済ませると別邸を後にした。
◆
馬車を出し、本邸へ戻る道をしばらく進む。
先代ご夫婦が突然お亡くなりになったため、急遽当主となられたエミリオ様は若いながらに奮闘された。それをそばで支えたパメラの存在は大きかった。
だからこそ、これからも二人を守っていきたいと思ったし、屋敷の皆で支えていこうと誓った。
しかし、本当にそれは正しい選択だったのだろうか……。
先程見た、アマーリエ様の柔らかな笑顔にふと諦めが滲んでいた気がして、私は思わず馬車を止めた。
御者台から振り返って別邸を見下ろすと、バルコニーに佇むアマーリエ様のお姿が見えた。
そして直後。
目の当たりにした光景に、私は小一時間程ここから動けなくなるのだった。




