姫様、故郷に帰ります。
オーボ港、姫様の館。
私の前では、オーボ国王と官僚たちが一斉にひざまずいていた。
彼らが到着すると、私は七海に案内を任せた。
モデルハウス。
上下水道。
そして、|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》の制度。
住民の暮らしから役所の仕組みまで、一通り見てもらった。
見学を終えた彼らは、しばらく言葉を失っていた。
そして今、私の前で深々と頭を下げている。
「……それで?」
私はソファに腰掛けたまま首を傾げる。
「見学は終わったんでしょ?」
国王はゆっくりと顔を上げた。
その表情には、王としての威厳よりも、一人の人間としての決意が浮かんでいた。
「住む世界が違うとしか言いようがありません。同じ時代を生き、同じ人間でありながら、なぜここまで差が生まれるのでしょうか」
「大げさじゃない?」
「大げさではございません」
国王は静かに首を横へ振る。
「我が国では、水を汲むだけでも重労働です。病に倒れても薬がなければ祈るしかない。働けば休みはなく、老後の保障もない。それが当たり前だと思っておりました」
そこで一度言葉を切り、館の窓から外を見つめる。
「ですが、この国では誰もが笑顔で働き、子どもは学び、老人は穏やかに暮らしております」
「……」
「これを理想郷と呼ばずして、何と呼べばよいのでしょうか」
「理想郷ねぇ......」
私は小さく息を吐いた。
そんな大層なものを作った覚えはない。
ただ、静かに暮らしたかっただけなのに。
国王は再び深く頭を下げる。
「お願いがございます」
「何?」
「どうか――オーボ王国も、その理想郷へお導きくださいませ」
その願いは瞬く間に尾ひれがつき、『オーボ王国も悪魔姫の支配下に入った』という噂となって世界中へ広がっていったのであった。
それから一ヶ月後。
スターフィールド。ミナエモン城(仮)
テラスには一張りのテントが設営されていた。
「姫様、何をなされているのです?」
七海が聞いてくると、
「しばらく働き詰めだったから、今度こそ十年くらいのんびりしようと思ってね」
「そうですか」
「今回は随分素直ね」
「姫様にも休息は必要です。来週、トランペット村でも祭りをやるみたいです。気晴らしに行ってみてはいかがですか?」
「祭り?」
「はい。『ヒメサマツリ』という祭りだそうです」
「……何それ」
「城の前に屋台が並びます。花火大会も兼ねるみたいですよ」
「それは行ってみたいわね」
「お暇な時にどうぞ。毎日やるみたいですから」
「毎日?」
「開催期間は百年と聞いております」
「馬鹿なの?」
私は事情を聞くため、村長ヴィオラを呼ぶことにした。
「これは姫様、おかえりなさいませ」
ヴィオラは私を見るなりお辞儀をする。
「来週から祭りをやるって聞いたけど?」
「はい。ぜひお越しください」
「……まず聞きたいんだけど、なんで百年なの?」
「普通なのでは?」
「どこが普通なのよ」
「エルフは五千年は生きます。大々的な祭りであれば、百年くらいがちょうどよろしいかと」
「せめて三日間にしなさいよ」
「そんなに短かったら人が押し寄せて村が大混雑しちゃいますよ!」
「仕方がないじゃない。それも祭りの醍醐味よ」
「宿も足りませんし、屋台も回り切れません」
「繁忙期って言葉知ってる?」
「年間を通して平均的なのが一番かと思いますが」
「平均的になるわけないじゃない」
私はため息をつくと、
「何故ですか?」
「初日がピークで、あとは少しずつ落ち着いていくものなのよ。百年もやったら、当たり前になりすぎて祭りの存在すら忘れられるわ」
と、説明をするとヴィオラが目を輝かせて聞いてきた。
「姫様には未来が見えてるのですか?」
「見えてないわよ。イベントって大体そういうものなの!」
こうして、ヒメサマツリは百年間から三日間に短縮された。
それを決めたのは私だと知った人々は、「さすが姫様。三日間で十分だと判断されたに違いない」と感動した。
もちろん、私の真意を理解した者は一人もいなかった。
「ところで、屋台ってどんな店があるの?」
私は改めてヴィオラに尋ねると、
「毒キノコ料理がメインです」
「炎上祭りしたいの?」
「大丈夫ですよ。毒は相変わらず抜いていますから」
「そういう問題じゃなくて」
私は頭を掻きむしると、
「屋台の関係者を呼んで。屋台で売られる一般的なやつを教えるから」
結局、私の十年計画のスローライフは、テントを設営しただけで終わってしまったのであった。




