姫様、営業成績一位になります。
私が働き出して一週間後。
「姫様、行ってらっしゃいませ」
七海が割烹着を着て送り出してくれる。
あれから七海も何社か就職したものの、就業規則や雇用契約書の改善案を初日に提出しては、「新人の仕事ではない」と毎回クビになっていた。
今では午後から短時間の八百屋でアルバイトをしている。
「参謀長官だった人が八百屋って人生わからないわね」
私はそう言いながらも、転生前は独り身だったため、帰宅時に人がいると安心した気分になった。
街に唯一ある『不動産スマイリー』。
「ミナエさん。すごいですね。入社一週間で営業成績一位ですよ」
私が営業成績の棒グラフを見ていると、受付嬢アキナは尊敬の眼差しで言ってくる。
「顧客のニーズに合わせて物件を用意しているだけよ」
元商社の私から見たら営業とは信用を売る仕事だ。
嘘をついて契約を取るのは簡単。
でも、その場では売れても二度と指名は来ない。
だから私は事故物件だろうが雨漏りだろうが、欠点も全部説明する。
それでも契約してくれたお客様とは、長い付き合いになるものだ。
――さて。
今日も一日、働きますか。
しばらくして、アキナが私に話しかけてきた。
「ミナエさん。名指しでお客様がお見えです」
「名指しで?」
私は席を立つと受付に行く。
「姫様!」
そこには旅人の格好をした聖香が立っていた。
「姫様! 何日待っても帰って来られませんでしたので、お迎えに来ました!」
「お金がなくて帰れないだけよ」
「七海さんから聞きました。帰りの船代を稼ぐために働いているそうですね」
「どうやって来たのよ?」
「水神竜様が片道金貨五枚で送って下さいました」
「帰りはどうするのよ?」
「考えてませんでした!」
「考えなさいよ!」
「てっきりお二人のことだから、バカンスを楽しんでいるものと思っていましたので、私もあわよくば乗っかろうかと」
「ちなみに帰るには金貨二百枚必要よ?」
「そんな。私金貨三枚しか持って来ていませんよ?」
「あなた、奢らせる気満々で来たわね......」
でも聖香は役に立つ。
社長に試用期間として雇ってもらうことにした。
営業成績一位の発言力は強い。
信用は、数字になって返ってくる。
これも前世で学んだことだ。
「ここよ」
私は聖香とアキナをつれて元ゴキブリと大男がいる屋敷に来た。
「見た感じ事故物件ですね」
「除霊して」
「はい?」
「聖女でしょ?」
「除霊士と同じ扱いしないでいただけませんか? 一応聖女なんですけど!?」
「だからよ」
聖香は渋々屋敷へ入っていく。
数秒後。
「ひぃぃぃぃっ!!」
凄まじい悲鳴が屋敷中へ響き渡った。
「前世ゴキブリの地縛霊ぉぉぉ!!」
私は腕を組み、
「大男は気にしないんだ」
と、つぶやいたのだった。
数分後。
「 神域絶対結界」
屋敷全体を眩い光が包み込んだ。
窓という窓から白い光が溢れ出し、禍々しい瘴気は一瞬で浄化されていく。
「ぎゃあああああっ!!」
「熱いぃぃぃ!!」
屋敷の中から、大男と元ゴキブリの悲鳴が同時に響いた。
やがて光が消える。
私はゆっくり屋敷へ入った。
「終わった?」
「はい!」
聖香は胸を張る。
「悪霊はすべて浄化しました! 害のない霊は対象外です!」
すると部屋の隅から、煤だらけになった元ゴキブリがひょこっと顔を出した。
「あの……私は悪霊ではなく地縛霊だったので、ギリギリ生き残りました」
「なんでよ!」
「ゴキブリの固有スキル『生命力』が発動しました!」
「迷惑なスキル発動させないで!」
一方、大男の姿はどこにもなかった。
「本当に大男だけ消えたの?」
「はい。これで安心して住めます」
「むしろあなたが消えて欲しかったんだけど」
「そんな! 元はゴキブリといえど今は純粋な地縛霊です!」
「ゴキブリの要素が強すぎるのよ!」
「姫様。これはこれで使い道がございます」
聖香は真面目な顔をすると、
「ヘイトをとることができます」
「どういうこと?」
「今後敵が現れたらこの地縛霊を真っ先に投げ込みます。敵は誰よりも地縛霊を倒しに行きます。その間に私たちは逃げるのです」
「ゴミ扱いしないで!」
拒否をする地縛霊。
「問題は共に旅をしたくないということです」
「完全な使い捨てじゃない!」
「ゴキブリの使い道なんか考えたことないから、急に言われても困るんですよ!」
「そんなひどいこと言うなら仲間を呼ぶわよ! ミナエ様も私に恩義があるなら助けるべきよ!」
「恩義なんかないわよ。むしろ今、恩を仇で返されてる気分よ」
「そ、そんな......」
涙ぐむ地縛霊。
「いつか見てなさい! 地縛霊たちの時代が来るんだから!」
捨て台詞を吐いていなくなった地縛霊なのであった。
「……あっという間にいなくなりましたね」
「さすが元ゴキブリ。逃げ足だけは世界一ね」




