姫様、サミットに参加します。
東の大国タンバリ。
世界有数の人口を誇っていたその国は、今では見渡す限り瓦礫の山となっていた。
復興を始めて二日目。
早くも、大きな問題にぶつかっていた。
「元通りにまでしかしないというのはどういうことか!」
タンバリ国王は机を叩く。
「私のしもべであるリィナがしでかしたことだから、元通りにまでしかするつもりはないわよ」
「悪魔か貴様は!」
「古の悪魔姫に向かって何言ってるのよ?」
「スターフィールドは文明は我が国よりも遥かに優れていると聞く。上下水道も病院も道路もあるのだろう? 復興するなら、そこまでやってくれてもよいではないか」
「なら、お金出してよ」
「そんな金はない!」
国によって貨幣価値も生活水準も違う。
その差が、ここで露わになってしまった。
タンバリ国王と話し合いが決裂し、私のプレハブ小屋に戻ると、幹部たちが私を待っていた。
「姫様」
魔王が困った表情で口を開く。
「負傷者の治療は順調です。しかし、このままでは工事が進みません。それに、作業員の食料も底をつき始めています」
「わかってるわ。食べ物ね」
この国には米を食べる文化がない。
主食は干からびたパンと冷めたスープ。
おまけに──
「これだから他国に来たくないのよ」
汲み取り式ですらないトイレ。
衛生環境まで最悪だった。
私は絶望の波動を抑えるだけで精一杯だった。
スターフィールドほどの財政があれば、この国の暮らしを変えることもできるだろう。
でも、そこまでする義理は、私たちにはこれっぽっちもない。
とりあえず、千尋の作物だけは特別価格で売ってあげるとして。
問題は、それ以外だ。
赤字覚悟でタンバリを立て直すべきか。
それとも、最低限の支援だけで引き揚げるべきか。
「悩んでおるようじゃのう」
リィナがひょっこり姿を現した。
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「悪気はなかったから仕方がないのう」
「悪気がなければ何をやってもいいわけじゃないでしょ!」
私が頭を抱えていると、オカリナが当然のように進言した。
「文句を言う国王なんか抹殺し、タンバリを姫様の手中に治めれば良いじゃないですか」
「広大すぎて人材が足りないのよ」
「明日は修復した会場でサミットが行われるのでしょう? いかがなされますか?」
「……そうだったわね」
私は大きくため息をついた。
「どうせ各国の王様が集まるなら、一度まとめて話をつけた方が早そうね」
「交渉なさるので?」
「ええ。復興支援はする。でも、スターフィールドが全部負担する気はないってね」
部屋の中が静まり返る。
最初に口を開いたのは魔王だった。
「しかし、各国の王たちが納得するでしょうか」
「納得しなくても構わないわ」
私は椅子にもたれかかった。
「私たちは慈善団体じゃない。国家として来てるの。国民の税金を使って他国を発展させるなら、それ相応の見返りが必要よ」
「見返り、ですか?」
「例えば食料の輸入契約でもいいし、鉱山の採掘権でもいい。何もないなら、将来的な返済でもいい」
リィナが首をかしげる。
「妾には難しい話じゃのう」
「要するに、タダ働きはしないってことよ」
「なるほど!」
リィナは満面の笑みで頷いた。
「つまり妾の尻拭いも有料ということじゃな!」
「そこは無料で反省しなさい!」
思わずツッコミを入れる。
魔王は咳払いを一つすると、真剣な表情になった。
「姫様。その条件を受け入れられない国はどうなさいますか」
「元通りにして帰るだけ」
私は即答した。
「道路も家も元に戻す。それで依頼は完了。それ以上の発展は、その国が自分で頑張ればいい」
「……なるほど」
魔王は静かに頷く。
「では、明日のサミットはその方針で」
「ええ」
私は窓の外を眺めた。
瓦礫の向こうでは、スターフィールドの作業員たちが汗を流しながら復興を続けている。
「あの人たちは、うちの大事な国民なんだから」
だからこそ。
他国のために、無制限に働かせるつもりはなかった。
翌日。
タンバリ王城の大会議場。
リィナによって半壊した建物は、スターフィールドの建設班によって一晩で修復されていた。
「……本当に一日で直したのか」
「信じられん」
各国の王たちは、修復された会場を見上げながら驚きの声を漏らす。
その横を、私は堂々と歩いた。
「姫様、お席はこちらです」
案内役の兵士が頭を下げる。
私の席は、タンバリ国王の真正面。
どうやら、最初から議論の中心に据えるつもりらしい。
「それでは、これより大陸サミットを開催する!」
タンバリ国王が立ち上がる。
「まず議題は、タンバリ復興についてだ」
予想どおりだった。
国王は私を指差す。
「スターフィールドは驚異的な技術力を持ちながら、それを我が国へ提供することを拒んでいる!」
会場がざわめく。
各国の王たちの視線が一斉に私へ向けられた。
「悪魔姫よ。本当なのか?」
誰かが問いかける。
私は静かに立ち上がった。
「ええ。本当よ」
その一言で、会場の空気が張り詰めた。
「でも、一つだけ訂正させてもらうわ」
私は各国の王たちを見渡す。
「私は復興を拒否した覚えはない。うちのしもべが犯した以上、元通りにする責任は果たす。でも、それ以上は別の話よ」
「別の話、だと?」
「上下水道、病院、舗装道路。そういう国を豊かにする事業は、復興じゃなく投資なの」
私は一拍置いて続けた。
「そして、投資には対価が必要。それが国家ってものでしょう?」
会場は静まり返った。
「それに、立派な施設を造ったところで終わりじゃないの」
私はゆっくりと各国の王たちを見渡した。
「上下水道にも病院にも維持費がかかる。修理する人も、運営する人も必要よ」
一拍置いて続ける。
「施設だけ立派になっても、維持できる人がいなければ、結局は元に戻るだけ」
誰も反論しなかった。
いや、一人だけ、東方の老王が静かに手を挙げた。
「では悪魔姫よ。対価とは具体的に何を望む?」




