姫様、国を押し付けられます。
「それで、そちらの方は?」
フラットは私たちの向かいへ腰を下ろした。
相変わらず姿勢がいい。
王族というより優秀な官僚みたいだ。
「コンダクタ第一皇女裕美子です」
裕美子は名乗り出ると、フラットの眉がピクリと動いて言った。
「このドレスが私に伝えてきます。その影に忍び込んでいる者は誰ですか?」
すると影からルシアがゆっくりと姿を現した。
王の間の空気が一瞬で変わる。
現れたのは、雪のように白い長髪を腰まで伸ばした魔族の女性だった。
漆黒のドレスは夜そのものを切り取ったようで、露出の少ないはずの装いにもかかわらず、不思議な妖艶さを纏っている。
頭には黒い角。
背には蝙蝠を思わせる漆黒の翼。
そして何より。
宝石のような紫色の瞳だけが、静かに周囲を見つめていた。
そこに威圧感はない。
殺気もない。
だが、それが逆に恐ろしかった。
まるで長い年月を生きてきた猛獣が、今は牙を隠しているだけのような感覚。
「初めまして、フラット王女」
ルシアは優雅に一礼する。
その所作は王侯貴族にも引けを取らない。
「ルシアと申します。現在は裕美子様の研究助手を務めております」
その声は静かだった。
静かすぎて感情が読み取れない。
「研究助手?」
フラットが首を傾げる。
「はい」
ルシアは即答した。
「実験材料の調達、研究資料の整理、研究所の修繕などを担当しております」
「研究所の修繕?」
「爆発しますので」
「......失礼ですがコンダクタ皇国は何を考えてるのです? まして皇女様なら研究よりも民のことを考えるべきではないでしょうか?」
王の間が静まり返る。
裕美子は少しだけ目を伏せた。
普段ならすぐ反論するはずなのに珍しい。
しかし。
「考えてるわよ」
静かな声だった。
「え?」
フラットが目を瞬く。
「研究以外に興味がないと思われてるみたいだけど、一応考えてるわ」
裕美子は腕を組んだ。
「だって、研究が発展すれば国は豊かになるもの」
「ですが現状は……」
フラットが言い淀む。
言わなくても全員理解していた。
貧民国である。
「ええ。失敗してるわ」
裕美子はあっさり認めた。
私も七海も思わず顔を見合わせた。
認めるんだ。
「でもね」
裕美子は続ける。
「研究をやめたら、もっと終わるのよ」
その言葉に冗談はなかった。
「コンダクタ皇国には資源がない。農地も少ない。軍事力も弱い。だから研究で食べていくしかないの」
フラットが黙る。
「発明が当たれば国は助かる。外れたら研究所が吹き飛ぶ」
「後半がおかしいのですが」
「でも当たりもあるわよ?」
裕美子は胸を張った。
「過去に売れた発明は?」
七海が聞く。
「自動芋皮むき機」
「他には?」
「高速芋皮むき機」
「他には?」
「連続芋皮むき機」
「芋しかないじゃないですか!」
裕美子は机を叩いた。
「芋を馬鹿にしないで! うちの主食なのよ!」
「だから国民が貧しいのでは?」
「ぐふっ!」
フラットの正論が直撃した。
ルシアは静かに頷く。
「私もそう思います」
「味方がいない!」
フラットは咳払いをすると、
「で、察するにスターフィールドに支援を求めて、アンダンテ国に相談をしに来たってところでしょうか?」
「そうね。今後ドレス代をまけるからコンダクタ皇国にまわしてもらいに来たのよ」
「それは構いませんが、どうして?」
「コンダクタ皇国の海岸線の権益が欲しいのよ。理由は魚を食べたいだけなんだけど。協力してくれたら魚のお裾分けをするわよ」
「我が国に損失はない......ですか」
「むしろ分割金が安くなるわよ」
「ミナエ様。私から提案がございますので聞いていただけませんか?」
「かまわないわよ」
「スターフィールドの技術を私たちの国に支援していただけませんか?」
「技術というと?」
「その、恥ずかしい話ですが水道と水洗トイレと湯船の技術提供をしていただきたいのです」
「あぁ……」
確かにスターフィールドのインフラは他国よりはるかに勝る。
元々は魔の森の辺境だったからこそ、一から全部作り直した。
結果として、
水道。
下水道。
水洗トイレ。
公衆浴場。
さらには医療制度まで整備されている。
他国から見れば異常な発展速度だろう。
「もちろん対価はお支払いいたします」
フラットは真剣な表情で続ける。
「民の生活を豊かにしたいのです」
王の間が静かになる。
先ほどまで魚だの寿司だの話していた空気とは違う。
王女としての願いだった。
「……なるほどね」
私は椅子にもたれかかった。
「それで?」
「それで、とは?」
「フラット。あなたは何を差し出せるの?」
フラットは一瞬だけ考え込む。
そして。
「我が国アンダンテはスターフィールドの属国化を希望します!」
「え?」
「あの聖法国ホルンが見違えるほどに豊かになったと聞き及んでおります。正直私には短時間で国の民を豊かにすることはかないません」
「嫌よ」
「なんでですか!? 労せず領土が広がるんですよ?」
「忙しくなるじゃない!」
「ですが、私の理論だとコンダクタの領土も手に入ります。寿司とやらが食べ放題ですよ!」
「領地運営と寿司の価値が釣り合ってないじゃない! ホルンの時だって聖香に運営を押し付けるまで半年も缶詰状態にされたのよ?」
「領地運営はお父様と私にお任せくださいませ!」
「フラット王女さぁ、水洗トイレとお風呂のために国を譲ろうとしてない?」
「当然です!」
フラットは即答した。
迷いが一切ない。
「民が毎日清潔な水を使えるのですよ?」
「国より大事なの?」
「大事です」
「即答したわよこの子」
私が頭を抱えていると、
国王が静かに手を挙げた。
「フラット」
「はい、お父様」
「流石に国を売る前に相談してほしい」
「ですが、お父様」
「相談してほしい」
珍しく国王が真顔だった。
「王族としてではなく父として言う」
「はい」
「交渉の初手で国を差し出すのはやめなさい」
「反省いたします」
「本当に?」
「次からは都市単位にします」
「反省してない!」




