姫様、ゴブリン村に感動します。
ゴブリン村は思ったより近くにあった。
台風が来たら吹き飛びそうな藁葺き小屋が多々ある、いかにも時代遅れの集落だった。
これだと間違いなく藁で雑魚寝になりそうだ。
用が済んだらとっとと帰りたい。
「姫様。食べたらすぐに帰らないと明日の業務に支障が出ることをお忘れなく」
七海は気の利いたことを言ってくれる。
しかし、トイレに行くと言っていなくなっていた聖香が慌てて戻って来た。
「姫様。この際ここに住みましょう」
「え? 宿の方がまだ快適じゃない?」
「住居の見た目はひどいですが、水洗トイレが常設されています」
「決めた。ここに永住するわ!」
住居の見た目なんかどうでもいい。
水洗トイレは生活の基盤である。
あのギルドマスターは水洗トイレすら知らなかったのに、まさかゴブリン村の方が文明的だなんて。
世の中わからないもんだ。
「姫様、ゴブリン村へよく参られました」
年老いたゴブリンがやって来た。多分長老なんだろう。
「なんで藁葺き小屋に水洗トイレがあるのよ?」
「それは同胞であるゴブ太郎が村に帰ってきた時に、トイレに文句を言ってきましてな。言われた通り開発して普及させたのです」
長老の説明に、
「ゴブ太郎はトランペット村の水道インフラ開発部勤務です。帰省した際に文明を広げたのでしょう」
七海は納得した顔をしている。
「水道も引きましたので、衛生環境は格段に良くなりました」
なら家さえ何とかすれば完璧じゃない。
私はそう考えると、他のゴブリンたちが大きなイノシシを持って来た。
「さあ、今夜は宴会ですぞ。たくさんお召し上がりくださいませ!」
「お待ち下さい」
聖香が静かに前へ出る。
「村の周辺を警備している方々がかわいそうです。せっかくですので、一緒に宴会を楽しんでもらってください」
と言うと、両手を合わせて祈り出した。
聖香を中心に光の結界が村に覆われた。
「これで殺意を持つものは誰であろうと村に入ることはできません」
「そんな強力なスキルがあるなら常時張ってあげなさいよ」
「常時この場で祈り続けなければならないことをお忘れなく」
聖香はそう言うとさらに結界を強くする。
「まったく」
私は絶望の波動を解放すると、聖香の結界と共鳴した。
聖香は驚いたように目を開く。
「……これなら祈り続けなくても維持できます」
「おぉ、まさに聖と闇の結界......」
長老は感極まっている。
「じゃ、早速宴会しましょ」
ゴブリンたちは一斉に歓声を上げ、焚き火の周りへ集まり始めた。
私は長老に勧められるまま、その隣へ腰を下ろした。
「姫様には一番うまいところをどうぞ」
長老は焼きたてのイノシシ肉を大皿へ盛って差し出した。
「ありがとう」
一口食べる。
「……おいしい!」
外は香ばしく、中は驚くほど柔らかい。
「これ、本当にイノシシ?」
「村秘伝の果実酒に一晩漬け込んでおりますのでな」
「ゴブリンって料理上手だったのね」
「腹が減っては狩りもできませんから」
長老は胸を張った。
その横では、ゴブリンの子どもたちが興味津々で私たちを見つめている。
「あの赤い人が悪魔姫?」
「でも怖くないよ?」
「トイレを褒めてた!」
「そこなの!?」
思わず突っ込むと、子どもたちは声を上げて笑った。
「姫様。すっかり人気者ですね」
七海はどこか嬉しそうに微笑む。
「悪魔姫として褒められてる気がしないんだけど」
「十分かと思います」
その頃、聖香はゴブリンたちへ次々と料理を配っていた。
「どうぞ。まだたくさんありますから」
「聖女様、ありがとうございます!」
「おかわりもありますよ」
「本当に聖女様だ……」
「さっきまで結界張ってた人とは思えないわね」
私が苦笑すると、聖香は照れくさそうに笑う。
「みんなで食べた方がおいしいですから」
焚き火がぱちぱちと音を立てる。
笑い声が村中へ広がり、ゴブリンも人間も関係なく杯を交わしていた。
悪くない夜だった。
だが、ものすごい衝突音がした。
「誰かが結界を攻撃しました!」
聖香は警戒するが、私は果実酒を飲みながら、
「この結界を破れるのなんて神くらいよ。そんな都合いい話なんかないわ」
「一応見て来ます!」
慌てて向かう聖香と警備のゴブリンたち。
衝撃音は続くが、私は果実酒を飲みながら様子を見ることにした。
しばらくすると、攻撃が止んだ。
あきらめたのか。
それとも。
「まあ、聖香がいるし大丈夫でしょ」
「姫様……」
心配が尽きない長老。
「姫様、戻りました」
聖香と警備ゴブリンたちが戻ってくる。
「なんだったの?」
「オカリナさんでした。いつまでも姫様が戻らないから心配して飛んできたら、結界に正面衝突したみたいです」
「それで結界を壊そうとしてたの?」
「はい。とりあえず宴会が終わるのを待つように伝えておきました」
そう言われて、もしかしたらと思って念じてみた。
すると影から次々とほぼ全裸のオッサンたちがマッスルポーズで現れた。
「水の四天王アクアマリン!」
「火の四天王フレア!」
「大地の四天王サムス!」
「雷の四天王ボルト!」
『姫様、お会いしとうございました!』
「ひぃ、なんですかこの者たちは!」
突然現れた、ほぼ全裸のオッサンの登場に腰を抜かす長老やゴブリンたち。
「やっぱり来ていたのね」
私は一安心する。
四天王という名のインフラ要員が来てくれたら今後の生活は安泰だ。
「大元帥が姫様を探しに行くと申されまして、ついて来たのです!」
「一応聞くわ。どうやって来たのよ?」
「水神竜に乗って来ましたが?」
「持ち金は?」
「......姫様が持って来ているのでは?」
「持って来てないから帰れないのよ」
「とりあえず姫様。大元帥も呼んであげて下さい。結界の外で拗ねられても人間に見つかって面倒が増えるだけです」
「え? 呼べるの?」
「......むしろ知らなかったんですか?」




