17.心の声は不公平
私、気づいてしまったのです。
ネーヴェには、私の考えていることが筒抜けなのに、私にはネーヴェの考えを読むことができません。
これって、ずるくないですか?
「ねえ、ビビ。どうしたらいいのかしら?」
私は湯浴みを終え、ビビに髪を整えてもらいながら相談しています。
ネーヴェは今、私と交代で湯浴みをしているところです。
「そうですね……。私ども精霊は、人の心の声を聞くのが得意なのですが、アマーリエ様の場合は、たしかに少々開かれすぎていると申しますか……おそばにおりますと、その……」
「丸聞こえなの?」
「……ええ、まあ」
まあ、どうしましょう。
ビビは遠慮がちに答えましたが、今こうして頭の中で考えていることが、すべて相手に伝わってしまうなんて……。
やっぱり、なんだか嫌ですね。
だって私、最近少し変なのです。
いえ、私が変なのではなくて、ネーヴェの態度がなんだか違うというか……。
日々成長する彼に、私の心が追いつかないというか……。
「あの、アマーリエ様?」
「なあに?」
髪を乾かし終えたビビが、不思議そうに首を傾げています。
「先ほど、頭の中で『すべて相手に伝わるのは、なんだか嫌です』とお考えになりましたよね?」
ええ、まあ。
「そのお気持ちを最後に、アマーリエ様のお声が何も聞こえなくなりました」
へっ? うそ!
では、今のこの声も?
返事を待ちながらビビをじっと見つめましたが、彼女はもう一度、不思議そうに首を傾げるだけです。
まあまあ!
そうだったのですね。
ただ、聞かれたら嫌だなと思えば、それだけでよかったのですね!
もう一度ビビを見ると、彼女は首を横に振り、何も聞こえていないと教えてくれました。
◇
「あれ、アミィ?」
ネーヴェは湯浴みを終えて部屋へ戻るなり、私を見て驚いた顔をしました。
それから、
「まさか!」
と声を上げ、ビビを振り返って、何か言いたげな目で見つめています。
「ネーヴェ、ビビは何もしていないわ」
「じゃあ、なんで?」
ネーヴェにはわかったのですね。
私が、心の声を聞かれないようにしたことが。
だって、何もかも丸聞こえだなんて、恥ずかしいじゃないですか……。
そう心の中で考えてから、確認するようにネーヴェを見つめました。
やはり、聞こえていないようです。
ネーヴェは目に見えて焦り始め、濡れた髪もろくに拭かないまま、私抱きついてきました。
「ねえ、アミィ。なんで?」
今夜のネーヴェは、九歳くらいに見えます。
見上げた顔には、まだ幼さが残っていますし、背丈も私の胸元に届くくらいです。
私はビビからタオルを受け取り、ネーヴェの濡れた髪を拭いてあげました。
「駄目ですよ、ネーヴェ。風邪をひいてしまいます」
むすっと下唇を突き出した顔も、可愛らしいですね。
ふふ。拗ねてはいても、私の腰に回した腕は離そうとしません。
「アミィ、寂しいよ」
泣きそうな声でネーヴェが言うものだから、私もつい負けてしまいそうです。
でも、誤魔化されてはいけません。
ネーヴェが考えていることは、私には筒抜けではないのですよ?
私だけというのは、やっぱり不公平ではありませんか。
「それならネーヴェも、考えていることを全部、私に聞かせてくれる?」
私はそんなお願いをしてみました。
「え?」
ネーヴェは、ぽかんと口を開けました。
ふふ。こんな顔も、とっても可愛らしいですね。
「ネーヴェって、ずるいわ。私の心は勝手に読むのに、ネーヴェは自分が伝えたいことしか、私に聞かせてくれないんだもの」
私の言葉に、ネーヴェはたじたじです。
とうとう、私の腰に回していた両腕まで離してしまいました。
「だ、だって、僕の考えていることを全部アミィに聞かれたりしたら……ほら、大変だよ?」
まあ。
大変って……?
いくら待っても、ネーヴェから返事はありません。
ああ、そうでした。
聞こえないと、こういう不便もあるのですね。
すっかり心の声で会話することに慣れてしまい、私自身も少し横着になっていたようです。
「大変って、どうしてですか?」
改めて言葉にしてから、ネーヴェを見つめます。
ネーヴェは私の顔を見て、少し困ったように眉を寄せました。
「どうしてって……。僕はこう見えて、本当は大人なんだよ?」
はい。それは聞いています。
「大人の男なの。だから、その……僕の考えていることなんて全部聞いたら、アミィが大変なことになるんだよ……」
つまり、どういうことですか?
……って、すっかり癖になっていますね。
どうしても、心の中で聞き返してしまいます。
待っても答えは返ってこないので、私はもう一度尋ねました。
「だから、なにがそんなに――ひゃっ」
ベッドサイドに立っていた私の手をネーヴェが引き、私はぽすんとベッドの端へ座らされました。
ネーヴェは私の前に立ち、いたずらに成功した子供のように笑っています。
目線が、座っている私と同じくらいの高さになりました。
驚いて何も言えない私の額に触れる指先は、とても優しくて……。
ネーヴェの人差し指が、私の眉間から鼻筋をゆっくりとなぞり、唇にちょんと触れて離れていきました。
「ああ、早く僕のものにしたいよ、アミィ……」
愛らしい子供の顔で、ひどく切なそうにそんなことを言うのです。
なんだか私、自分がひどく意地悪をしているような気さえしてきました。
ごめんなさい、ネーヴェ……。
「あっ、今のは聞こえたよ!」
ネーヴェが、ふふっと嬉しそうに笑いました。
だって私、まあいいかって思ってしまったのです。
気づけば、ビビはいつの間にか退室していました。
「おやすみなさい、ネーヴェ」
この別邸へ来て、そろそろ二週間です。
明日のネーヴェも、また少し成長しているのでしょうね。
そう楽しみにしながら眠りについたのですが――。
次の朝、目を覚ますと、ネーヴェの姿はどこにもありませんでした。




