小話 破壊神、アルバイトを始めます。
ある日、いつも通り部屋に閉じこもり、ベッドに寝転がってゲームをしていた私は、突然強烈な眠気に襲われた。
そして――
「篠宮紬さん。御愁傷様でした」
気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。
目の前には頭に天使の輪を浮かべた少年。
ああ、これは夢だな。
そう結論づけることにした。
「紬、死んでしまったのです?」
どうせ夢だ。乗ってやろう。
「はい。残念ながら」
「死因は?」
「説明が難しいのですが……」
天使は困った顔をした。
「ゲームでゲームオーバーになったじゃないですか」
「はい。レベルが足りませんでした」
「で、間違ってプレイヤーを死亡させてしまいました」
「理不尽なのです」
「本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げる天使。
どうやら夢ではないらしい。
理不尽だが、本当に死んだようだ。
まあ、いいか。
学校にも行っていなかった。
友達もいない。
家族ともろくに口をきいていない。
生きていても仕方がなかった。
紬はそう思った。
「お詫びとして、あなたに三つの力を与え、転生させてあげます」
「神様になりたいのです」
「他には?」
「ありません」
「え?」
「神様だけでいいのです」
「欲がなさすぎません?」
「面倒なのです」
天使はしばらく悩んでいたが、
「わかりました」
天使は笑った。
「とびっきりの神にしてあげます」
と頷いた。
「では、良い転生を」
天使の声が遠ざかる。
そして紬の意識は闇に沈んだ。
⸻
次に目を開けたとき。
紬は公園のベンチに座っていた。
周囲には人間だけではない。
エルフ。
獣人。
様々な種族が行き交っている。
漫画で見たような異世界そのものだった。
「ここはどこなのです?」
近くを歩いていたエルフの女性へ声をかける。
「スターフィールドよ」
聞いたことのない国名だった。
「古の悪魔姫ミナエ様が治める国よ」
悪魔姫。
なんだか怖そうである。
紬が身構えると、女性は苦笑した。
「そんな顔しなくても大丈夫よ」
「怖くないのです?」
「世界一福利厚生が充実してるから、とても住みやすいわよ」
「本当に悪魔姫なのです?」
「悪魔姫よ」
ますますわからなかった。
「住民になりたいなら、|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》に行けば家と仕事を紹介してもらえるわ」
「家も?」
「家も」
「仕事も?」
「仕事も」
異世界なのに、悪魔姫が統治してるのに何故か福利厚生がしっかりしている。
紬は少し感動した。
⸻
プリンセス・サーバンツ本部。
「いらっしゃいませ」
受付のエルフが笑顔で迎える。
「住民登録をしたいのです」
「かしこまりました」
手続きを終えると、水晶玉による適性検査が始まった。
しばらくして受付が首を傾げる。
「珍しいですね」
「何がです?」
「適職が一つしかありません」
「勇者とか魔法使いですか?」
「うどん屋です」
「うどん屋なのです?」
神様になったはずなのに。
適性がうどん屋だった。
「まずはアルバイトからになります。住居はワンルームでよろしいですか?」
「はい」
紬は少しだけ泣きそうになった。
⸻
地図を頼りに職場へ向かう。
店の看板には、
『うどん処 がんぞう』
と書かれていた。
店内へ入る。
「ヘイ、ラッシャイ!」
奥から現れたのは筋骨隆々の獣人だった。
白い手ぬぐい。
太い腕。
無数の火傷の跡。
どう見ても職人である。
「今日からアルバイトのツムギです」
「おう」
店主は短く答えた。
「ワシはガンゾウ。うどん一筋三十年だ」
「三十年」
「うどんを打つために生まれ、うどんを打つために生きている」
「他に趣味はないのです?」
「ない」
即答だった。
「裏で着替えてこい」
「はい」
⸻
紬が扉を閉めた瞬間。
ドォォォォン!!
店の壁が吹き飛んだ。
「……」
「……」
二人とも固まる。
「お前、何した?」
「普通に扉を閉めただけなのです」
「そうか」
「驚かないのです?」
ガンゾウは厨房を見た。
うどんは無事だった。
「うどんに被害は出てねぇ」
「それだけなのです?」
「それだけだ」
職人だった。
⸻
更衣室へ向かう。
ロッカーを開ける。
制服を取り出す。
ロッカーを閉める。
ドォォォォン!!
更衣室が消えた。
「店長」
「なんだ」
「更衣室がなくなったのです」
「外で着替えろ」
「雑なのです」
⸻
トイレを流した。
トイレが消えた。
厨房の蛇口をひねった。
流し台が消えた。
窓を開けた。
窓が消えた。
二時間後。
店は厨房と机だけになっていた。
⸻
「修理依頼を受けて来たんですが……」
呆然とした声が響く。
現れたのはトランペット村村長ヴィオラだった。
「ほぼ更地ですね」
「テロだ!」
ガンゾウが叫ぶ。
「村にテロリストがいる!」
「姫様のお膝元にそんな命知らずがいるとは思えませんが」
ヴィオラは紬を見る。
「この子は誰です?」
「ツムギといいます。先ほどから働くことになったのです」
「なるほど」
ヴィオラは真顔になった。
「姫様への報告案件ですね」
「え?」
「おそらくこの子は神です」
「え?」
「しかも破壊神ですね」
ガンゾウが目を輝かせた。
「商売繁盛の神か?」
「話聞いてました?」
その瞬間。
バキン。
誰も触っていない店の看板が真っ二つになった。
「あ」
紬は空を見上げた。
「……ごめんなさいなのです」
「確定ですね」
ヴィオラは遠い目をした。
「七海様が頭を抱える未来が見えます」
「誰なのです?」
「スターフィールドで一番苦労している人です」
⸻
その頃。
城ではミナエが昼寝をしていた。
「姫様」
七海が書類を持って現れる。
「なに?」
「新しい神様が発見されたそうです」
「へぇ」
「破壊神です。早速うどん屋をほぼ消滅させたそうです」
沈黙。
「返品できない?」
「無理です」
「そう……」
ミナエは毛布を頭まで被った。
「寝る」
「現実逃避しないでください」
こうしてスターフィールドに新たな住民が加わった。
後に国中の建物を恐怖に陥れることになる少女、
篠宮紬。
破壊神である。
なお、本人は最後まで、うどん屋の適性が出た理由の方が気になっていたのだった。




