姫様、船を入手します。
私は四天王を呼び出す時みたいに念じてみると、
枝を手に地面に「の」の字を書いたオカリナが影から現れた。
そして、私の姿に涙ぐむ。
「姫様。ようやくお会いできました!」
感動するオカリナだが、私はアクアに聞いた。
「これってオカリナが魔族だから呼べたの?」
「いえ、サーバンツなら誰でも」
となると、|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ登録者》なら誰でも呼び出せるということか。
「ただし、無条件ではありません」
「どういうこと?」
「交通費を支給しなければなりません」
「は?」
「今回は結界の外から中に我らを招き入れました。多分ワンメーターくらいです」
「タクシー扱いなの?」
「はい。姫様の財布から支払わされます」
「誰に支払うのよ」
「自動引き落としです」
「私の財布って口座扱いだったの?」
「そんなところです」
「この大陸に来て、あなたたちを呼び出せなかったんだけど?」
「所持金がなかったからでは? この場所とスターフィールドでは、東京からニューヨークくらいのタクシー代がかかりますから」
「とにかく、ものすごい費用がかかるってことはわかったわ」
「そんなことよりも姫様!」
オカリナが顔を目いっぱい近づけてきた。
「近くの街で、スターフィールド――いえ、姫様を討伐するための冒険者ギルドが作られておりました!」
「そうね」
自分が登録しているとは言えない私。
「許可を頂ければ、このオカリナ=ベルゼ・シンフォニア。姫様に仇なすものを殲滅してきます!」
「いや、そこまでしなくても」
「ところで姫様。何故スターフィールドに帰らないのです?」
「それはお金がないから船が出せないのよ。仕方なく働いていたわ」
「七海と聖香がついているのにですか?」
「誰も所持金持ってきてないのよ。オカリナは?」
「金貨を持ち運ぶのは面倒なので、この指輪に換金してあります。五百枚くらいにはなるかと」
「すごいじゃない。これで帰れるわ!」
私はつい歓喜してしまった。
こうして思わぬ帰還資金も手に入ると思い、私は上機嫌でゴブリン村の宴を終えた。
ところが翌日。
「銅貨一枚だな」
街の道具屋にて夢はすぐに打ち砕かれてしまった。
「何故だ! 貴様、首を刎ねられたいのか!?」
「結婚指輪に姫様ラブなんか刻印したら、ただのゴミだろう!」
「ゴミとはなんだ! 誰でも欲しいに決まっているだろう!」
「そもそも中古の結婚指輪を欲しがる奴がいると思っているのか?」
「ならば貴様が買え。今なら金貨五百枚だ」
「随分ふっかけたな。ちなみに、彫っていなくても金貨百枚だがな」
「私は女神から五百枚で買ったぞ?」
「騙されたんだろ」
「ぐぬぬ。あの女神め」
こうして帰還資金の当ては消え、私は再び冒険者ギルドへ向かったのだが――。
「突如張られた結界により、ゴブリン村に手出しができなくなった」
という話でもちきりだった。
「あの結界、いつまで張られるのよ?」
小声で聖香に聞くと、
「百年は持続するかと」
「世界で一番平和な村になったのね」
ちなみに四天王たちにはゴブリン村の再開発をお願いしている。
一宿一飯の恩は社会人の常識だ。
そう思いながら、私はギルドマスターの元に行くと、
「タレコミがあった。お前たち、ゴブリン村に結界を張ったな」
アキナだろうか?
しかし、ウインドの話によると今日もまだ寝込んでいるはずなのだが。
「昨日、俺の枕元で地縛霊が現れてな。最初は夢かと思ったが、今朝になって本当に結界が張られてると聞いた」
あのゴキブリか!
地縛霊が情報屋に転職したのかはわからないが、正直に答えるか誤魔化すかを考えていたら、影からフレアが現れた。
「姫様。最低限の生活インフラは整備しました」
「わかったわ」
「ここはスターフィールドと違って魚がとれます。焼き魚と酒は合うでしょうな」
「用意しといて」
「御意」
フレアは私の影に戻ると、それを見ていたギルドマスターが聞いて来た。
「姫様だと? お前、いったい何者だ?」
「私? 討伐対象の古の悪魔姫よ。冒険者のギルドカードもちゃんと持ってるけど?」
ギルドマスターは私と壁の討伐依頼を何度も見比べていた。
ゴブリン村。
「姫様。村の大改革、誠にありがとうございます!」
長老たちは何度も頭を下げる。
私は小さく手を振り返す。
「じゃあ、帰るわ」
「姫様。どちらへ?」
「スターフィールドよ」
もう帰る手段はある。
ギルドマスターに、
「私にこの街から出ていってほしいなら船を用意して」
と交渉したところ、驚くほどあっさり大型船を用意してくれることになったのだが、
「ただし条件がある」
ギルドマスターが出した条件は、帰り道に一つ依頼を片づけること。
面倒だが、大型船一隻と引き換えなら悪くない。
せっかく冒険者になったのならランクもあげておいて損はないだろう。
私を討伐するためのランクでもあるのだが。
こうして港へ向かうと、七海や聖香、オカリナや四天王たちはすでに乗船の準備を終えていた。
「それじゃあ、出航!」
汽笛が鳴り響き、大型船はゆっくりと港を離れる。
遠ざかっていく街並みを眺めながら、私はようやく故郷へ帰れることに胸をなで下ろした。
……その時だった。
「ミナエさーん!」
聞き覚えのある声が港ではなく、船の上から聞こえた。
「え?」
振り返ると、木箱の陰から受付嬢アキナがひょこっと顔を出した。
「えへへ。バレちゃいました」
「何してるのよ!?」
「冒険者受付として責任を持って、皆さんの旅に同行します!」
「そんな仕事ないでしょ!」
「ところで、どうしてみんな私に何も言わず出発したんですか?」
「あんた、私たちが何者か分かってないよね?」
こうして、私たちは予定より一人多い仲間とともに、スターフィールドへの帰路についたのだった。
――あ。
その前に、ギルドマスターから頼まれた「呪われし歌姫」の謎を解かなきゃいけないんだった。
その頃、船底では。
地縛霊が不気味に笑う。
「私を捨てたこと、後悔させてやる……。スターフィールドで正式なサーバンツになってやる……」
誰にも気付かれることなく、大型船は次なる目的地へ向けて進み続けるのだった。




