最終章 五味家の長女
うちの親たちは、ちょっと変わってると思う。
お仕事がラーメン屋さんなのは、しょうがないと思う。
けっこう有名というか、お客さんが毎日たくさん来るのは、すごいと思う。
でも、でも。
まだ小さい弟や妹を、お店の中でお世話するのは、変だと思う。
わたしも、そうやって育てられたらしい。
うちの親たちは、相当、変だと思う。
でも、そういう家に生まれたんだから、それはそれで仕方がないんだと思う。
だから、わたしが学校から帰ってきたら、弟や妹のお世話をするのは当たり前なんだと思う。
そう言ったら、お母さんは「あなたはあなたのやりたいことをやりなさい」だって。
わたしのやりたいこと。
ラーメンは、うん、大体わかった。
もういいかな。飽きた。
勉強は、あんまり好きじゃない。しょうがないから、適当にすませてるけど。
弟のお世話というか、あそんであげたり、しゅくだいをみてあげたりするのは、好きだと思う。
妹のお世話は、好きだと思う。この子、本当にかわいいし。
下の弟の、お母さんが忙しそうなときは、わたしがちゃんとお世話してあげないとだめだよね?
でも、いちばん下の妹のお世話は、まだお母さんじゃないとダメらしい。
うん、弟や妹のお世話をするのは「わたしのやりたいこと」だと思うよ。
~ ・ ~
うちの親たちは、ちょっと変わってると思う。
みんなで一緒に、今まではお風呂に入っていた。
それが当たり前だと思っていた。
学校で友達にそのことを話したら「まだお父さんといっしょにお風呂に入ってるの?」って言われた。
ダメなの? と聞き返すと「ダメじゃないけど、恥ずかしくならないの?」と、聞き返された。
うーん、そうなのかなぁ?
恥ずかしい。
そうなのかも、しれないけど。
お母さんは、お父さんの前でも平気で裸になってるよ?
お父さんも、お母さんの前でも平気で裸になってるよ?
弟や妹たちも、平気で裸になって、一緒にお風呂に入ってるよ?
でも、うちのお風呂は、とっても大きいので、みんなで入っても大丈夫だよ?
……他の家では、ちがうらしい。
お風呂の大きさもちがうし、一緒に入らないということも、ちがう。
パパに相談してみた。
ニヤニヤしていた。
それなら、一人で入りなさいって、言われた。
ただ、後がつかえてるから、早めに上がってくれって、言われた。
……パパはイジワルだ。別に、そういうつもりじゃないのに。
でも、パパと一緒にお風呂に入るのは、なんか、ちがう気がする。
……楽しかった、けど。ちがう、気がする。
~ ・ ~
最近、うちのクラスの男子と女子の仲が悪い。
男子の何人かが、女子の一人を寄ってたかって、からかってたんで「止めなよ、って言った。
そしたら「ラーメン臭いやつに、言われたくないね」って言われた。
寄ってたかって、わたしに、そう言ってきた。
「ラーメン! ラーメン!」
「臭い! 臭い!」
そう言って、囲まれて、はやし立てられた。
わたしは、なんにも言えなかった。
その通りだと、思う。
わたし、ラーメン臭いんだと、思う。
みんな、その様子を、見ていた。
でも、からかわれていた子は、からかわれなくなったから、それでもいいと思う。
で、わたしをラーメン臭いとからかっていた男子たちが。
今度はクラスのみんなから、無視されるようになった。
おれたちが、なにしたっていうんだよって騒いでたけど。
だれも、口をきかなくなった。
わたしも、無視するようにした。
だって、わたし、ラーメン臭いんでしょ。
だから、少しでも、臭わないようにと思って、お店のお手伝いも、お休みしてる。
弟や妹たちのお世話をするから、それでもいいでしょ?
……そう思って、パパに相談すると。
また、ニヤニヤしてる。
なによぉ。わたしは真剣なのよ?
パパとママのお店は、たくさんの人に支えられてるんだって。
お店の中でケンカすると、ラーメンが美味しくならないんだって。
クラスの中も、同じなんだって。
だから、お前が、仲直りしてあげなさい、だって。
……パパは、難しいことをいうんだね。
でも、わかった。やってみる。
~ ・ ~
最近、おじいちゃんがたまに、うちに来るようになった。
お付きの人? といっしょに来て、ばんごはんを食べていくの。
わたし、おじいちゃんって、かっこいいと思う。
いつもかっこいい背広を着ていて、黒いスティックもキマッてる。
あごひげも似合ってるし、フサフサなの。
ライオンさんって、さわったらこんな感じなのかな?
「じいじ、いらっしゃいませー!」
わたしが飛びついても、にこにこしながら抱きかかえてくれる。
妹が飛びついても、ぜんぜん平気なの。
おひげをさわらせてくれるし、いつもやさしいし。
あ、ひっぱりすぎなの? ごめんなさい。
でも好き。ひげ好き。さわるだけなら、いいでしょ?
ああ、パパも、こういうかっこいい人なら良かったのにな。
パパはあんまり、背広が好きじゃないみたい。
この間の参観日も、いつものかっこうなんだもん。
ともだちに、うちのパパかっこいいでしょって、いえないでしょ。
ん?
明日、おじいちゃんのところにいくの?
わたしが?
あ。お母さんもいっしょなの?
うん、いいよ?
お父さんと弟や妹たちは、おるすばんなのね。
~ ・ ~
お付きの人が運転する、かっこいい黒塗りの車。
おじいちゃんに、ぴったりの、車。
大きさは、うちの8人乗りの車と、変わらないと思う。
でも、こっちは5人しか乗れない。
だから、中が広いの。
おじいちゃんが奥に、わたしが真ん中に、お母さんがその横に。
三人で並んで、すわる。
車の中で、おじいちゃんに、クラスの男の子から「ラーメン臭い」って言われたことを相談してみた。
おじいちゃん、笑ってた。
笑い事じゃ、ないんだよ?
大変なんだよ?
で、おとうさんから、みんなとなかよくしなさいって言われたことも、相談した。
そうかそうかって、言ってた。
大きなビルの地下に、車が入っていく。
おじいちゃんの、お店なんだって。
そのまま、へんなつうろを通って、エレベーターに乗って。
なんか、宮殿みたいなところにつれていかれた。
ここ、どこ?
広い部屋、高い天井。
左右には、大きな冷蔵庫や冷凍庫、食品棚がぎっしり並んでいる。
部屋の真ん中に、うちと同じ調理台が、ふたつも並んでる。
壁にじゃなくて、部屋の真ん中に、ふたつ。
おじいちゃんは、その調理台に立って。
「その男の子たちに、お前のラーメンを食べさせてあげてはどうだね?」
そんな事を、言ってきた。
調理台の下から、大きめの鍋を二つ出して。
水を張って、お湯を沸かす。
冷蔵庫から、生めんも出してきて。
そして、いくつかの調味料も一緒に運んできた。
「おじいちゃん、なにするの?」
「お前に、儂のラーメンを食べさせてやろうと思ってな」
背広姿のおじいちゃんが、とても手際よく、鍋の中に調味料を注いでいく。
んと、お父さんのラーメンと全然違うよ?
多分、スープを作ってるんだと思うんだけど。
お父さんは、そんなに適当にドバドバそそいだり、してないよ?
お湯が沸いた鍋に、生めんを放り込んで。
わたしと、おかあさんと、お付きの人と、自分用だと思う。
ドンブリと箸を用意して。
お玉で適当なスープをドンブリに注いで。
その中に、茹で上がった麺を入れる。
適当すぎる。美味しくなさそう。
「まあ、食べて見ろ」
言われたんで、食べて見たけど。
あれ?
なんか、美味しい。
麺はシコシコツルツルで、食べれば食べる程、また食べたくなる味。
スープは、舌がピリピリするけど、でもまた飲みたくなるような味。
一緒に食べると、なお一層、美味しい。
なんで?
「お前が良ければ、作り方を教えてやるぞ。これを食べさせれば、その男の子たちも、お前の事をラーメン臭いだなんて、言えなくなるぞ」
うーん。そうだとは、思う。
思うんだけど……
「でも、これはわたしのラーメンじゃ、ないよ?」
ラーメンって、もっときちんと、丁寧に、心を込めて作るものだと、思うよ?
そうだね。お父さんがそうしているみたいに、作るもんだと、思うよ?
「わたしのラーメン、食べてみる?」
そういうと、おじいちゃんは少し、おどろいていた。
お母さんの方を見たけど。
「わたしは、手を出しませんから」
そういって、にっこり笑って、わたしを見た。
「やり方は、わかるわね?」
「うん」
たぶん、分かると思う。
からだが、おぼえてるから。
だってわたし、ほかのひとがみても、ラーメン臭いみたいだから。
それならそのまま、自分が好きなことをしてもいいのかもしれない。
ナベをだし、水を入れて、お湯を沸かす。
食品棚から、小麦粉、灌水、塩をだす。
あんまり待たせたら、ダメだね。
ボールに小麦粉を注いで、水を入れて、灌水を掛けて、手で捏ねる。
やわらかめで、いいんだよね。
めんの生地を両手でつかんで。
右手と左手をこうささせて、ひねってから回す。
もどして、ひねって、またこうささせて、回して……
生地が、どんどん細くなっていく。
はやく、はやく。
ていねいに、ていねいに。
正確に、正確に。
すっかりほそくなっためん生地を、包丁で切り分けて。
そのまま、沸いたお湯に、ドボン。
ゆで上がる前に、スープを準備だね。
味は、おしょうゆとみりんでいいや。
ただ、味加減はみておかないと、ね。
あ、塩が足りないね。ちょい足して、こんなもんでしょ。
めんがあがりそう。
あ、間に合わないや。
とおもったら、おかあさんがドンブリを用意してくれていた。
「先に用意しておきなさい」
はーい。
そのままお母さんが、スープを注いでくれる。
それに合わせて、わたしは平ザルでめんをすくって入れていく。
「はい、わたしのラーメン。適当だけど、じいじ、どうぞ」
おじいちゃん、お母さんと顔をみあわせて。
食べ始めた。
おかあさんも。
お付きの人も。
わたしも。どうかなぁ、適当なんだけど。
あ、美味しいかも。
うん、おじいちゃんのより、美味しいかもね。
めんは、わたしの勝ち。
スープも、わたしの勝ちだね。だっておじいちゃんのって、舌がピリピリするんだもん。こういう、やさしい味でじゅうぶんだと思うよ?
おじいちゃん、なんか、うれしそう。
お母さんも、なんだか、うれしそう。
おつきのひとも、たぶん、うれしそう。あんまり顔にでないんだよね。
「これは……アイのあるラーメンと、いうやつか?」
「恐らく、そうだと思います」
「よくぞ、ここまで育てた」
「わたしではありません。これは、鳴人さんの味です。鳴人さんの、アイのあるラーメンです」
お母さんが、わたしの頭をなぜてくれた。
「よくやったね」
お母さんが、わたしをほめてくれた。
「えーこんなの適当だよ?」
そう言っては見たけど。
なんか、とてもうれしかった。
~ ・ ~
帰りの車の中で、お母さんと二人で。
「ラーメンって、面白いんだね」
そう言ったら。
「わたしは、そんな風に思ったことはないのよ」
そんな風に、言われた。
どういう意味?
そう聞いたら。
「お父さんに聞いてみてね」
そんな風に、返された。
……おもしろいものは、おもしろいのにね。
うちに帰って。
お父さんは実はすごい人だったんだねって、ほめて上げたら、びっくりしてた。
おじいちゃんのラーメンを食べた事、わたしもラーメンを造って食べてもらった事、わたしの方がおいしく作れたことを話してあげた。
わたし、おとうさんの子供で、良かったんだと思う。
ちょっと変だけど、けっこう変だけど、とっても変だけど。
でも。
ラーメンって、おもしろいんだね。
「お父さん、私、お店のお手伝い、してもいい?」
そう言ったら。
どうしてって、聞かれちゃった。
「私をラーメン臭いっていう男の子たちに、私の作ったラーメンを食べさせて、私を認めさせてやりたいの」
そしたら、いいよって、言ってくれた。
まずは、見習いからだね。うん、いいよ。
わたしは、わたしのラーメンで。
わたしのことをラーメン臭いっていってた男の子たちに、わたしのことをみとめさせてあげるんだから。
そして、お父さんとお母さんの、この来々軒のお店を。
わたしが大人になったら、三代目として、継げるように、なりたいなぁ。
それが、わたしの夢。
わたしの、やりたいことだから。
(サイドメニュー 完結)




