10.今は三歳だよ?
「アミィの胸にくっついて寝たいなー」
「えっ、胸に?」
「うん。眠るまでいいから。ね?」
ね、と言われましても……。
私の隣には今、三歳くらいのとっても可愛い男の子が座っています。
そうなのです。
この子はネーヴェです。
夕方になり日が沈むと、子狼の姿から人間の男の子へ変わったのです。
しかも、髪の色は私と同じ銀色ですよ!
私、お揃いというものが、こんなに嬉しいだなんて知りませんでした。
「アミィの髪が僕と同じ銀色なのは、愛し子だからだよ」
「愛し子?」
「うん。アミィのお母さんは、精霊の愛し子だったんだ」
「お母様が……?」
私はお母様のことを、ほとんど何も知りません。
物心がつく前に亡くなったため、顔さえ覚えていないのです。
「そっか。アミィは小さかったから……」
私の隣に座っているネーヴェが、小さな手を伸ばし、よしよしと私の頭を撫でてくれます。
慰めてくれているのでしょうか?
三歳くらいの子に慰められるなんて、なんだか不思議な気分です。
「精霊の血を引いている人間は、多くはないけどそこそこいるんだよ。でね、その血を特に濃く受け継いだ人は、銀色の髪を持って生まれてくるんだ。僕たちは、そういう人を『愛し子』って呼んでいるんだよ」
「愛し子……」
「うん。精霊にも女神にも愛される、とっても特別な存在なんだ」
そうなの?
「そうだよ」
心の声と、本当に口にした声とで、ネーヴェと会話をしています。
不思議な感覚ですが、これはネーヴェとだけでなく、どうやらビビともできるようです。
「愛し子は歌うことで、人々や土地に加護を授けることができるんだ」
「加護……?」
「うん。アミィはこれまでたくさん歌ってきたでしょう?」
私、ただ歌が好きで、ふんふん鼻歌を歌っていただけですよ?
そんなので加護って言えるのかしら……?
「もちろん! だからラコスタ領があんなに栄えてるんだよ?」
「……え?」
「えっ、もしかして気づいてなかった?」
そんなの、気づくはずがありません!
だって私は、自分がいるだけで家に迷惑をかけているとずっと言われてきました。
歌えば叱られ、歌っていたことが知られるたびに、罰として食事を抜かれました。
それなのに――
私の歌は、恥ずかしいものでも、誰かを困らせるものでもなかったの?
むしろ、ラコスタの人たちや、領地の作物を守っていたというの……?
「たしかに、領地ではもう十年以上豊作が続いているそうですが……本当に、私の鼻歌で……?」
「うん」
ネーヴェは、何でもないことのように頷きました。
けれど、お話の規模が壮大すぎて、正直なところまったく実感が湧きません。
「そのうち、わかるよ」
ネーヴェが私を見上げ、にっこりと笑いました。
彼の瞳は狼の時と同じ、柔らかな金色です。
人の顔になっても、その瞳はやっぱりとても神秘的でした。
昨日の夜、初めて私と一緒に寝てくれたのは、大人の姿をしたネーヴェだったそうです。
けれど、今日からはこの小さくて可愛らしい姿で、私と一緒のベッドで眠るのです。
私は今、ベッドをソファ代わりにして腰掛け、隣にいる小さなネーヴェの肩を抱いています。
「そろそろ寝ましょうか」
銀色のさらさらした髪を撫でると、ネーヴェは甘えるように私の胸元へ頬を寄せてきました。
「アミィの胸にくっついて寝たい」
ここでまた、小さなネーヴェのお願いに戻ります。
「ど、どうして?」
「だって、温かくて、安心するんだもん」
言いながら、ネーヴェはその感触を確かめるように顔を埋めてきます。
「で、でも……ネーヴェって、本当は大人なのでしょう?」
「今は三歳だよ?」
ネーヴェは、不思議そうに首を傾げました。
うーん……
本当は大人だけれど、今は三歳。
これは一体、どう考えればいいのでしょうか?
ネーヴェはその間にも、私の胸へ頬を擦り付けています。
普通なら困ってしまうところなのでしょうけれど、今のネーヴェはあまりにも幼くて、あまりにも可愛らしいのです。
こんなふうに甘えられると、つい言うことを聞いてあげたくなってしまいます。
「それじゃあ、眠るまで――」
――ゴホン!
私が言いかけたところで、扉の外から、わざとらしい咳払いが聞こえました。
「失礼いたします」
部屋へ入ってきたのは、専属侍女のビビでした。
「アマーリエ様。こちらは、よく眠れるハーブティーでございます。どうぞ」
「まあ、ありがとう、ビビ」
私がにっこり笑って受け取ると、ビビは微妙な顔をして、私の胸元へ頬を寄せているネーヴェをじっと見つめました。
「……ネーヴェ様」
「何? 今の僕は三歳だよ?」
「たしかに、見た目は三歳ですけれども」
「でも、アミィはいいって言ってくれそうだったよ?」
「アマーリエ様がお優しいからといって、つけ込んではなりません」
「つけ込んでなんかいないよ。僕、寂しいだけだもん」
二人は何やら剣呑な雰囲気で見つめ合っています。
「ネーヴェ様」
「……」
「ネーヴェ様?」
「……わかったよ。胸に顔を埋めるのはあきらめるよ」
「それはようございました」
ネーヴェの返事に、ビビはようやく安心したような顔で頷きました。
「では、お二人とも、今夜はしっかりとお休みくださいませ」
ビビが部屋を出ていくと、ネーヴェは残念そうに口を尖らせました。
「ちぇ……」
そんな拗ねた顔さえ、私には大変可愛らしく思えます。
私がベッドへ横になると、ネーヴェもすぐにぴったりと身体を寄せてきました。
「ネーヴェ、そんなにくっつかなくても……」
「いやだ。寂しいよ」
ネーヴェは本当は大人ですが、今は小さな男の子です。
それに、寂しいという気持ちなら、私は嫌になるほど知っています。
ひとりきりの夜が、どれほど長いのかも。
温もりを求めても、手を伸ばす相手がいない切なさも。
「それなら、仕方ありませんね」
私は横向きになり、腕の中へネーヴェを閉じ込めました。
「眠るまで、こうしていてあげます」
「明日もぎゅってしてくれる?」
「さあ、どうでしょう……」
私は返事の代わりに、可愛らしいおでこへキスをしました。
「ふふ。アミィ、大好き」
金色の瞳を細め、ネーヴェが幸せそうな顔で私を見つめています。
ああ、なんて愛くるしいのでしょう。
これからひと月で、三歳から私と同じ十七歳くらいまで成長するそうです。
それなら、明日のネーヴェは、今日よりも少し大きくなっているのかしら?
小さな背中をゆっくりと撫でていると、やがて穏やかな寝息が聞こえてきました。
すう、すう、すう……。
今夜初めて見た姿だというのに、目の前の小さな男の子が、もう愛しくて仕方ありません。
「おやすみなさい、ネーヴェ」
誰かにおやすみの挨拶をしたことなんて、これまでにあったかしら……。
私はもう一度、ネーヴェのおでこへキスをしました。
腕の中に感じる温もりに、胸の奥がゆっくりと満たされていきます。
ひとりじゃない夜は、こんなにも温かいのですね。
ネーヴェを抱いたまま、私もそっと瞼を閉じました。
読みにきて下さり、ありがとうございます。
高評価をつけてくださって、とても嬉しかったです( ꈍ꒳ꈍ)
このお話は毎日、一話ずつ公開していきます。
完結は閑話を2話挟んで、30話になっています。
最後までお付き合い頂けると嬉しいですm(._.)m




