第10章 トントン
こういっては何だけどな、この界隈では一番人気のラーメン店を自負しているんだな。
駅に程よく近くて、繁華街から少し離れた所にある立地。
ウチのウリは一昼夜煮込みに煮込んだトンコツなもんでね。
どうしても、あの独特の白濁スープを作りだすのに、まあ、結構、臭うわけだな。
なので、周辺に住宅地があると、商売がやりにくいんだな。
駅に近すぎても、通勤客から苦情が来るだろうね。
なので、この辺りの、お互いにあまり煩いことを言わなさそうな雑居ビルの一階を丸々借り切った立地が、ちょうどいい塩梅って訳だな。
営業時間は、午後4時から、深夜12時まで。昼営業は、やらないな。
なんたって、ウチの主要な客は、飲み屋街でたっぷりと酒精に浸りきった客が、最後のシメに食べていくような連中だからな。
財布の紐も緩い客が多いので、一杯800円の強気設定だが、それだけの手間暇を掛けた味なんでね。
そいつが、一日平均して、百五十杯前後で推移しているんだな。
日曜定休。飲み屋街がほとんど休みの時は、こっちも商売にならないからな。
なので、月二十五日前後で稼働している。
一日の売り上げは約12万ってところだな。
月の売り上げは、約300万になるな。
どうだい、客の入るラーメン屋って、儲かるんだよな。
まあ、材料費と光熱費と人件費と家賃が、それなりに掛かるんで、利益率は売り上げの10パーセントってところだけどな。
なので、本当はフランチャイズ化したいんだよな。
この店の大きさじゃ、一日百五十杯で、ほぼ限界だな。
別の街に同じような店を出して、売り上げを倍にすれば、オーナーである俺の儲けも倍に出来る。
なんて、な。
そんなに簡単にいくもんじゃ無いというのが、この業界の難しい所だな。
~ ・ ~
そんな年末近くの、寒さが一段と厳しくなったある日。
たまに来る常連の若い男が、ウチの暖簾を潜り抜けてきた。
「いらっしゃいませえぇえ!」
「いらっしゃいませえぇえ!」
俺と、バイトの兄ちゃんは、愛想よく掛け声を上げる。
最近、来なくなったな、と思っていたんだがな。
いつもの作業服じゃないな。なんだ、非番か?
わざわざウチまで食べに来た…
目つきや動作が、なんか違うな。
ってか、これって、同業者だよな。
見ている所とか、店の距離感を図っている足取りとか、丸わかりなんだよな。
なんだよ、バイト先を変えたのかな。
で、敵情視察のつもりかな。
ふん、ウチのラーメンはな、お前ごときに盗めるような味じゃないんだよな。
まあ、客は客だからな。
カウンターに腰かけた若い男の注文を、バイトの兄ちゃんが叫ぶ。
「味噌ラーメン一つ!」
「はいぃい、味噌ラーメン一つ!」
調理を始めながら、俺はそれとなくヤツの様子を伺った。
ほらみろ、俺の店を値踏みし始めてるじゃねえか。
分かるんだぞ、そういうのはな。
なんだよ、つまらさなそうな顔してるんじゃねえよぉ。
どっか、その辺の週刊誌でも開いて待ってればいいだろうがぁ。
まあ、敵情視察だもんな。そんな事するわけないよな。
まあ、今の所、イチャモンでもつけてやろうという雰囲気は、なさそうだがな。
しかしだなぁ、兄ちゃんよぉ。
すっかりラーメン屋が染みついた顔と体になってるなぁ。
バイト先を切り替えてから、そんなには経っていないはずなんだがな。
だってこないだウチに来たのは、秋分の日の前だったと思うぞ?
その時は雨合羽の下に作業着だったからな。結構遅い時間だったよな。
秋雨に長く晒されて、すっかり濡れぼそった感じだったから、よく覚えてるんだよな。
食って出て行ったあと、バイトに椅子やカウンターを一式、拭かせたからな。
いや、いいんだ。そういうのは別に迷惑じゃねえけどよぉ。
そういう感じだったお前さんが、野外の、郊外現場で働いてるって雰囲気をすっかり消しちまったのが気になるだけなんだよな。
ま、客は客だし、その辺はどうでもいいって言えばどうでもいいんだけどよぉ。
「へい」
できた味噌ラーメンを、カウンターに置いてやる。
そこに座る客は、自分で取るのが、俺の店のルールだな。
テーブル席や小上がり席は、面倒を見てやらないとダメだがな。
ルールに従えない客は、客じゃないんだな。
その辺は、この若い兄ちゃんは十分承知なんだろう?
だよな、何も言わずに受け取ったよ。当然だな。
うん、どうよ、俺のラーメン。
ギットギトに煮込んだトンコツに、さらにラードを入れてタップリのハイカロリーに仕上げているんだな。
結局、人間っていうのは、甘さと油に弱いもんなんだよな。
そういう風に出来てるし、そういうものを求めてるんだよな。
現代風のオシャレなオフィスでカッコヨク働いてるような連中だとしてもだな。
一皮むけば、酒精に漬かって本能がむき出しになればな。
こういう濃いめで強い味を好むってもんなんだよな。
だから俺の店は、客が絶えない繁盛店なんだな。
苦労してトンコツスープを毎日煮込む価値があるってもんなんだよな。
どうだ、旨いだろう?
その若い男は、しばらく麺を啜っていたんだがな。
「ああっ!!」
急に叫びだし、俺やバイトの兄ちゃんや他の客が睨むのも構わずにな。
千円札をドンブリの横に張り付けて、大慌てで店を飛び出していきやがったな。
な、なんだよ、俺のラーメン、食えたもんじゃないっていうのかよぉ…
いや、さすがに考えすぎだな。
何か、大切な事を思いだしたんだろうな。
まあ、そういう事も、あるよな。
そういう事にしておこう、な。
また来いよ、兄ちゃん。
今度はちゃんと、大切な用事を片付けたあとで、な。
(終わり)




