姫様、もう帰りたがります。
「私たちは冒険者ギルドから依頼されて、呪われし歌姫の謎を解きに来たのであって討伐をしに来たわけじゃないわ」
私は出された薄いコーヒーを飲んではマスターに告げると、
「呪われし歌姫ですか」
「そうよ。だからマスターが言う人魚とは別人よ」
だが、これだとこの島に歌姫は二人いることになるが、勇者が自称できる世の中だ。
歌姫があちこちにいてもおかしくはないはずだ。
「おそらく姫様がいう呪われし歌姫とは、セイレーンのことだと思います」
「セイレーン?」
「もともとこの島に住む精霊です。歌声を聴いた船乗りたちを魅了し、島を出ようとすると歌声が頭から離れず、結局引き返してしまったそうです」
「よくある話ね」
「ところが、誰も島から出ないために人口過多になり食べ物が足りなくなり、セイレーンも食べる物に困ったとされています」
「本末転倒じゃない」
「そこで島中の祈祷師や魔導士たちが力を合わせ、セイレーンの歌声を封じる呪いをかけたと言われています」
「謎が解けたわ。会計をお願いするわ」
「ワシの話を最後まで聞いてください!」
「謎を解くって依頼は達成したもの」
「達成しておりません!」
マスターはテーブルを叩いて立ち上がった。
「セイレーンは百年以上前に歌えなくなったと伝えられております」
「でしょ?」
「ですが、セイレーンは過去の栄光が忘れられず、今では芸能事務所『セイレーンプロダクション』を経営しております」
「会社作ってるじゃない」
「新人発掘に定評がありまして」
「社会復帰しすぎでしょ」
「今では夜になると、あちこちでライブが開かれるようになりました」
「順調に芸能界作ってるじゃない」
「はい。そしてセイレーンはとんでもない手をうってきました」
マスターは淡々と言うと、
「島の歌姫を決めるため、セイレーン系列の店で買い物をした客に投票券を配るようになったのです」
「なによ、そのCD一枚で一投票みたいの」
「島中の人間は全財産を叩いてセイレーンの店に金を落としました」
「なんでよ」
「推しを歌姫にしたかったからです」
「推し活って怖いわね」
「その結果、島中の金がセイレーンの芸能事務所へ集まり、他の商店は次々と潰れていきました」
「経済まで魅了してるじゃない」
「気づけば島の商店はほとんどセイレーン系列となり、営業はライブのある夜だけになってしまったのです」
「それもう芸能事務所じゃなくて財閥よ」
「ですが――今年のグランプリだけは様子が違うのです」
「どういうことよ?」
「浜辺にセイレーンの息がかかっていない小さなライブハウスがあったのですが、そこに期待の新星が現れました」
私は薄いコーヒーをなんとか飲み干した。
「まるで聞いたことのない歌で人々を魅了しております」
どうやら浜辺の新星が人魚なのかもしれない。
人魚なら、人間とは違う歌声でも不思議じゃない。
「そのライブハウスだけは昼間も細々と営業しております。もし、その新星が――グランプリなんかとったらセイレーンの力は弱体し、昼間に営業する店が現れてくることでしょう」
「いいことじゃない」
「昼間に営業してるのはこの店だけです。売上が落ちちゃうじゃないですか」
「落ちないように営業頑張りなさいよ」
「頑張りたくないから、浜辺にいる歌姫を討伐して欲しかったんですよ!」
「あんた、馬鹿じゃないの?」
私の身体から絶望の波動が溢れ出すと、泡を吹いてマスターが倒れてしまった。
「姫様、いかがなされますか?」
ポセイドンが聞いてきたので、
「謎は解けたから代金を置いて帰りたいわ」
「ですが、このままだと浜辺の人魚が何者かに襲われる可能性があります」
「人魚を助けて私に得はあるの?」
「恩を売れば、スターフィールドへ招けるかと。人気歌姫が来れば、観光客も呼び込めます」
スターフィールドは、まだ「ラスボス島」と恐れられている。
そのイメージを変えるために、大陸まで来たのを思い出した。
「浜辺のライブハウスね。行くだけ行ってみようか」
私は代金を置いて喫茶店を出て浜辺へと向かった。
マスターに言われて初めて気づいた。
並ぶ店はどこも同じような看板を掲げている。
きっとセイレーンの系列店なんだろう。
「なんかあのライブハウスの前で困っている人がいるわね」
多分系列店ではないであろうライブハウスの前に困り果てている男がいた。
「姫様。絶望の波動を抑えて下さい。あの者も気を失ってしまいます」
ポセイドンに言われて、先程溢れ出た絶望の波動が完全に抑えきれないでいることに気づく。
「早く帰りたいのに帰れないことに少し苛立っているのよ」
「ですが、長い目で見たらここは恩を売るべきかと」
「わかってるわよ」
ついカッとなってしまい、絶望の波動が溢れてしまうと、人の形を作り出してしまった。
「お呼びでございますか姫様。私がプロデュースの四天王、ティンでございます」
また、クセの強そうな人を呼び出してしまったみたいだ。
私はつい頭を抱えてしまったのだった。




