姫様、歓迎されません。
船はオーボ港を離れ、歌姫が住むという小さな島へ向かっていた。
船旅は平和だった。
……平和すぎた。
「姫様。魚です」
アクアが海から魚を拾ってくる。
「姫様。貝です」
サムスが海底から巨大な貝を拾ってくる。
「姫様。タコです」
フレアが、いつの間にかこんがり焼き上げたタコを差し出した。
「なんで航海中なのに、食材がどんどん増えるのよ!」
「自然の恵みです」
「恵まれすぎなのよ!」
その横では、ポセイドンが得意げに胸を張っている。
「この海王ポセイドンがおりますので! 海産物ならお任せください!」
「一番役に立ってるわね」
「ありがたきお言葉!」
ポセイドンは目に涙を浮かべ、その場に膝をついた。
私は苦笑しながら船の前方へ目を向ける。
「……あれ?」
遠くの水平線に、小さな島が見えてきた。
「ようやく呪われし歌姫が住む島が見えてきたわね」
その時だった。
どこからともなく、不思議な声が風に乗って聞こえてくる。
「……これは」
「姫様。何者かが魔法を詠唱しておりますな……」
ポセイドンが険しい表情で海を見渡す。
私は耳を澄ませた。
「詠唱というより……お経じゃない?」
「お経とは何です?」
ポセイドンが首を傾げる。
すると突然、
「姫様! 船が勝手に加速しました!」
アクアが慌てて舵を握る。
「舵が利きません!」
船は誰も操っていないにもかかわらず、だんだん加速していく。
「まるで……歓迎する気、まったくないわね!」
誰も答えない。
ただ、お経のような声だけが、少しずつ大きくなっていった。
船の正面には、島を囲む切り立った断崖が迫っていた。
「この勢いでは崖に激突します!」
「我にお任せを!」
フレアが火球を放つ。
巨大化した火球は断崖を粉々に吹き飛ばした。
「波よ!」
アクアが巨大な波を船首へぶつけ、速度を殺す。
「まだ止まりません!」
「風よ!」
ウインドが影から飛び出し、猛烈な向かい風を巻き起こした。
船はようやく速度を落とす。
「なんとか無事に港につけそうね」
私は一安心すると、
「残念ですわ」
澄んだ女の声がお経に代わって響く。
私は思わず船首を見る。
そこには、紫銀髪の少女が宙に浮かび、こちらを見下ろしていた。
「あなたが呪われし歌姫?」
「……そう呼ぶ者もおりますわ」
「それにしても、たいそうなおもてなしね」
「あなたから強大な魔の力を感じましたので、歓迎するわけにはまいりませんでしたの」
敵意を剥き出しにする少女。
「島に辿り着かせるわけにはいきません」
少女は透き通る声で歌い出す。
歌声が港中へ響く。
海鳥が一斉に海へ落ちた。
「姫様、先ほどと違ってこれは死の歌です。聞いた者は命を落とします」
アクアが説明してくれる。
「......別になんともないわよ」
「それは姫様が即死耐性をお持ちだからです」
「あんたたちは?」
「見ての通り耐性持ちです」
「じゃあ、私たち相手じゃただ歌ってるだけね」
「可哀想なので死んだフリでもしますか?」
「そんな義理はないわ。ボルト!」
「御意!」
ボルトは影から出てくると、
「バカモン!! 初対面で人を殺そうとする者があるか!!」
ボルトは雷鳴のような怒声を響かせた。
スキル『悪ガキを怒鳴る』。
歌を遮る怒鳴り声で少女の動きが止まる。
「くっ、死の歌が効かないとは、あなたたちは一体......」
たじろぐ少女だが、私は教えてあげる。
「港が大変なことになってるわよ?」
「しまった……港の皆さんまで巻き込んでしまいましたわ!」
「蘇生の歌とかないの?」
「ありますが、無償ってのはちょっと......」
「蘇生代より損害賠償の方が高くつくわよ?」
「……お願いですわ。あなたがた、何とかしてくださいません?」
「殺そうとした相手に言うセリフじゃないわね。第一私は蘇生なんてできないわ」
「仕方ありませんわ」
少女は小さく息を吸い、今度は優しい旋律を歌い始めた。
倒れていた港の人々が次々と目を開ける。
「あれ……?」
「今、何が……?」
まるで何事もなかったかのように、人々は立ち上がり歩き始めた。
「見たでしょう。今なら引き返すことね!」
「自爆したところを見せられても帰る気にはならないわ」
「なら、子守唄をお聞きなさい」
「睡眠耐性もあるから無駄よ」
「ぐぬぬ......」
「ちなみに私、全耐性持ちよ?」
「チートじゃない!」
「毒キノコくらいでしか役にたったことはないけどね」
「チートの無駄使いじゃない!」
「そんなわけで、あなたは私の前には無力よ。あきらめて名前くらい名乗りなさいよ」
「セイレーンよ。あなたは何者なの?」
「教える義理はないわ」
「そこは名乗りなさいよ!」
するとフレア、アクア、ボルトが一斉に、
『この方こそスターフィールドの姫君、ミナエ様だ』
ボルトが胸を張る。
「古の悪魔姫様だ」
そして、
「……え?」
セイレーンの顔色が変わる。
「ひぃぃぃっ! あの伝説にしか存在しないといわれていた人物じゃありませんの!」
青ざめた顔のまま空から降り、船首の甲板へ静かに降り立つと、
「古の悪魔姫様。どうか命だけは......」
セイレーンは震えながら私の前にひれ伏したのだった。




