姫様、新大陸に到着します。
コンダクタ港に到着した私たちを待っていたのは、この地に派遣されている海王ポセイドンだった。
「姫様! どうかお助けください!」
「どうしたのよ突然」
息を切らしたポセイドンは、必死の形相で頭を下げた。
「水神竜様が網にかかり、セリにかけられようとしております!」
「……は?」
私は思わず聞き返した。
「水神竜が?」
「はい!」
「海を支配する神様よ?」
「はい!」
「漁師さんの網に?」
「はい!」
「……」
私は隣に立つ七海を見た。
「どう思う?」
「漁業法に神は想定されておりません」
「そこじゃないのよ!」
私たちは慌てて港の市場へ向かった。
市場には大勢の人だかりができていた。
「こりゃ今年一番の大物だ!」
「本当に竜じゃねぇか!」
「今日の競りは盛り上がるぞ!」
歓声の中心には、巨大な網にぐるぐる巻きにされた青い竜が横たわっていた。
「……助けて」
か細い声が響く。
「本当に網にかかってる!」
私は思わず頭を抱えた。
「何やってるのよ!」
水神竜は気まずそうに目を逸らす。
「魚の群れを眺めていたら、一緒に引き上げられた……」
「神様なのに!?」
周囲の漁師たちは事情など知る由もない。
「さあ、それでは競りを始めます!」
競り人が木槌を高く掲げる。
「開始価格、金貨百枚!」
「金貨百二十枚!」
「百五十枚!」
「待ちなさーい!」
私は全力で人だかりの中へ飛び込んだ。
「その竜は売り物じゃないわ!」
競り人が首を傾げる。
「しかし、お嬢さん。この竜はうちの漁師が網で捕まえた獲物ですよ?」
「獲物じゃなくて神様!」
「証明できますか?」
「……」
私は七海を振り返る。
「七海」
「はい」
「法律的には?」
七海は少し考え込んだ。
「所有権の判断が困難です」
「どういうこと?」
「水神竜は神である一方、漁師が適法に網で捕獲しております」
「神を適法に捕獲って何よ!っていうか、水神竜なら人間の姿になれるんじゃないの? うちに住む古代竜や死の竜だってなれるわよ」
青い竜は少し考えると、
「あっ」
何かを思い出したような声を漏らした。
次の瞬間、青い光に包まれる。
巨大な竜の姿は消え、一人の青髪の青年が網の中に座り込んでいた。
「……なれた」
「忘れてたの!?」
私は思わず叫んだ。
「久しぶりに人間の姿になったのでな」
「そこ忘れるところじゃないでしょう!」
市場中が静まり返る。
競り人は目を丸くした。
「りゅ、竜が人間になった……?」
漁師たちも顔を見合わせる。
「本当に神様だったのか?」
「だから最初からそう言ってたじゃない!」
私は両手を広げた。
「信じてもらえませんでしたので」
七海が淡々と補足する。
競り人は慌てて木槌を下ろした。
「競りは中止だ! 神様を売るわけにはいかん!」
「助かった……」
水神竜は胸をなで下ろす。
「危うく夕飯のおかずになるところだった」
「神様が市場に並ぶこと自体がおかしいのよ!」
すると年配の漁師が、おずおずと手を挙げた。
「その……神様」
「何だ?」
「網、弁償してくれませんか?」
市場は一瞬静まり返る。
水神竜は網を見下ろした。
巨大な体でもがいたせいで、網は見事にボロボロになっている。
「あ……」
「……」
水神竜は私をチラリと見たが、
「私は払わないわよ?」
「え?」
「働いて弁償することね」
「働いたことがない!」
「なら、近くの大陸まで乗せていってちょうだい。駄賃として網の弁償代を肩代わりするわ」
「わかった!」
こうして、私たちは水神竜に西の大陸へ向けてラスボス島を旅立ったのだった。
「ここが一応港町ね」
たどり着いたのは先ほどのコンダクタ港より古い港だった。
石畳はところどころ欠け、木造の倉庫も年季が入っている。
スターフィールドなら舗装されているはずの道も、土がむき出しのままだった。
「姫様。オーボ港と看板があります」
「大陸は変わっても言語は共通なのは助かるわ」
私には他に確認したいことがあった。
七海と《《アレ》》を探すことにした。
「姫様。どこを探しても水洗トイレはございません」
「もう帰りたいんだけど」
「とりあえずプレハブ小屋を買い取って、水洗トイレをアクア様に作ってもらい、拠点としましょう」
「そうね」
私は念じたが反応がない。
いつもなら四天王が出てくるはずなのに。
「その様子だと大陸の移動は不可能ということですね」
「というよりも、私たちってどう帰るの?」
「札束で殴れば船は出してくれるでしょう」
「私、そんなに持ち金ないわよ?」
「安心してください」
七海は涼しい顔で頷いた。
「姫様のお財布には期待しておりません」
「それどういう意味?」
「スターフィールドの国家予算ならございます」
「国家予算で帰る気なの!?」
「帰国は国家事業ですので」
「いや、その前に!」
私は港町を見回した。
「この大陸、お金使えるの?」
七海は財布から金貨を一枚取り出し、表裏を眺める。
「試してみましょう」
近くの露店へ歩み寄ると、焼き魚を売っていた店主が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい!」
「こちらの金貨は使えますか?」
店主は金貨を受け取り、目を丸くした。
「見たことねぇ金貨だな……」
やっぱり。
私は肩を落とした。
「でも金だろ?」
店主は歯で軽く噛み、重さを確かめる。
「本物なら買い取ってくれる商人はいくらでもいる。釣りは出せねぇが、そのままなら使ってもいいぞ」
「使えるの?」
「価値が分かればな」
七海が小さく頷く。
「貨幣は違いますが、金そのものの価値は通用するようです」
「つまり?」
「資金面の問題は解決しました」
「じゃあ帰れる?」
「いいえ」
「何でよ!」
「船がございません」
「そうだった!」
七海は港を見渡す。
停泊しているのは小型の漁船ばかり。
ラスボス島まで渡れるような大型船は一隻も見当たらない。
「つまり」
七海は静かに結論を告げた。
「しばらく、この大陸で暮らすことになりそうです」
「私のスローライフ、また遠ざかったんだけど……」




