20.『恋とはどんなものかしら』
「ねえ、ビビ」
「はい、何でしょう?」
私たちは今、湖の周りをのんびりと散歩しています。
あれから、さらに二日が経ちました。
今日は少し気分を変えようと、バムスに教えてもらった原っぱまで出かけ、そこでお茶を頂いてきたのです。
今はその帰り道。
「ビビは、どうしてバムスと番ったの?」
「ゲフッ……ゴホッ、ゴホッ……!」
「えっ、ちょっと。大丈夫?」
私が尋ねるなり、ビビは激しく咳き込んでしまいました。
背中をさすってあげると、どうにか落ち着いたようです。
そこで、ビビの顔を覗き込み、もう一度同じことを尋ねました。
「ねえ、どうしてバムスと――」
「わあっ! わかりました! わかりましたから、アマーリエ様、少し落ち着いてくださいませ!」
なぜ、ビビはこんなにも取り乱しているのでしょう?
しかも、落ち着く必要があるのは、ビビのほうではないかしら?
ビビは美しく整ったお顔を真っ赤に染めてしまって、見ている私まで、なんだかドキドキしてしまいます。
「あの……私、何かいけないことを聞いてしまったのかしら?」
「いえ、まあ、その……」
ビビは、両手で自分の頬を軽くぺしぺしと叩いています。
けれど、やっぱりとても恥ずかしそうです。
きっと、精霊に『番う』ことについて尋ねてはいけないのね……。
私が心の中でそう納得していると、
「アマーリエ様、違うのですよ」
今日は心の声を開けていましたので、ビビが私の考えに答えてくれました。
「あのですね。『番う』とは、生涯の伴侶となることをいうのです。ですが、ただ誓いを交わすだけではなく、その……身も心も、ひとつになることを意味します」
身も心も、ひとつになる……?
「あの、つまり……こっ、交尾することも含まれるのです」
えっ!?
交尾っ……!?
あ、そうだわ。
今はこうして人の姿を取っているビビたち精霊ですが、真の姿は動物だったりします。
「じゃ、じゃあ、ネーヴェがしょっちゅう言っている『番う』というのは、私と、こっ、交尾したいということ?」
「ええ、まあ……そういう意味も含まれていますね。ネーヴェ様も、健康な雄でいらっしゃいますから……」
雄だとか、交尾だとか……。
妙に生々しくはありますが、私は人間なので、どこか他人事のようにも感じます。
「私、ずっと『結婚する』という意味だと思っていたわ」
「たしかに人間は、紙の上で契約を交わすことを『結婚』といいますね。ですが、精霊にはそのような決まりや手続きはありませんから」
ふう、と大きく息を吐き出してから、ビビは説明を続けました。
「精霊は気に入った相手を見つけると、お互いに生涯の伴侶になることを誓い合い、身も心も結ばれて、番となるのです」
気に入った相手を見つけて、番になる。
「では、ネーヴェは幼い頃の私を見て気に入ったから、自分の番に選んでくれたということ?」
「あ、それは少し違いますね」
ビビは、すぐに首を横に振りました。
「ネーヴェ様のような高位の精霊には、あらかじめ番となる相手が定められているのです。多くの場合、聖女と呼ばれる娘であったり、精霊の愛し子であったり……。普通の人間よりも大きな力を持つ者が、番に選ばれてきました。アマーリエ様のように」
あら。
それだと私は、ネーヴェに気に入られたわけではないのですね……。
そう思ったら、なんだか心の奥がモヤモヤしました。
「じゃあ、普通の精霊は、好きになった相手と番うことができるということ?」
「え、ええ。まあ、そういうことです。ですが、『番う』という言葉は、その……かなり直接的ですので、あまり女性は口にしないのですよ、アマーリエ様」
あ、そっか。
精霊たちにとっては、とても生々しい言葉なのね。
つまり、人間でいうなら、初夜についてしつこく尋ねているのと同じということ……?
そこまで考えたところで、ようやく自分がかなり恥ずかしい質問をしてしまったことに気づきました。
「わ、わかったわ。これからは気をつけるわね」
◇
別邸へ戻り、夕食もお風呂も済ませました。
ネーヴェがいなくなって、三日目の夜です。
散歩から戻ると、本邸にいる侯爵様から、一昨日のことについての詫び状が届いていました。
それから、改めて晩餐へのお誘いもありましたが、次はもう行きません。
もちろん、お断りのお手紙を書くつもりです。
ロベルトからも、あのときのパメラさんの振る舞いについて頭を下げられましたが、別に腹を立ててはいません。
侯爵様とは、今までどおり仲良くやっていてほしいものです。
ただ――彼女に言われた、あるひと言だけが胸に引っかかっています。
『やだ! 恋もまだなの? それなのにエミリオと結婚? おっかしい! アハハハ!』
……私も一応、貴族の娘ですからね。
結婚相手については、自分の意思で決められません。
好きだとか、嫌いだとか。
これまで、そのようなことを考えたこともなかったのです。
そもそも、私の周りには、使用人を含めて若い男性などいませんでしたし。
『恋もまだなの?』
恋って……一体、どんな感じなのでしょう?
ネーヴェがいなくて寂しいと思う、この気持ちは恋ですか?
うーん……。
正直、よくわかりません。
窓辺に立って外を見ると、今夜もまあるいお月様が、夜空にぽっかりと浮かんでいました。
でも、もう満月も過ぎましたよ?
三、四日で戻ると、ビビが言っていました。
ネーヴェ、明日には帰ってくるかしら……?
私は部屋で、久しぶりに鼻歌を歌いました。
hummm……
hummm……
少しずつ傾いていく月を眺めながら、ひとりきりで長い夜を過ごしました。
*☼*―――――*☼*―――――
『恋とはどんなものかしら』
(イタリア語、オペラ『フィガロの結婚』より)
本当は、恋に目覚めた思春期の少年が歌うアリエッタなの。
――美歌の記憶より
*☼*―――――*☼*―――――




