姫様、港を再開発します。
私は家族構成の紙をテーブルへ置いた。
「アキナから聞いたと思うけど、私がスターフィールドの姫であり、巷では古の悪魔姫って呼ばれてるミナエというわ」
そう言うと、七海が部屋へ入り、家族の前へ温かい紅茶を並べていく。
「結論から言うわ」
私は港の地図を広げた。
「あなたの土地を譲ってもらう代わりに、新しい住宅を用意するわ」
男は目を見開く。
「……家を、ですか?」
「ええ。しかも、さっき見てもらった住宅と同じ仕様よ」
「土地を譲る理由は何でしょう?」
私が答えようとすると七海が代わりに答えた。
「姫様は土地を個人で囲い込むより、住む人全員が安心して暮らせることを優先されております。今はその土台づくりをしているのです」
「土台?」
「はい。家だけ建てても意味がありません。安心して働ける仕組みも必要です」
七海はそう言うと、一枚の紙をテーブルへ置いた。
「この港では、仕事を探すなら冒険者ギルドへ行くのが一般的です。」
「当然ですね」
「ですが冒険者は依頼が成功しなければ報酬はありません。魚を取りに行って一匹も釣れなければ、その日の収入はゼロです」
男は黙ってうなずく。
「一方、スターフィールドでは|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》という雇用制度を採用しております。」
七海は続ける。
「魚が一匹も獲れなくても最低賃金は支給されます。反対に、大漁ならその分は歩合として上乗せされます」
「そんな保証までしてくれるのですか?」
「もちろん賃金から税金が引かれます。その資金で学校や病院の建設や維持費にあてさせていただいております」
「学校や病院まで用意されているのですか……?」
「それが姫様が治めている国の実態です」
そう言うと七海は私を見る。
「あなたがたはどうしたい?」
夫婦は顔を見合わせ、小さくうなずいた。
「……少し、二人だけで話をしてもよろしいでしょうか」
「かまわないわ。答えが出たら教えてちょうだい」
こうして家族は帰って行った。
翌日。
オーボ港にあるオープンハウスには、昨日の家族が再び訪れていた。
男は私の前まで来ると、深く頭を下げる。
「姫様。俺たちを姫様のしもべにしてください」
妻と子どもたちも、それに続いて頭を下げた。
私は静かに紅茶を一口飲み、カップを置く。
「導くつもりなんかないわ」
家族は不安そうに顔を上げた。
「私は道を用意するだけ。歩くかどうかは、あなたたち自身が決めることよ」
四人は黙って私の言葉に耳を傾ける。
「家を用意しても、仕事を用意しても、幸せになれるとは限らない」
私は男の目を真っすぐ見つめた。
「努力するのはあなたたち。私は、その努力が報われる環境を作るだけよ」
しばらく沈黙が流れる。
やがて男は大きく息を吸い込み、力強くうなずいた。
「それで十分です」
「今の暮らしを変えたい。そのために俺たちも努力します」
妻も優しく微笑む。
「子どもたちに、もっといい未来を見せてあげたいんです」
私は契約書を一枚取り出し、テーブルへ置いた。
「なら契約成立ね」
男は震える手で契約書に名前を書き込んだ。
こうして最初の一家が姫様のしもべとなった。
その噂は港中へ広がり、一週間後には、オープンハウスの前に長い行列ができることになる。
オーボ港では建築ラッシュが始まり、仕事が増え、経済は活気づいていった。
人口も増え、かつて寂れていた港は、西大陸でも有数の港町へと生まれ変わり始める。
ただし、オーボ港の住民が知らないことがある。
「姫様。ゴブリン村のインフラも開発を完了しました」
四天王たちは私の前で報告する。
「これで子爵が金貨一万枚で買い上げた土地はどうするのかしらね?」
私は地図を開いてゴブリン村の周辺を指差す。
「古びた小屋がポツポツと立ち始めていましたが住みたい人がいるとは思えません」
私は思わず吹き出した。
「金貨一万枚で買った土地が、もう負動産になりそうね」
「姫様。これからどうするのですか?」
「銅貨一枚で買い戻すつもりよ」
一方少し前のボエ子爵の館。
「子爵様。オーボ港が急激に発展し、ゴブリン村も追随してます!」
執事の報告に、
「なら買った土地に家を建てよ。豪華な屋敷だ!」
と、勢いよく建築ラッシュに沸いた。
しかし、しばらくして。
「子爵様。豪華な屋敷を建築したのですが」
「そうか。ならば金持ち貴族に売りつけよ。こっちは金貨一万枚も借金してまで買ったんだ」
「しかし、広いだけで港の一般住居よりもひどく見えます」
「何故だ!」
「港の住居にはワシにもわからない技術が施されておりますし、風呂やトイレがついてます」
「風呂つけなかったのか?」
「ついてはいますが海水からくんで、火を起こさなければなりません。港の風呂はボタンを押すだけで湯が出ます」
「何故そんなことができる! この館にすらないぞ!?」
「しかも、あちらの住宅は貴族だけでなく、港で働く一般市民が住んでおります」
「……一般家庭だと? もしかして俺よりいい生活してる?」
「この屋敷にもトイレはありませんからね」
「生活水準だけだと、港の一般市民の方が上だというのか......」
「どうされますか? このままだと屋敷を建築しても貧民街ができるだけですぞ」
「こうなったら奪い取るまでだ!」
ボエ子爵は机を叩き、勢いよく立ち上がった。
その判断が、自らの運命を大きく狂わせることになるとは、まだ誰も知らなかった。




