姫様、家を売ります。
翌週。
悪魔姫が港の土地を買い始めてから一週間がたった。
オーボ港は、いつも以上のざわめきに包まれていた。
男は同じ港で働く先輩に声をかけられた。
「聞いたか? 例の悪魔姫が港の土地を買ったらしいぞ」
「ついにこの港も魔族に支配されてしまうのか?」
「いや、落ち着け。普通なら侵略されたら家は焼かれ、財産は奪われる。住む場所も失って路頭に迷うものだ」
「……まあ、そうだな」
「ところがあの悪魔姫は、ちゃんと相場以上の金を払って土地を買ったらしい」
「言われてみれば、悪魔というより商人だな」
「しかも見てみろ」
男は港の一角を指差した。
昨日まで空き地だった場所に、見慣れない建物が建っている。
どうやらあの場所を悪魔姫が買って建てたそうだ。
「『オープンハウス』って書いてあるだろう」
「何だそれは?」
「自由に中を見学していいらしい。これからは、ああいう家が標準になるらしい」
「外側だけでも貴族の屋敷以上じゃないか」
「なんか、夢が広がるよな」
「……一度、家族を連れて見に行くか」
男は決心して帰宅する。
男が帰った先にあったのは――
今にも潰れそうな家だった。
潮風のせいで湿気は常にあり、カビが生えやすい。
家族四人が一つの部屋で食事をし、寝る。
もちろん、風呂、トイレなんかない。
悪魔姫に従えば、あんな家に住める?
バカバカしい。この家は先祖代々受け継がれてきたものだ。
俺の代で手放すわけにはいかない。
しかし、もし、家族が喜ぶなら。
男は葛藤した。
「いらっしゃいませ」
オープンハウスに行くと、受付嬢が笑顔いっぱいで挨拶をしてきた。
この娘は元々不動産屋にいた受付の子だ。
「私、このオープンハウスを案内させていただきます、アキナと申します。本日はよろしくお願いします!」
受付の娘は終始笑顔だった。
こんな表情で客を迎える人間を、この港で見たことがない。
「最初に言っておきます。姫様はこの住宅を標準仕様にした港の再建計画をたてております。もし、家が気に入ったら姫様のお話を聞いて下さいませ」
「悪魔姫が直接?」
「はい」
悪魔姫といえば魔族の頂点ではないのか?
不安がる家族を守るように受付嬢についていく。
「まず玄関からです」
立派な扉がついている。
「防犯のため、魔道具の指紋認証を採用しております」
指紋センサー?
「このドアは私の指紋が家主として認証されています」
アキナはドアを開けては、閉める。
「開けてみて下さい」
男は同じように開けようとしたが開けられなかった。
「このように、家族として認識されていない方は開けられません」
「すごい.....」
中に通されると、まず靴を脱ぐよう促された。
「え? 家の中で靴を脱ぐのか?」
「床を長持ちさせるためですし、そもそも掃除が大変でしょう?」
「まずはリビングです」
「こちらが寝室です。夫婦は同室、子供は思春期を考えて一人一部屋あたるよう姫様から指示が出ております」
「そして、お風呂です」
「ここがトイレです」
案内されるたびにだんだん口数が減っていく。
これが標準仕様だと?
貴族、いや、国王でもこんなところに住めない。
あれはただ、広いだけだ。
この家は決して広くはないが全てがそろっている気がする。
「姫様の国、スターフィールドに行って知ったのですがコンパクトハウスというみたいです」
そしてアキナは思い出したかのように言った。
「あと、小さな庭がありました。家庭菜園程度なら楽しむことができます」
「確かに素晴らしいが、俺の稼ぎじゃとても無理だ」
「実質無料ですよ」
「……どういう意味だ?」
「働いたお給料から家賃や水道光熱費が差し引かれる仕組みです。ですから毎月まとめて支払う必要がないんです」
アキナはそう言うと、慌ててノートをめくっては、
「福利厚生っていうらしいです」
「なんだそれは?」
「詳しくはわかりませんが、姫様に従う者が幸せに生きれるための政策だそうです」
「悪魔姫が……民を幸せにするための政策だと?」
「姫様は自分が楽をするためには、まず民が幸せになってもらわないと困るそうです」
「子爵は奪うことしか考えていないと言うのに......」
「姫様の港の再建計画のお話、聞いて行かれますか?」
二つ返事で男はうなづいた。
となりの小屋に案内されると、長い椅子にテーブルがあり、座って待つよう言われた。
テーブルに置いてある海水一番搾りは飲んでいいらしい。
「あなた、正直に言っていいかしら?」
妻が顔を上げて言った。
「もしかして、悪魔姫は救世主なんじゃ?」
男がどう答えていいか悩んだ時、
「私は救世主なんかになった覚えはないわ」
私は部屋に入るなり、そう告げた。
私はソファに腰を下ろし、事前に提出してもらった家族構成の紙へ目を落とす。
男たちは私を見るなり背筋を伸ばした。
……そんなに怖いかしら。




