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白銀の王と歌姫のお話~アマーリエは恋がしたい~  作者: コトリちゃん


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18/23

16.『間奏曲』

 

 何でしょう、この空気は……。


 今朝、ロベルトから伝言があり、午後に侯爵様が会いに来られることは知っていました。


 でも、なぜいきなり裏庭へ飛び込んで来られたのでしょう?


 今、侯爵様と私は、ガーデンテーブルを挟んで向かい合って座っています。

 ですが、私の隣にはネーヴェがぴったりと寄り添い、侯爵様に睨みを利かせているのです。


『こいつか、横取り野郎は……』


 ネーヴェが、ちょっと怖いです。

 横取りも何も、私も侯爵様も、何も知らなかったのですよ?


 それに、あの実家の離れを出て、このような素敵なお家で暮らせているのも、侯爵様と結婚したおかげなのですから。


『はぁ? そんなの、誕生日の夜に僕がアミィを迎えに行けていれば、そこでハッピーエンドだったんだよ?』


 えっ、そうなのですか?


『そうだよ!』


 ネーヴェは大層ご立腹です。


 あ、そうそう。

 安心してください、ネーヴェ。侯爵様には、心に決めた愛しい人がいらっしゃるのです!


『……ふん。こいつのそんな想いなんか、アミィの魅力にやられて風前の灯火だよ』


 まあ、そんなはずありませんよ?

 私を前にして、お二人とも大変仲睦まじくていらっしゃいましたもの。


 心の中でネーヴェとそんな会話を繰り広げていると、


「あ、あの……君が元気そうで安心したよ」


 侯爵様が、ようやく声をかけてくださいました。


「ええ、おかげさまで、自由で気ままな暮らしをさせていただいております」


 私はネーヴェの心を落ち着かせるように、ずっとその背中を撫でています。


「そうか」

「はい」


「……」

「……」


 せっかく会話が始まったと思ったのですが、残念ながらお話は続きませんでした。


 侯爵様、一体何をしに来られたのかしら?


『本当にね!』


 あらあら。

 ネーヴェのご機嫌は、ますます下り坂です。


「あの、よろしければ侯爵様もお召し上がりください」


 私は、ビビが用意してくれたチョコとアーモンドのクッキーを勧めました。


「あ、ああ……」


 返事はしてくださっても、口にされることはなく……。

 かといって、お話しになる様子もありません。


『アミィ、こいつ、もう追い出そう』


 ネーヴェが椅子から降りようと腰を上げたので、私はぎゅっと抱きしめて、それを止めました。


「ダメ!」


 そんな私の動きに、侯爵様は驚いて目を見開いています。


「ど、どうしたんだ、急に?」


「あ、いえ。この子が逃げてしまいそうだったので……」


 私はネーヴェを、そのまま腕の中に閉じ込めました。

 狼姿のネーヴェを後ろからぎゅっと抱きしめると、まるで大きなぬいぐるみを抱いているようで、ほっとします。


 癒やしです。モフモフは何よりの癒やしなのです。


 私自身、この微妙な空気に落ち着かなくなっていたので、どさくさに紛れて首元へ鼻を埋め、お日様のような匂いをこっそり嗅いでいました。


「ずいぶん、君に懐いているんだな」


 ネーヴェの首元に顔を埋める私を見つめながら、侯爵様がおっしゃいました。


 何か言いたげな表情にも見えましたが、そこは気にしません。


「はい。とても可愛らしいです」

「その犬は一体……。ラコスタから連れてきたわけでは、ないよな?」


 侯爵様は斜め上へ視線を向け、何かを思い出そうとするように考えておられます。


「はい。私は身ひとつで、こちらへ参りましたから」

「そう、だよな……」


 それから、また黙り込んでしまいました。


 お菓子を食べるわけでもなく、会話を続ける気もない……。

 何のためにいらしたのかわかりませんが、そろそろ帰ってほしいです。


『ぷっ……くくっ』


 あら、ネーヴェ。お話しする気になったの?

 再び聞こえてきた心の声に、私はネーヴェをぎゅっと抱き寄せ、その愛くるしいお顔を覗き込みました。


『アミィ、もう大丈夫。落ち着いたから、離していいよ』


 ネーヴェがそう言うので、少し残念ではありましたが、私はそっと手を離しました。

 彼は再び、隣の椅子にお行儀よくお座りをします。


「あ、あの……。実は、君に伝えたいことがあってだな」


 侯爵様は深い緑色の瞳をあちこちへ向けたあと、ようやく私の目を見てくださいました。


 じっと見つめられ、なんだか急に落ち着かない気持ちになった、そのとき――。


「アマーリエ」

「うわおおおおーん!」


 あらまあ。

 侯爵様が私の名前を呼ばれたのと同時に、ネーヴェが遠吠えをしてしまいました。


 ちなみに、ネーヴェが吠えるところを見たのは初めてです!


 侯爵様はコホンと軽く咳払いをして、仕切り直しました。

 それから、もう一度口を開かれたのですが――。


「アマ――」

「うわぉおおおおおん!」


 と、こんな調子です。


 ネーヴェ……。


『だって、アミィの名前なんか呼ばれたらムカつくから』


 また、そんなことを言って……。


 あっ! そうでした!

 そういえばこの方、私には名前で呼ぶなとおっしゃったのですよ?


 だったら、私の名前を呼んでもらっては困りますね。


「侯爵様、御用は何でしょう?」


 埒が明かないので、私のほうから聞いて差し上げました。


「あ、そう、そうだな。あの、とにかく君には、一度きちんと話をしたいというか……。つまり、その……」


 椅子の上で、侯爵様はもじもじしておられます。


 ――ゴホンッ。


 今度は、少し離れたところに立っていたロベルトが咳払いをしました。

 侯爵様は、なぜか何かに納得されたご様子で、


「あ、ああ。そうだな」


 と呟きながら姿勢を正されました。

 そして、もう一度私のほうへ向き直ると、勢いよく頭を下げられました。


「すまなかった!」


 え?


 それは……何に対する謝罪でしょう?

 この結婚について、でしょうか?

 それとも、他に愛する人がいることについてでしょうか?


 それとも……。


「誠意がなかったと、あとになって気づいた」


 ああ、まあ。

 感じがよかったかと聞かれれば、否定するしかありませんけれど。


「あの、侯爵様。どうかお顔を上げてくださいませ。お気になさらずとも、私はこのとおり、楽しく過ごしておりますから……」


 だって、私はもう一人ではありません。

 ネーヴェの背中をひと撫でしてから立ち上がると、私はいつものように湖のほとりまで歩いていきました。

 実は先ほどから、美歌の記憶がしきりに勧めてくる旋律があるのです。


「侯爵様、謝罪は受け入れます。それから、せっかくですので、私の歌を聴いてからお帰りください」


 私がにっこり微笑むと、侯爵様は、なぜだか少し頬を染めていらっしゃいました。


 その横をだだっと駆け抜け、ネーヴェが私の足元までやってきます。


『あいつ、まじでムカつく』


 ネーヴェのご機嫌は、まだ斜めのままですね。

 この美しい旋律を聴いて、ネーヴェの心も落ち着きますように――。


 湖に向かって立ち、私はいつものように大きく深呼吸をします。

 それから、湖の向こうにそびえる高い山の稜線を見つめ、歌詞のない美しい旋律を「ラ」の音に乗せて歌い始めました。


  La la la lah~


  La la la la lah la lah~


  …………


 ゆったりとした壮大な旋律が、目の前に広がる景色に重なっていきます。

 圧倒されるほどの大自然と、豊かに流れる美しい調べ。

 その二つがぴたりとはまって、歌っている私自身も、最高に気持ちがよかったです。


 侯爵様は、私が歌い終えたあとも、しばらく口を開けたまま固まっていました。

 そしてそのまま、ロベルトに促されるようにして本邸へ戻っていかれました。


『ほらね』


 ネーヴェが、面白くなさそうに呟きます。


 何がですか?


『今ので、風前の灯火も消し飛んだよ』


 そう言うと、ネーヴェはふてくされたように、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。


 なぜ、まだ不機嫌なのでしょう?

 理由がわからないまま、私はしばらく、ネーヴェの銀色の頭を撫で続けました。



 *☼*―――――*☼*―――――

 カヴァレリア・ルスティカーナより『間奏曲』

 ちなみにこのオペラ、男女の愛憎にまみれたドロドロの悲劇よ。

 だけど、この旋律はほんっとに美しいわね。

 ――美歌の記憶より

 *☼*―――――*☼*―――――


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