姫様、帰れなくなります。
アンダンテ国が無傷で手に入る。おそらく流れでコンダクタ皇国まで手に入る。
オカリナなら即決で承諾するだろう。
しかし私の望みは、自宅で寿司を食べる。もしくはトランペット村に寿司屋を作る。なのだ。
仕事を増やしてまで寿司を食べたいとは思わないのだ。
国なんかいらない。
寿司だけ置いて帰ってくれないだろうか。
私が返答に困ると、七海がたずねた。
「フラット王女に神のドレスは必要なくなるので返品になりますよね? そして二国のインフラに大量の資金が必要になります。さすがにスターフィールドにそこまでの資金力はございません」
私は思わず七海を見る。
「資金ってそんなにないの?」
「ございません」
即答だった。
「え?」
「姫様はスターフィールドを何だと思っておられるのですか?」
「豊かな国」
「正解です」
「じゃあ大丈夫じゃない」
「豊かですが無限ではございません。現にトランペット村の主食は今でも毒キノコじゃないですか。ホルンの農作物の供給量が安定するのも数年先ですし」
七海は机の上へ羊皮紙を広げる。
「アンダンテ国の水道整備」
指を一本立てる。
「莫大な費用がかかります」
次にもう一本。
「コンダクタ皇国の復興支援」
さらに一本。
「港湾整備」
さらに一本。
「漁業施設建設」
さらに一本。
「輸送網整備」
「待って」
嫌な予感がする。
「寿司一貫いくらになるの?」
「現時点で城が数十軒建つ程度でしょうか」
「高級寿司にも程があるわ!」
私は机を叩いた。
七海は淡々と続ける。
「さらにアンダンテ国が属国化した場合」
「まだ続くの?」
「|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》の統合」
「やめて」
「学校や医療設備の建築、人員教育」
「やめて」
「身分差別の問題解消」
「やめなさい!」
私は頭を抱えた。
「寿司食べたいだけなのに何で国家運営シミュレーションみたいになってるのよ……」
「姫様が寿司を食べたいからです」
七海は真顔だった。
反論できない。
「では諦めますか?」
フラットが尋ねる。
私は腕を組んだ。
寿司。
食べたい。
だが仕事は増やしたくない。
寿司。
仕事。
寿司。
仕事。
「……寿司」
「姫様?」
「なんとか仕事を増やさずに寿司だけ手に入れる方法を考えない?」
「発想が経営者ではなく消費者なんですよ」
「いきなり国を譲渡されるなんて思うわけないでしょ」
「つまり姫様は寿司。フラット王女様はインフラ。裕美子様は研究費です」
「そうね。私は食卓で寿司が食べられたら文句は言わないわ」
「ならばフラット王女様。アンダンテ国がコンダクタ皇国を併合なさってはいかがでしょうか?」
「え?」
「この首都にも貧民街があると聞いております。希望者を募り、コンダクタの海岸線へ移住させるのです」
「なるほど……」
「漁業都市を建設し、その利益でインフラを整備する。私たちは魚を買います」
「つまり寿司ね」
「つまり寿司です」
「ちょっと待ってください。併合されるのはどこでもいいんですけど、研究費は!」
「我が国に移住して、|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》となり、働きながら研究なさってください」
「研究設備は?」
「用意します」
「研究予算は?」
「成果次第です」
「住居は?」
「福利厚生込みです」
「なら、構いません」
「即決!?」
「七海さん。何もない土地を開拓する資金はないんです」
フラット王女が言うと、
「ドレス返品したら、支払ってきた分がなくなるので資金繰りに困らないと思いますが」
「でも、このドレスがなければ私は......」
「神のドレス。フラット王女に必要ですか?」
「でも、ドレスがあるから私はデブじゃなくなる......」
神のドレスは理想の姫様像に対象者の体型を変えることができるのだが。
「なら、ダイエットしましょう」
静かに七海は笑顔で答えるのであった。
「そんな簡単に言わないでください!」
「国を売ろうとするより簡単だと思いますが」
「反論できません……」
黙っていたアンダンテ国王も、領土が無傷で手に入って栄えるならかまわない。フラット王女が痩せるなら。ということで、その日は城で寝泊まりすることになった。
翌日。
庭の中央で裕美子が誇らしげに立っていた。
「これが徹夜で開発したチャリンコよ!」
トレーニングジムで見たような自転車が城の庭に置かれていた。
昨夜騒がしかったのはこれか。
「ダイエットと来たら基本中の基本ね」
そう言われて納得する私。
「別に作らなくても、ランニングでいい気はしますが」
七海の言葉に、
「太った姿を誰にも見られたくないです」
フラット王女が強く反対した。
「てか、七海」
「はい」
「もしかして王女が痩せるまで帰れない?」
「ドレス返品してくれないと始まりませんから」
「寿司は?」
「痩せた後、都市開発してからですね」
「早くチャリンコこいでよ。帰れないじゃない」
私から絶望の波動が溢れ出すと、相変わらずのパンツ一丁の男が姿を現した。
「ひぃ!」
「我は、かつて友人のためにひたすら走った、人呼んで、『持久力の四天王ウォーキング』!」
「いきなりインフラ要素がないのが現れたわね」
「一日一万歩だ!」
「しかも急に現実的になったわね」
「チャリンコ要素ないですね」
「歩く方が健康に良いからな!」
「じゃあ徹夜でチャリンコ作った意味は?」
「ない!」
「ないんかい!」




