姫様、暇を持て余します。
私がアンダンテ国に滞在してから一ヶ月。
「ひぃ、ひぃ」
今日もフラット王女は汗だくになりながら裕美子自作のチャリンコ8号を漕いだあと、縄跳びを始めた。
「ジャージ姿も様になってきたわね」
暇すぎて一緒に縄跳びを始めた私。
「姫様」
七海が冷静にツッコむ。
「暇なら仕事をしてください。トランペット村から毎日のように申請書が届いてます」
「断る」
即答だった。
「一ヶ月も他国に滞在してるのよ? 私は十分働いたわ」
「何をなさったのですか?」
「応援」
「それは仕事ではございません」
「フラット王女の精神的支柱よ」
「むしろストレス源かと」
失礼な。
私はただ毎日フラット王女に、
『頑張れー』
と言っていただけである。
すると。
「三百九十八!」
ウォーキングが大声で叫んだ。
「三百九十九!」
相変わらずパンツ一丁である。
「四百!」
フラット王女が涙目で叫ぶ。
その瞬間。
ドサッ。
地面に倒れた。
「あっ」
「王女様!」
兵士たちが駆け寄る。
裕美子も慌てて飛び出した。
「だ、大丈夫!?」
「む、無理です……」
地面に寝転がったままフラット王女は空を見上げる。
「もう……限界です……」
「まだ午前中よ?」
「だからです……」
正論だった。
私は近づいて顔を覗き込む。
すると。
以前より明らかに顎のラインが細くなっていた。
「痩せた?」
「本当ですか!?」
フラット王女が飛び起きる。
「はい」
七海も頷く。
「十七キロほど」
「そんなに!?」
私が驚いた。
「裕美子様が開発した『銭湯に置いてありそうな体重計』は正確です」
「何故か毎回銅貨一枚支払わされるアレ?」
「研究とは利益の上に成り立つものです」
裕美子は誇らしげだった。
何も誇らしくない。
その時。
城の方から兵士が駆けてくる。
「王女殿下!」
「な、何でしょう?」
「大変です!」
兵士は興奮した様子で叫んだ。
「パンツ一丁の怪しい奴がまたやって来ました!」
「ついに来ましたか。雷の四天王ボルト......」
「なんで神妙な顔つきで言うのよ」
「お待たせしました。で、我は何をすれば?」
とりあえず服を着させられたボルトは聞いてくると、
「ランニングマシンを作りたいんだけど電気がいります。そのために呼んでもらいました」
裕美子が答えた。
「我は雷を落とすのが役割であって、電気屋じゃないのだが......そもそもランニングマシンって、そこら辺を実際に走れば良いではないか」
正論を述べるボルト。
その場にいた全員が黙った。
「確かに」
私が頷く。
「確かにじゃないわよ!」
裕美子が叫んだ。
「文明を否定する気!?」
「いや、ただ走ればよいではないか」
「研究者の夢を否定しないで!」
「夢というか横着では?」
さらに正論だった。
するとフラット王女が弱々しく手を挙げる。
「あの……」
「何でしょう?」
「外を走るのはちょっと……」
「何故だ?」
「民衆に見られます」
「別によいではないか」
「王女ですから!」
「なるほど」
ボルトは納得した。
そして。
「では城の周りを走ればよい」
「解決してない!」
フラット王女が泣きそうだった。
すると七海が冷静に口を開く。
「ボルト様」
「なんだ?」
「電力供給にご協力いただければ、スターフィールドでアルバイトから正社員に雇用いたします」
ボルトの表情が変わった。
「福利厚生は?」
「完備です」
「休日は?」
「週休二日」
「住居は?」
「支給いたします」
「我は電気屋になる」
『判断が早い!』
私とフラット王女の声が重なった。
しばらくして。
「ついにできました。ランニングマシン55号」
「54号までどこいったのよ」
「死にました」
「いつのまに!?」
「聞いて驚かないでください。このマシン、なんと傾斜が百八十度まで傾きます!」
「それ壁じゃない」
「違います。天井です」
「もっとダメじゃない」
「やっぱり円形じゃないとやる気が起きませんか?」
「ハムスター走らせるわけじゃないのよ?」
「でも、このランニングマシン。時速百キロからスタートします」
「誰が走れるのよ」
するとボルトが、
「時速百キロ程度なら雷より遅いです」
「比較対象がおかしいのよ」
こうして今日も厳しいスケジュールをこなした後。
「み、みずー!」
フラット王女は桶に汲んでおいた水を一気に飲み干す。
「それにしてもよく続けられるわね。全国大会常連校も真っ青なトレーニング内容よ?」
私もずっと縄跳びをしていたが、全く疲れない。古の悪魔姫の身体は疲れを知らないらしい。
「はい。根性があります」
七海も納得をしていると、
「だって、今が痩せられる最後のチャンスなんです。今までちょっと疲れただけで挫折して続けられませんでした。でも、今なら仲間がいます!」
「仲間になった覚えなんかないわよ。むしろ早く帰りたいんだけど」
「そんな! 一ヶ月近く苦労を共にしてきた仲じゃないですか!」
「苦労してたのあなただけじゃない」
私は現実を突きつけると、七海が報告してきた。
「姫様。アンダンテ城内の水洗トイレの改修が終わりました」
「じゃあ、次は大浴場ね」
「ご希望通りジャグジーバスも作らせております」
「プールもほしいわ」
「水の四天王アクア様にそう申しつけております」
「一応聞くけど、どこからそんな資金出てるの?」
「姫様の小遣いから差し引いてますが」
「なんで私の財布が他国のインフラに投資してるのよ」
「姫様が命じましたので、姫様が支払うのは当然かと思います」
「国庫から出しなさいよ」
「ODAするほど、スターフィールドは豊かではございません」
「私の財布はもっとひもじいのよ?」
こうして、さらに二ヶ月。
「見て下さい! ついに私、普通サイズのドレスが着られるようになりました!」
新品のドレスを着てくるくる回るフラット王女。
周囲が静まる。
「あなたのこと忘れてたわ」
「そんなぁぁぁぁぁ!」
暇すぎて人生ゲームの開発をしていた私たちなのであった。




