姫様、併合を申し込まれます。
「それで?」
私はお茶を一口飲みながら裕美子を見る。
「何が目的なの?」
わざわざ皇女自ら訪ねて来たのだ。
まさか世界征服の勧誘だけではあるまい。
すると裕美子は真剣な表情になった。
「単刀直入に申し上げます」
そう言って立ち上がる。
そして。
「コンダクタ皇国をスターフィールドに併合してください」
部屋が静まり返った。
私はお茶を噴き出した。
「ぶふっ!」
「姫様!?」
オカリナが慌ててタオルを持ってくる。
「いやいやいやいや!」
私は机を叩いた。
「普通逆でしょ!?」
「逆とは?」
「侵略とか征服とか!」
「研究予算が増えるならどちらでも構いません」
「こいつ研究以外どうでもいいんだけど!」
私が叫ぶと、裕美子は不思議そうな顔をした。
「だって、スターフィールドの研究予算は潤沢なのでしょう?」
「まあ、さっきも日傘を開発してたしね」
「就職率100%」
「働かざる者食うべからずが法律だからね」
「治安良好」
「犯罪犯したら毒キノコの実験に遭うからね」
「研究者の地位は?」
「当然あるわね。作りたくても専門じゃないから試行錯誤だし、正直考えるのも面倒だし」
「素晴らしい!」
裕美子は机を叩いた。
目が輝いている。
完全に危ない研究者の目だった。
「姫様!」
オカリナが興奮する。
「ついに人間国家が魔族領への服属を申し出ました!」
「研究費目当てだけどね」
「理由など些細な問題です!」
「よくないでしょ」
するとルシアが静かに手を挙げた。
「ちなみに我が国の研究者の八割は同意見です」
「多くない?」
「残り二割は既に移住準備を始めております」
「もっと多かった」
私が唖然とした時に、それまで黙っていた七海が地図を広げて意見を述べて来た。
「私は併合に反対です。コンダクタ皇国はスターフィールドからの飛地にあります。コンダクタが研究の結果文明が発達したとして他国はどう見るでしょうか?」
するとオカリナが、
「うらやましい。自分たちも姫様に従属したいと後悔するに違いないな」
それを聞いて七海が首を横に振る。
「まさか。姫様を知らない人間から見て、古の悪魔姫は恐怖の存在でしかないんですよ? 飛地であるコンダクタを攻める理由になりますし、ここからでは援軍も簡単に出せません」
そして七海はコンダクタ皇国の西を指差す。
「コンダクタは西側に海岸線がございます。つまり海に面しております」
「海の家か!」
オカリナがいかにも閃いたといった顔をしたが、
「いえ、海からは貴重な塩を手に入れることができます。塩の価値は、ご存知の通り高値で取引されております。文明が栄えていなくても欲しい領土です」
「つまり現状では併合は非現実的です」
七海が結論を下す。
「そんな……」
裕美子の肩が落ちた。
「研究予算が……」
「国の心配しなさいよ」
「わかりました。このスターフィールドと我がコンダクタ皇国の間にある国、テナーを攻めて併合してください!」
「そんな恨みがあるわけじゃあるまいし、できるわけないでしょ!」
「研究費、欲しくないんですか?」
「私が支払う側なんだから欲しいわけないでしょ!」
するとオカリナが、
「姫様。今なら研究費名義で攻める理由がございます!」
「あんたは黙ってて」
「カイザーフェニックスが滅ぼしてくれることを祈りますか」
「まだ捕まってないのアレ!」
結局、裕美子の願いは頓挫したかのように思われたのだが、
「併合できないのは、その人間の女の言う通りわかっていましたが、私から提案してもよろしいですか?」
小さな声でルシアが話しかけてきた。
「では我々が国を捨ててスターフィールドに移住するのはいかがでしょうか?」
「国を捨てるですって!」
珍しく七海が大きな声を上げた。
「我々は研究ができるならどこでもいいんです」
「どこでもいいってわけじゃないわ」
裕美子がそっぽを向く。
「.....コンダクタには、昨日の天気を半分の確率で当てる魔導具を残してるわ」
「ゴミじゃん」
「姫様!?」
裕美子が傷ついた顔をする。
「ちなみに一昨日も当てられるわ」
「精度上がってないじゃない」
こうして、やはり交渉が決裂したかに見えたのだが、私は再び地図を見て気づく。
「アンダンテ国とコンダクタ皇国は隣接してるわよね」
「はい。フルート王女がうまく国をまとめておりまして、今月もドレス代の分割金を支払ってくれました」
「なら残りの分割金を免除する代わりにコンダクタ皇国に研究費を支払ってもらうのはどう?」
「姫様。スターフィールドにメリットがございません」
「あるわよ。事実上、研究費を支払う代わりに海岸の権利をちょうだい。主に塩と魚よ」
「なら姫様。アンダンテ国の分割金の支払いはそのままにして、スターフィールドから研究費として直接支払えば良いのでは?」
「生魚の直接の運搬方法がないから、アンダンテ国を経由しないとスターフィールドに届かないじゃない? 毎回通行料支払うなら、仲間に取り入れた方が安上がりよ」
「ちなみに、生魚をスターフィールドに届けたい理由はなんでしょう?」
「......お寿司食べたくない?」
「姫様」
七海が額を押さえる。
「国家間交渉の理由が寿司なんですか」
「重要よ?」
「重要ではありません」
「毎日食べられるのよ?」
「なおさら重要ではありません」
「七海にお願いがあるんだけど」
「私はそんなふざけた外交の使者にはなりませんよ」
「森から山ワサビ調達できない?」
「ありますけど」
七海が即答した。
「あるんだ」
「姫様が将来寿司を食べたがる可能性を考慮して栽培しております」
「有能ね」
「今更ですか」
「ちなみに米は?」
「試験栽培中です」
「海苔は?」
「養殖計画書を作成済みです」
「醤油は?」
「研究班が発酵実験を進めております」
「完璧じゃない」
「姫様が寿司に到達するまであと二年と予測しておりましたので」
「......七海って、暇なの?」
「姫様が欲しがったら、私にもありつけるじゃないですか。私だって食べたいんですよ」
「決まりね。じゃあ裕美子とルシア。アンダンテ国に交渉に行くから一緒に来てくれない?」
「研究費がもらえるならどこにでもついていきます!」
「裕美子様の影が生活場所なんでついていくしかありません」
「決まりね」
「姫様」
七海が真顔で言った。
「ちなみにアンダンテ国に行く理由は皆に何と説明するんですか?」
「外交よ」
「目的は?」
「寿司」
「納得すると思ってますか?」




