3.愛しい人
「俺には愛しい人がいる」
結婚式が済んですぐ、なぜか夫婦《《別々》》の馬車に乗せられ、侯爵様のお屋敷へとやってきたわけですが……。
到着するなり、侯爵様は隣に立つ女性の腰を抱きながらそんなことをおっしゃいました。
愛しい人。
なるほど。年の頃は侯爵様と同じか、少し年上にみえます。
その方を紹介するおつもりは……ないようですね。
「あの、はじめまして。私は本日からこちらでお世話になります、アマーリエと申します」
まだベール越しではありますが、ひとまず私の方から名乗ってみました。
「……」
その女性は侯爵様と見つめ合ったあと、視線を私に戻すと困ったようにくすりと微笑まれました。
でもやはり、名乗っては頂けないようです。
そしてお二人は、また身体を寄せ合い熱く見つめ合っています。
つまり――、
『お前の付け入る隙などない』
ということでしょうか?
無言の圧力を感じます。
なんなら、周りのメイド達まで私を敵視しているようです。
別に、侯爵様を奪い取ろうなどと考えていないのですが。
と言いますか、私、侯爵様に対して特に思い入れなんてないのですよ?
なにしろ今日会ったばかりですからね。
いえ、本音を言えば、どこかで私を見初めてくださったのかしら……と淡い期待を抱いてはおりました。
でも、ほんの少しですよ?
ついでに白状しますと、夫婦になったらこんな私でも愛してくださるかしら……と、少しばかり夢を見たことも認めます。
「ご覧の通りだ。君とは今日から夫婦になったわけだが、男女の仲になるつもりはない。だから跡取りについても心配無用だ」
「はぃ」
「あと、君はこっちの屋敷へ立ち入るな。今夜からずっと別邸で生活するように」
「……はぃ」
「だがまあ、対外的には夫婦だからな。どうしても外せないパーティーや行事には一緒に参加してくれ」
「……はぃ」
気の抜けた返事になったことは否めません。
まぁ、何かあるとは思っていました。
子爵家ながら我が家は財力にかなりの自信があるようですし、この結婚に際しても相当な額の持参金が用意されたと聞いています。
我がラコスタ領は、ここ十年以上も災害知らずで豊作続きな上、お父様自ら手掛ける貿易事業も順風満帆。収益はずっと右肩上がりだそうです。
鼻歌令嬢などと呼ばれ、社交界ではすっかり笑い者となった私をあえて望まれたのも、このロンバルディ侯爵家に止むに止まれぬ事情があったのでしょう。
となると、この女性は平民の方でしょうか。
貴族女性に比べるとお顔立ちに派手さはないものの、全体的に落ち着いた雰囲気というか柔和な印象です。
なによりお胸が大きいですし……。
とにかく、正妻に迎えたいけれど身分が許さないと。
でも、こうやって本邸にお住まいの様子から、侯爵家の皆さんには認められている。
そういうことなのでしょう?
「承知しました。でも、ひとつだけお願いがあります」
侯爵様は目線だけで、続きを促します。
「私、歌を歌いたいのですが、別邸では好きに過ごさせて頂いてよろしいですか?」
だってこの結婚、自由で気ままな生活を保証してくれるってお話でしたもの。
じっと返事を待っていると、
「ああ、君はそういうアレだったな。あそこは周りに何もないからな、気にせずやってくれ」
ですって。
そういうアレとは一体何なのでしょう?
まぁ、別に腹も立ちませんよ。
だって……私はついに、歌う自由を手に入れたのですから。




