姫様、お店を繁盛させます。
「じゃあ、始めるわよ」
私は店の裏へ向かうと、古びた共同便所の前で立ち止まった。
「……やっぱり」
近づいただけで顔をしかめる。
穴を掘っただけの簡素な便所。
床は湿気で黒ずみ、独特の臭いが鼻をつく。
「姫様?」
「これは飲食店にあっちゃ駄目なやつよ」
私は真剣な表情で振り返る。
「まずは全部壊すわ」
「全部ですか!?」
マスターが青ざめる。
「トイレが使えなくなったら営業できません!」
「大丈夫。半日で終わるから」
「半日!?」
信じられないという顔をするマスター。
それも無理はない。
この世界で建物の改装は、職人を集めて何週間、下手をすれば何か月もかかる大仕事なのだから。
「四天王たち」
私が声をかけると、四人は一斉に前へ出た。
「承知しました」
アクアが水を操り、便所の汚れを洗い流す。
フレアが壁を丁寧に焼き切り、
サムスが地面を持ち上げ、
ウインドが舞い上がる埃を外へ吹き飛ばしていく。
「……」
マスターは口を開けたまま固まっていた。
「改装って、こうやるものなんですか?」
「違うわ」
私は首を横に振る。
「古の悪魔姫だからできる力技よ」
私がそう言った瞬間だった。
「姫様。スターフィールドからご注文のタンクレストイレをお持ちしました」
ポセイドンが荷車を引きながら現れては、荷車から真っ白な便器を慎重に降ろすと、所定の位置へ据え付けた。
「アクア、配管お願い」
「はい」
「ボルト、電源を」
「承知しました」
配管と配線を終え、動作確認まで済ませると――
「これで完成ね」
「姫様お待ち下さい」
ポセイドンが何かを取り出す。
「研究開発の裕美子さんが『これも忘れるな』と言っておりました」
「何よそれ?」
「トイレ音響装置です。座ったらスターフィールドの宣伝CMが流れます」
「そこ広告枠だったの!?」
「『我が国の技術を流用するからには、それくらいはしてもらわないと』とのことです」
「研究開発費が圧迫してることは理解したわ」
こうして半日ほどで改装工事を終えた。
「じゃあ、営業を再開しましょう」
マスターはまだ半信半疑のまま店の看板を「営業中」へと掛け替えた。
すると待っていたかのように、昼食を求める客たちが次々と店へ入ってくる。
私たちは少し離れた席に腰を下ろした。
マスターの話では、この喫茶店の来店客は一日一桁程度らしい。
だけど今日は違う。
店内を眺めていると――
「うおおおおっ!?」
トイレから叫び声が聞こえた。
「何だこのトイレは!? 水が勝手に流れたぞ!」
三日後。
噂が噂を呼び、喫茶店は繁盛した。
ただ、トイレだけに用がある客も増えたため、トイレットペーパーを有料にした。
「ただし、一品でも注文した人は無料よ」
こうしてトイレだけ利用する客は、ほぼいなくなり、売上もさらに伸び、アルバイトを雇えるまでに至った。
「姫様。スターフィールドの輸出品も増えて経済が潤いました!」
以来、ポセイドンは毎日トイレットペーパーを満載した荷車を引いて、島とスターフィールドを往復する羽目になった。
「姫様の言う通りでした。トイレ一つで店はここまで変わるのですね」
マスターは神を見るような眼差しで私を見つめた。
悪魔姫なんだが。
「次は厨房ね。どんなに綺麗なトイレがあっても、料理がまずければ意味がないもの」
その日から、喫茶店の改装は厨房や店内へと広がっていった。
――そして一ヶ月後。
「古の悪魔姫が改装とか言っていたけど、どんな悪魔城ができたのかしら……」
セイレーンがおそるおそる様子を見に来たのだが、
「めっちゃ並んでるじゃない!? ここ本当にあの喫茶店よね?」
店の前には長蛇の列ができていた。
店内では店員たちが忙しく料理を運び、香ばしい匂いが外まで漂っている。
セイレーンの知る、あの寂れた喫茶店の面影はもうどこにもなかった。
一時間ほど並びようやく入店して、カウンター席に通される。
店内には心地よい歌声が流れていた。
ライブハウスではない。
それでも店全体が穏やかな空気に包まれていた。
「……誰が歌ってるの?」
セイレーンは店内を見回した。
しかし、歌っている人の姿はどこにもない。
「……誰もいない?」
とりあえずメニュー表を見ると、
コーヒー 銅貨一枚
毒キノコパスタ(毒抜き) 銅貨三枚
「毒キノコパスタ......?」
セイレーンは目を丸くする。
「スターフィールド産の毒抜き毒キノコを輸入して調理しております」
アルバイトらしき店員が優しく声をかけてくれる。
「それよりも曲はどこから流れているの?」
「レコードです」
「レコード?」
「音楽を吹き込んで自動で流してくれるんです」
「ちなみに、この歌は誰? 初めて聴く声だけど」
「スターフィールドの自称アイドル綾子って方みたいです」
「自称アイドル?」
「本職は勇者だそうです」
「意味がわからないわ」
「もしよろしければ、グッズ販売もしておりますのでよろしかったらどうぞ」
会計横には見たこともない品が並んでいた。
「古の悪魔姫はどちらに?」
「姫様でしたら『働きたくない』と言い残して事務所で寝ています」
「こんなに忙しいのに!?」
「従業員じゃないですからね」




