11.胸に引っかかるもの
(エミリオ視点)
結婚式から四日。
彼女……アマーリエには、あれから一度も会っていない。
そりゃそうだ。
彼女にはこちら本邸への立ち入りを禁じているのだから。
というわけで、結婚したといっても俺はこれまでとなんら変わらない生活を送っている。
「あれからどうだ?」
「なにが、でございますか?」
ふん、白々しいな。
彼女のことはこの家令のロベルトに一任してある。そのロベルトの表情が、あれからずっと微妙で何か言いたげな様子なのはわかっている。
「アマーリエのことを教えろ」
「……」
「なんだ?」
「奥様にはご自分を名前で呼ぶなと言っておきながら、貴方様は彼女をお名前で呼ばれるのですか?」
どうしたんだロベルトは……。
えらくつっかかってくるじゃないか。
そのうえ、はあ……と大きくため息をついたかと思うと、
「……お元気そうに見えますよ」
と、それだけ答えてそっぽを向いた。
まぁ、ロベルトが言いたいことはわかっているさ。
いくらこちらが上位の侯爵家だとしても、いくら彼女が社交界では浮いていたとしても、彼女の女としての幸せを奪っていい理由にはならない。
それはたしかに申し訳ないと、俺だって思っている。
「ふん、元気そうならば良い」
しかし俺には、パメラがいる。
パメラだけでいいんだ。心の底からそう思っている。
もちろん、これから先もそれは変わらない――はずなのに。
結婚式で見たアマーリエの顔が、どうしても胸に引っかかって離れない。
あの、見たこともない銀色の髪。
星空を映したかのように、きらきらと輝いていた藍色の瞳。
ベールをまくりあげていたのは、たった数秒のこと。
それなのに、彼女が瞬きする瞬間までも俺は鮮明に覚えている。
はぁ……。
鼻歌令嬢って、たしか地味で冴えない女だって噂だったよな?
結婚式での誓いのキスは唇に交わすのが通例だ。年の離れた相手など、特別な事情がある場合に限って、額で済ませることもある。
俺はあの時、パメラ以外の女の唇にキスをすることなど考えてもいなかった。
それなのに、アマーリエの顔が目に飛び込んで来た途端胸がざわついた。妙な気分になり、彼女の小さな珊瑚色の唇に目を奪われてしまった。
俺は湧き上がった衝動をどうにか押し込め、彼女の白くて滑らかな額へ、触れるか触れないかのキスをした。
そして自分の動揺を悟られないようさっとベールを下げたのだが……彼女は、あれをどう思っただろうか……。
それはさておき。
結婚式からまだ数日だというのに、有り難いことだが、急に目が回るほどに忙しくなった。
今まで何度足を運んでも話を聞こうとしなかった商会から、急に取引を持ち掛けられたのだ。
ほかにも、ずっと保留にされていたいくつかの計画に、次々と許可が下りている。
これまで地道に蒔いてきた種が、ここへきて一斉に芽吹いたのだろうか?
いや、やはりアマーリエの実家ラコスタ子爵家と繋がったことが大きな要因だろう。
それに、妻を娶ると相手からの信用度も上がるというからな。
妻、か……。
「エミリオ様」
「なんだ?」
「やはり一度、きちんとお話しすべきかと思います」
うむ、たしかに。
きっと彼女に対する罪悪感が、こんな風に胸を煩わせているのだろう。
パメラを守るためとはいえ、挙式後、屋敷に着いたばかりのアマーリエに対してあれは酷すぎた。
ロベルトが言っていた。
あの日はアマーリエの十七歳の誕生日だったそうだ。
本来、成人を迎える誕生祝いは盛大に行うものだ。それは程度に差はあれ、貴族も平民も変わらない。
「彼女、あの夜は一人で?」
俺の問いに、ロベルトが目を見開いて答える。
「あ、当たり前です! あなたの他に誰がいるというのです!」
その声には、アマーリエへの同情が多分に感じられた。
「誕生日を祝う言葉くらい、かけてやれば良かったな……」
ロベルトはもう何も言わない。
せめて食事くらいは一緒にとってやれば良かったのではないか。
いや、最初に二人だけの時間をとって、誠意をもってパメラのことや自分の気持ちを話せば良かったのではないか。
そしてひと晩くらいは、抱くことはなくとも、互いについて語り明かすなどすれば良かったのではないか。
今になって、そんなふうに自分の行いを悔いている。
そうか、俺は後悔しているのか……。
よし、あとで別邸まで行って彼女の様子を――
――バタン!
「エミリオ!」
勢いよく扉を開けて、パメラが執務室へ入ってきた。
「パメラ、ノックをしなさいといつも言っているでしょう!」
俺が指摘する前に、ロベルトが注意する。
「だって、めんどくさいじゃない」
……そういう問題ではない。だが、彼女は一向に変わらない。
パメラは、他のメイドにワゴンを押させて部屋にティーセットを運びこんだ。
「もう、エミリオったら仕事ばかりでちっとも休まないんだから。ほら、優しいパメラ姉さんから差し入れよ」
カップにお茶を注ぎながら、憎めない顔でパメラが笑う。
まぁ、彼女のこういう奔放なところに救われてきたのも事実で……。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて休憩にしようか」
「ええ、こっちへ座って。ほら、お菓子もどうぞ」
こうしてパメラと話すうち、別邸へ行こうとしていたことなど、いつしか頭の隅に追いやられてしまった。




