姫様、大王イカと戦います。
オーボ港を出航して二時間。
呪われし歌姫の謎を解くため、依頼先へ向かう航路。
私は今までにない危機を感じていた。
目の前には十メートルはありそうな大王イカ。
……しかし、問題はそこじゃない。
私以外、全員船酔いだった。
「さすがに、船酔い耐性はもっていなくて」
聖香は手すりにつかまって吐きそうだ。
「水の四天王が船酔いってなんなの?」
「水の四天王だからって船に強いわけではございません……」
アクアは戦う前から戦闘不能だ。
「姫様。ようやく私の見せ場ですね」
オカリナが巨大な鎌を構えてみせる。
「大王イカよ。私こそがスターフィールド悪魔大元帥のオカリナ=ベルゼ・シンフォニアである......えーと......」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
「ちょっと待て!」
オカリナは大王イカを制すると、ポケットからしわくちゃの紙をごっそり取り出して探し始めた。
「何してるのよ?」
「自己紹介作文です」
「イカが話わかると思ってるの?」
「そこは気合いで。ぎゃーっ!」
待ちきれなかったのか大王イカの攻撃を直撃したオカリナはどこかに飛ばされてしまった。
「誰が戦える人はいないの?」
私は激怒する。
そんな時、都合よく援軍が来てくれた。
「姫様! この海王ポセイドン! 助太刀に参りました!」
イルカに乗って颯爽と現れるポセイドン。
しかし、自分より遥かに巨大な大王イカを見上げると、
「…………」
ゆっくりとイルカをUターンさせた。
「帰ります」
「戦う前に帰るな!」
「姫様。大王イカの吐くスミに気をつけて下さい」
「どうしてよ?」
「クリーニング代が高いんです」
「命より洗濯代を心配するな!」
私のツッコミもむなしく、ポセイドンは本当に帰ってしまった。
「姫様。俺はいつでもいけます!」
フレアは肩を回して準備運動を始める。
「火の四天王が戦ったら船が燃えない?」
「そりゃ燃えますよ」
「私たちを溺れさせてどうするのよ!」
その時だった。
「姫様。この船に弓矢がありました」
七海が船内から矢筒をいくつも抱えて戻ってくる。
「これを火矢にすれば、船から離れた位置にいる大王イカだけを攻撃できます」
「なるほど!」
「問題は矢なんか撃ったことがないことです」
「私もないわ」
「……」
「結局ダメじゃない」
すると、ウインドが一歩前へ出た。
「それなら私が風で軌道を補正いたします」
「とりあえず試しに撃ってみます」
七海は試しに矢を放つ。
矢は大王イカとはまるで違う方向へ飛んでいく。
「そりゃっ!」
ウインドが風を操ると、矢は大きく弧を描き、一気に大王イカへ向きを変えた。
「ふんっ!」
フレアが指先で矢をなぞる。
矢先が燃え上がり、一瞬で火矢へと変わる。
火矢は大王イカへ命中した。
「ギャオオオオッ!」
大王イカが苦しそうな雄叫びをあげる。
「私もお手伝いします!」
アキナは勢いよく弓を構えた。
「撃てるの!?」
「会社では恋のキューピットと呼ばれていましたから!」
「弓の腕じゃなくて恋愛相談ででしょ?」
「はい!」
「多分全く関係ないわ!」
しかし、アキナの放った矢は、一直線に大王イカの目を射抜いた。
「ギャアアアアアッ!!」
大王イカは海面を激しく叩き、巨大な体をのたうち回る。
「まずい! 来るわよ!」
巨大な口から、真っ黒なスミが砲弾のように放たれた。
「大地の壁よ!」
サムスが念じると、私たちの前に土壁がせり上がる。
ドバァッ!!
スミは壁一面を真っ黒に染めた。
壁が消えると、七海とアキナはありったけの矢を放つ。
「姫様も戦って下さい!」
「どうやって戦うのよ?」
私は目を細めて自分のステータスを見て攻撃手段を探す。
【固有スキル】
絶望の波動(ストレス発散)
サーバンツ召喚(有料)
「……終わり?」
私はもう一度確認するが、見落としはない。
「冒険者ギルドからラスボス扱いされてるのに攻撃手段がないじゃない!」
「ミナエさんは召喚士です! 強い人を呼び出しましょう!」
アキナはいまだに私のことを召喚士だと思っているらしいが、
「お金がかかるのよ!」
手持ちは銀貨三枚。
強敵相手に、課金する余裕なんてなかったのだが、船酔いで手すりにもたれかかったままのアクアが弱々しく言う。
「姫様……言い忘れていましたが……休日の者を呼び出すと……うっ……労基に睨まれます……」
「だから労基ってどこにあるのよ!」
相変わらず雑な世界である。
勢いのままに私は絶望の波動を身体から放つ。
波動は大王イカを飲み込むと、突然苦しそうに暴れ出した。
海面を転げ回るようにもがき、自分の足に自分で絡まり始めると、七海が状況を冷静に分析する。
「イカがパニックを起こしていますね」
「そんなことあるの!?」
「絶望したら何も手につかなくなるって言うじゃないですか」
「それ人間の話よ! ってか暴れたら船が!」
船は波に激しく揺られ、立っているのも難しくなってくる。
「姫様。アキナ様が絶望の波動で気絶してしまいました!」
アキナは|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》に登録されていないので耐性がないのを忘れていた。
「ウインド。逃げるわよ。帆にめいいっぱい風を当てて!」
「かしこまりました!」
こうして私たちは、よりによってオーボ港に戻って来てしまった。
「逃げるのに精一杯で方角まで考えてなかったわ」
私は頭を抱えていると、
「歌姫の謎を解いたのか?」
ギルドマスターが出迎えて来た。
「大王イカが現れて大変だったのよ」
「何っ、あのAランクの魔物か!」
ドォォォン!!
港の防波堤の向こうから、巨大な触腕が一本だけ突き出した。
「……来ちゃった」




