第25章 目方 太
だあれも、俺のことなんか評価しちゃあくれない。
だあれも、俺のことなんか分かっちゃあくれない。
だからな、俺はだぁれとも関わったりは、しない。
それで、いいんだ。それで……
なのになぁ、じじいとばばあが「いつまでぐうたらしてるんだ!」なんて怒鳴るもんだからよぉ。
はあ、もう、めんどくせぇなぁ。
大体、ぐうたらって、なんだよぉ。
こっちだってなあ、好きで引き籠もってるわけじゃないんだよぉ。
俺なんかが世の中に出たら、人様の迷惑だろう?
だからこうして、自主的に、社会と関わらない様にしてるんじゃないかよぉ。
まあ、こんな近くにアルバイト先かぁ。
歩いていける距離っていうのが、いいよなぁ。
まあ、冷やかしにでも、行ってみるかなぁ。
~ ・ ~
雇われ店長と、その奥さんと、バイトの兄ちゃんと、あ、この背広姿がオーナーか?
奥さんが、なんかすごく可愛い人。
そして、なんかすごくエロい身体をしてる。
かわえぇ。
おっぱいがおっきい。
とっても美人。
うわぁ、たまには世の中ってモノに出てくる意味って、あるんだな。
え? バイトの、志望動機?
親に言われたからだよ。
後、まあ、ラーメンは、好きだな。
そしたら、ラーメンを舐めてるのかって、叱られちまったんだ、よ。
お前の恰好から話にならないって、本気で叱られちまったんだ、よ。
だ、だってよ、俺、だぜ?
こんな、俺だぜ?
そんなに本気で叱らなくても、いいじゃねえかよ。
評価無し、理解る気も無し、関わる事なんか絶対にしない。
それで、いいじゃねえか、よ。
……気が付くと、なんか、俺、泣きじゃくってたと思う。
こんな俺を本気で叱ってくれる人って、いるもんなんだなぁ、ってな。
チャンスを下さいと、口にしたんだと思う。
恰好、恰好から何とかしろって言われた。
「まだ採用と決まったわけではありませんよ。合否は追ってお知らせします」
オーナーさんはそう言ってたけど。
現場の権限は、俺を叱り飛ばした雇われ店長が持っているんだと、思う。
後から連絡が来て、採用、された。
ま、マジ、か?
~ ・ ~
制服を支給されて、店の中で着替えるように言われた。
そう言ってきた、雇われ店長だと思ってた若そうな男が、実はオーナーだと聞いて、ビックリした。
はあ? コイツが?
で、もう一人の兄ちゃんから、掃除のやり方を教わったんだが、この人も役員だとか言われてる。
なんだ、この店、どうなってんだ?
で、俺たちバイトを雇うのは、この役員さんなお兄さんを育てるためらしい。
そ、そうなんですか。
相方のもう一人のバイトは、なんかやつれた女。
二人して、教わったことを一生懸命にやるんだが。
まるで話になっていないらしい。全部、物凄い速さでやり直された。
汚れたぞうきんを見せられると、何も言い返せなかった。
でも、最初はそんなものらしい。
自分もそうだったらしい。
仕事はこれで終わりじゃないらしい。
賄いを喰わせて貰えるらしい。
賄いが、美味い。とっても、美味い。
働いたから、か?
旨いラーメンを造るのは、腹が減る。
とっても、説得力がある言葉だった。
先代の親父さんの言葉らしい。
この若さで、なんか風格というか、ラーメン屋の大将を務めるだけのことは、あるらしい。
~ ・ ~
チャーシュー丼とライスの盛り付けを担当するように、言われた。
茶碗を用意して、保温ジャーからしゃもじで掬って、並べればいいんだろ?
なんだ、簡単じゃねえかよ。
それにしても、店の外に客がズラッと並んでいるのが、厨房の中からでも分かる。
俺みたいなバイトを雇うんだから、それなりに繁盛してるのは分かるんだけど。
なんだ、この店?
客が、濁流のように流れ込んでくる。
あっというまに席が埋まり、オーダーが聞こえてくる。
オーナーの奥さんの声だ。すごくキレイに良く通る声。
チャーシュー丼、10杯を用意すればいいんだな?
よ、よし、やるぞ。
ただ、茶碗にしゃもじで、よそえばいいんだから。
「ナベさん、チャーシュー丼残り、盛って。麺が揚がってくる」
え?
間に合ってないの?
そんな、戸惑う俺の前で。
大将は、勢いよくラーメンドンブリを並べ、調味タレを入れ、メインスープを注ぎ、茹で上がった麺を流し込み、具材を盛り付ける。
速い。あまりに速すぎる。全く無駄な動きがないどころか、なんか、見とれてしまうような動作だ。
そして、オーナーのあの美人の奥さんが厨房に入ってきて。
両手に、ぎっしりラーメンとチャーシュー丼の乗ったトレイを楽々と持ち上げて、そのまま店内に運んでいった。
「ナベ、サンキュ」
「いやぁ。……な、ウチの大将、スゲェだろ?」
そう言われたけど、声が出てこない。
ただ、頷くだけだ。
なんだ、この人。
奥さんもとても凄いけど、この人も、凄い。
「オーダーまだぁ?」
「は、はい……」
バイトのやつれた女が、何とか返事をしてる。
その間に、もう、麺玉を茹でているけど。
「しょ、しょうゆ……に、二丁……」
「オッケー、醤油二丁っ!」
被せるように声を張り上げて、即、ドンブリに醤油タレを入れる。
本当に、ほれぼれするような、とでも言えばいいんだろうか、そういう動作だった。
~ ・ ~
どっと、疲れた。
なんか、一生分働いたような、気がする。
バイトの女の方も、疲れ切った顔をしているが、子供たちが帰ってくるから、上がっていいらしい。
で、お前は?
そう聞かれて、帰ります、と言おうとしたんだけどな。
声が、出てこないんだよ。
帰りますって言おうとしてるんだけど、な。
「何だ、聞こえないぞ」
「……やる、やります……」
な、何でそんな事、言ってしまったんだ?
俺の身体、どうなってるんだ?
「じゃあ、清掃からだな。言っておくが、チャンスをくれと泣きついて来たのは、お前の方だからな?」
「は、はい……」
確かに、そう言ったのは、俺の方だ。だけど、な……
身体が、重たい。
こんな風に働いた事なんて、かつてなかったのに。
ただ、手が勝手にぞうきんを握っている。
勝手に、働き始めている。
今までの分を少しでも取り戻したいかの、ように。
~ ・ ~
例によって、清掃のやり直しを喰らって。
やり方をもう一度教わって。
4時になって、夕方の部のバイトたちが入って来た。
高校生の男二人と、小さな女の子だ。
小さな、女の子。
うわぁ、カッワイイわ……
隅っこで、貰った賄いを食べながら、こっそりと観察。
うん、好みの子、好みですよ。
擦れてない初々しさが、また佳きですなぁ。
あ、なんか、やる気出てきたかも。
あの子にイイ所、見せたいかも。
~ ・ ~
なななんと、同じ厨房で働けちゃったりするんです!
野郎どもはフロアに。
俺はそのままチャーシュー丼を盛り付け。
だが、もう一人の兄ちゃんが、目を光らせてるのかよ。
で、女の子の方は、大将付きなのかよ。
くそ、くそ、くそぉ!
ん?
俺付きの兄ちゃんも、同じことを思ってるな?
分かる、分かるぞ、同志!
だよなぁ、ズルいよなぁ、卑怯だよなぁ……
そんな余裕も、客が入って来るまで、だった。
「おい、オーダー入ったら、復唱しろよ」
「へ? 俺、ですか?」
俺、チャーシュー丼の盛り付けで、手一杯なんですけど?
「当たり前だ。チャーシュー丼はお前の担当だろ?」
そりゃ、そうですけど……
「いいもなにも、やれよ。復唱することで、オーダーをちゃんと受けたぞと、フロア担当に伝えられるし、自分も忘れないだろ」
そ、そういうもの、なのか。
大将は自分も手を忙しく動かしながら、こんな俺に辛抱強く説明してくれる。
「昼の営業の間、俺たちはずっとそうしてたろ?」
そ、そりゃそうですけど、俺、ただのバイトだし……
あ、女の子の指導も、ちゃんとするんだ。
で、やっぱり遅いらしい。大将、自分で残りの具材も盛りつけちゃった。
お、野郎が入って来た。
あ、トレイを二枚持たないのか。
当たり前か。大将の奥さんは、普通に、平気そうに持って行くけど。
ありえない、よな?
え? 掛け声?
あ、は、はい!
「ち、つあぁーしゅー10です!」
な、なんちゅう声だよ。自分でも分かる裏返り方だ。なんて恥ずかしい……
「よし、それでいいんだ。あとは手を早くしろよ」
でも、褒められた。
大将は、女の子の方にも何か話しかけて。
俺を指導する兄ちゃんと軽口を叩き合って。
なんか、凄く楽しそうに手を動かしている。
仕事って、仕事って、こんなに楽しそうにやるものだったっけ?
~ ・ ~
仕事が楽しいわけなんか、ない。
もう、動けん。絶対無理。
「ほら、お前が得意な清掃だよ。もたもたしてると、あっちの高校生たちが全部片づけちまうぞ」
「お、俺、通しで働いてて……」
そんな言い訳は、通りそうにもない。
大将たち、俺より早く店に来て、俺よりたくさん働いて。
そして、夕方の部にきた高校生バイト達と、楽しそうになにかしゃべっている。
体力お化けじゃねえか。
なんでそんなに元気なんだよ。
で、もう一人の兄さん、ナベさんに叱られてやんの。
で、そっちも、なんか楽しそうにしゃべってるなぁ。
うん、俺には無理、無理だ。
そんな真似は、絶対に無理だな。
~ ・ ~
這うようにして家に帰ったら、じじいとばばあが心配そうな顔で待っていてくれた。
どうだったとか、大丈夫だったとか、色々聞かれたけど。
それどころじゃねえ疲れ方なんだよ。
このまま、寝たい。
が、飲食店は清潔大事、だからなぁ。
やっとの思いで風呂に入って。寝落ちしそうになって。
そのまま、必死に布団にもぐり込んだら、速攻で眠れた。
起きたというか、起こされた。
昨日はあんなに働いたんだよ、もっと寝かせてくれよ。
そう言いたいのを、堪えた。
というか、腹が減って、どうしても起きなきゃならなかったんだ。
飯を食い、お代わりは自分でよそった。
びっくりされたけど、これが俺の今の仕事なんだよ。
仕事だから、髭も剃る。
下着も服も、新しいものに着替える。
靴は、まだ新しいな。その内、洗濯中の予備の靴を買っておこう。
身体の節々が、痛いけど。
あの店は、俺なんかを受け入れてくれる。
だから、歯を食いしばってでも、下らねえプライドなんか投げ捨ててでも、ちゃんとした格好で、バイトに行くんだよ。
キツイ思いをするのが、分かっていても、なんだよ。
店に着いたら、大将が褒めてくれた。
で、また清掃からだな。
あのやつれた女も、多分だけど、俺と似たような事を思っているんだと思う。
ちゃんとやらなきゃな、みたいな事を。
いや、なんか子供がいるとか言ってたよな。
あ、自分から話してくれるのね?
ああ、うん、そうなんですか。
口を挟む余裕がない。
いや、俺の守備範囲じゃない。こんな、やつれた女なんで。
でもなぁ、なんかこうやって話を聞いていると。
うん、この年齢の女も、わりとありかなと、思えてくるのが不思議だ。
妙に、異性を意識してしまうというか。
ああ、性別が違うんだなぁと分かっちゃうというか。
くそ、俺、女慣れしていない中学生男子かよ……
具材係を、その女にさせんのかよ?
俺は……そうだな、無理だな。無理だわ。
やべぇ、俺、チャーシュー丼をしゃもじでよそう以外に、この店で出来そうな事、ないぞ?
ナベさんが、不満そうに俺を睨んでいる。
同志じゃ、無かったのかよ。
あ、ナベさんがフロア?
大将が一人で、俺達新人バイトの面倒を見るの?
自分でいうのもなんだけど、大丈夫か?
へ?
奥さんが、妊娠、出産?
何のことだ?
それと仕事と、なんか関係があるのか?
よく分からねぇな……
~ ・ ~
本当に、客がよく来る店だな。
注文が入ってきて、大将が返答する。
「ほら、声が出てないぞ」
あ、わ、忘れてた!
「は、はい、ひゃーしゅーどんん、10っ……」
なんだよ、俺。なんでこんな声なんだよ。何を緊張してるんだよ。昨日、散々やっただろうが。
自分でも分かる。
俺は、チャーシュー丼をよそう事位しか出来ねえ。
しかも、それすらまともに出来ねぇでいる。
そんな俺の面倒を見ながら、大将はバイト仲間の女にも指導しつつ、彼女の仕事も半分以上自分でこなしている。
あ、俺の仕事もなのかよ。間に合ってないのかよ。これでも一生懸命やってる……
間に合って、無いんだよな。
またオーダーが入る。
おら、復唱しろ。
「ち、ちやあしゆう、じゅ、じゅうにぃ……」
大将が手際よく仕事を進めながら、バイトの女の方にも丁寧に教えている。
何なんだ、この人……
え?
俺を、こんな俺を、当てにしてるの、か?
チャーシュー丼、人気なのか。利益が出ているらしい。
俺は、本当に必要にされている、らしい。
「そ、そうなんすか?」
そういったら、なに言ってるんだよ、という顔をされた。
利益の事を言われた。よく分からないが、バイト仲間の女の方がビックリしていた。
そして、お前が必要だと、もう一度、言われた。
なんか、大将は、とても熱い人だ。
分からないけど、熱い人だというのが、よく分かった。
~ ・ ~
通しで働くのは、そういうもんだと思えば、そういうもんだ。
でも、それならそれで、もっとちゃんと評価して欲しい。
当然のことだと思うんですけど。
い、いや、時給に不満とかじゃないんです。
ただ、俺が必要とされてて、儲かっているなら、もっと大事だという扱いを、形で示して欲しいだけなんですよ。
え?
失敗した分は給料から引かれちゃうの?
き、厳しすぎる……
時給か高いから、代わりはいない事も無いだろう、か。
余計な事、言ってしまったかも、しれない……
「う、じゃ、じゃあ、イイです……」
大切にして貰ってるのは、何となく分かる、分かるんすけど。
まあ、代わりが利く仕事では、あるのか。あるよなぁ。
じゃあ、何で俺なんかを、雇ってるんだ?
~ ・ ~
ああ、俺の心の支え、張鐘さん!
今日も来てくれたんだね!
え? フロアに出しちゃうの?
それじゃあ、君の働いている姿が見られないじゃないですか!
ああ、やってみたい、のか、そうなんだ……
げ、高校生男子が厨房に入って来るのか。
なんか、生意気そうなんですけど。
ほお、自炊、とな。
母子家庭なのか。
で、もう一人の男は、そのままフロアにいるのか。
で、また奥さんの話だ。
何のことなんだ?
夕方の部、開店。
ああ、張鐘さん、可愛い声だなぁ……
そして、たどたどしいな。うん、初々しくて、佳き佳き。
高校生男子とナベさんは、さすがの声出し。
よ、よし、俺も……
ん?
奥さんが、見学?
大将というか、旦那の?
ま、まあ、いいよな……
「ま、まま、ますたぁ、醤油が六丁で、味噌が六丁で、塩も、六丁、えと、チャーシュー丼を18で、おねがいしまぁす……」
ああ、張鐘さん、いい、いいわぁ……
「チャーシュー丼、いくつぅ?」
声出しというのはねぇ、こういう風にやるもんなんだよ。
「じゅ、じゅうはちですっ!」
「はいよぉ!」
負けじと、張りのある若い声が返ってくる。
ああ、いい!
とても、いい!
張り合いが出てきたぞぉ!
そっちの高校生男子も、大将の手際の良さにビックリしてるな。
よし、俺も……
あ、遅い、んです、か。
また、手伝われてしまった。
く、くそぉ、せめて足手まといにはならない様に……
「時給を上げて欲しいなら、まずは俺のラーメンの速さに合わせて盛り付け終わってからだな。そして盛り方を雑にすんなよ。これとこれ、やり直しだ」
う、うう……恥ずかしい。
ああ、張鐘さんも、ちゃんと声が出るようになってきた。
「ち、ちゃーしゅー20ぅ、ら、らいすが、えっと……」
えっと、な、なんだっけ……
「ライス4ですっ!」
「らいす、4つぅ!」
アブナイ、思い出せたぞ。
今のはノーカン、ノーカンだぞ。
あ、奥さんが立ち上がって、配膳のフォローに回ってる。
分かるらしい。何がどうなってるのか分からんけど。
で、大将が高校生男子を褒めてる。く、くそぉ。
「た、大将、お、俺は……」
「オーダーの復唱、出来てきてるな。いいぞ、その調子だぞ」
「ほ、ホントっすか!」
あ、認められてる。う、嬉しい……
そんな感じで、なんか調子よく仕事をしていると。
事もあろうに、職場で、仕事場で、大将が奥さんと、キスなんかしようとしてるじゃありませんか!
「ふ、ふ、不謹慎っ!」
俺は、叫んだ。
他のバイト連中も、ナベさんも、みんなで注意した。
いつも叱っている立場の大将だけど、そうやって叱られる事もあるんだな。
ああ、張鐘さんまでもか!
仕事って、大変だけど。
仕事って、楽しいものなんだな。
この年になって、初めて分かった気がする。
(終わり)




