第13章 五味家の面々
五味家。鳴人とれんげが、来々軒に帰った日の夜。
「あの甘ったれが、あんな気立ての良い娘と、ねぇ」
「だよな、母ちゃん。ありえないよな」
「だよなぁ、大兄ちゃん。しかも、凄い美人だったな」
「なによ兄貴、だからアタシの目に狂いはないって言ってるでしょ!」
「何だお前ら、あの娘の事ばかり話しやがって。ここは年末年始の反省会なんだぞ!」
「反省するのは親父の方だろ。いくらなんでも、鳴人が連れてきたあの娘を、使いまわしすぎだろうが」
「な、何を言うか! 立ってるものは犬でも使え、それこそが五味家の家訓だぞ!」
「いやさすがに、いきなりこんな扱いしちゃったら、アイツとは結婚したくないとか思っちゃうんじゃないか?」
「そ、そんな事ないだろう! あの娘が勝手に、そうだ、勝手に手伝ってくれただけだ!」
五味家の子供たちは、家長を冷たい目で見つめた。
「はあ、親父はそういうけどさ。そういうのって、自分の評判に繋がるんだぜ?」
「そうよね。いくらなんでも、ひどいと思うよ?」
「いいんだよ、もうアンタはウチの嫁同然、みたいにしてあげた方が、あの娘も喜ぶってもんだよ」
「母さん…」
「いや、そうかなぁ? 鳴人が結婚するなら、俺も結婚したいんだけどさ」
「なにぃ!」
「な、なによそれ!」
玄人31歳と、響子28歳は、声を揃えて次男の吹人25歳を見つめざるを得ない。
ただでさえ、末っ子の鳴人21歳が、今にも結婚しそうな勢いなのだ。
その上、次男までも結婚してしまったら。
自分たちへの風当たりが強くなってしまうではないか!
「俺の嫁になったら、メチャクチャこき使われるってビビっちゃいそうな気がしてナァ…」
「ああ、あの娘は大丈夫だよ。そういう覚悟は出来てるよ」
「はぁ? なんで母さんが知ってるんだよ」
「お前たちが付き合っているのを知らないのは、玄人と響子位のモンだろ?」
名指しされた長男と長女は、自分の母親を呆然と見つめた。
「な、なんだよ、それ」
「な、なによ、それ」
母、蓮菜は、当然の様子で見つめ返す。
「下の子たちにそういう話がないから、自分たちも安心できる。そんな甘い考えでいるから、目が曇っちまうんだよ」
「な、なんの話だ?」
「お父さんはいいの」
話が見えない父、名人をピシャリと遮って。
「吹人、お前にそういう覚悟が備わったなら、そのまま話を進めといで。言っとくけど、ウチの事情を理由にプロポーズを断るような娘なら、こっちから願い下げだからね」
「か、母さん…」
「鳴人が連れてきた、あの娘をみたかい? 覚悟っていうのは、ああいう事を言うんだよ。鳴人は、よくやったと思うよ。アンタも、ちゃんとその辺、きちんと決めといで!」
「へ、へんなプレッシャー掛けるなよ…」
吹人は、改めて自分の母親を見つめ直す。
スーパーGOMI+の影の社長は、俺たちのおふくろであることは、周知の事実である。
いくら親父が勢いのある派手な事を言い放っても、おふくろの許可が出ないと、誰も動かない。
ただ、親父がやらかす大概の事は大目に見ているおふくろが、こういう結婚話に関してだけは、親父に主導権を決して渡さない。
それは、五味家をどう思っているのか、今後、どうしようと思っているのか、その決定権に関して、がっちりと手綱を握っているという事で。
まあ、おふくろがその辺、しっかりしているので、親父が自由に振る舞えているというのは、確かな事なのだが。
そのおふくろの許可が出たという事は、俺も彼女との距離を深めても良いということになるな。
アイツとは、随分と長い事付き合ってきたよな。
待たせちまってるのは、分かってる。分かってるんだがな。
まだ一人前とは言えない俺のふがいなさを、アイツに押し付けてもいいものかと迷ってはいたんだがな。
鳴人め。
あの甘えん坊がなぁ。
あのれんげという娘のそばにいたアイツは、随分と活き活きとしていた。
そりゃまあ、好きな娘の側にいれば、男って奴はみんな、元気になるもんだけどな。
なんだか、二人の関係が、随分と自然だったんだよな。
そこにいるのが、そばにいるのが、そうしているのが、とても自然だった。
決して一人前とは言えないアイツ。
でもなぁ、そういう事じゃないのかもしれないな。
二人が自然に、普通にそばにいられる。
そうであるなら、やがてそういう関係性になっても、それはごく自然な事で。
俺、なんか、遠慮とか言い訳とかで、チマチマとしちまってるのかもしれないよな。
兄貴や姉貴や俺自身の事は、何の関係もないし、問題じゃないんだよな。
ただなぁ。
アイツんチのお父さん、厳しいんだよなぁ…
い、いや、何とかなる。何とかしてみせる、みせるぞ…
~ ・ ~
「で、バイト先のリフォーム費用を借りるために、連帯保証人になって欲しいって話、どう思う?」
父、名人と、母、蓮菜。
寝室で、なんとはなしの会話をしている。
「その話は、断ったんじゃないんですか?」
「と、当然だろう。いくらなんでも、アルバイト先の改修費用に、そんな関わり方はありえないだろう」
「…あの子が、そんな風に人と関わるようになるだなんて、随分変わりましたよね?」
「いや、まあ、単に甘ったれてるだけだろう」
「甘えなら、そもそも、そんな事を言いだしませんよね?」
「そ、そうなんだが…そうだ、あの娘がけしかけたんじゃないか?」
蓮菜は、うす暗い寝室の中で、傍らで横になっている夫の顔を見つめた。
「あの娘が、そんな風に見えたんですか?」
「い、いや、まあ、見えなくもない、ぞ」
「あの娘は、もしそうなら、ウチなんかに頼ってきたりなんかしませんよ?」
「なんでそんな事言える?」
「あの娘の腕なら、自分で何とかしちゃうと思いませんか?」
「…そうだな」
名人は、モヤモヤしていた気持ちを妻に話す事で、少し落ち着きを取り戻し始めた。
「うん、そうだな。そうだと思うぞ」
「あなた」
「ん?」
「連帯保証人の事も含めてですけど」
「ん」
「ちょっと、様子を見に行ってみませんか?」
「…鳴人の、勤め先に、か?」
「ええ」
「仕事はどうするんだ?」
「玄人に任せていいんじゃありませんか? 私達が少し位、店を空けたとしても、ちゃんと回るようにはしてきたのでしょう?」
「…ま、まあな」
確かに、それ位の余裕は、出来てきている。
自分の後を継いでくれそうな長男の玄人は、中々優秀なヤツだ。自分とも気が合うし、考え方も似ている。
長女の響子も、なんだかんだと上手く世間を渡って行けるのだろう。まあ、出来るなら、結婚はして欲しいものだがな。
次男の吹人は、今頃になって、自分が中卒だという事を気にしているが。
そんなもの、何の足しにもならんのだと、まだ分からないらしいのだがな。
まあ、一番気がかりだった末っ子の鳴人が、なあ。
あんなスゴイ娘と、なあ。
確かに、気がかりなら、いっそ見に行けばいいんだよな。
さすがは、母さんだな。
どうも俺は、肝心な時に、決め切れない節があるな。
これからも、当てにしている。頼らせてくれよ。
「そうだな。落ち着いたら、一度見に行ってくるか」
「ええ。久しぶりの東京旅行ついでに、行ってみましょうよ」
「そうだな」
(終わり)




