姫様、伝説の魔族と出会います。
「はじめまして。私はコンダクタ皇国第一皇女、裕美子と申します」
そう名乗った少女は、皇女というより研究室からそのまま飛び出してきた学者にしか見えなかった。
年齢は私と同じくらいだろうか。
肩口で切り揃えられた栗色の髪はところどころ跳ねており、寝癖を直す時間すら惜しんで研究していたことが容易に想像できる。
知性を感じさせる細縁の眼鏡。
しかし、その奥にある瞳は政治家のものではない。
新しい魔道具を見つけた子供のような好奇心で輝いていた。
純白の皇族用ドレスを身に纏ってはいるものの、袖口にはインクの染みが残り、腰には何故か工具袋がぶら下がっている。
さらに脇には大量の設計図らしき書類。
どう見ても外交に来た皇女ではない。
研究発表会へ向かう学者である。
「姫様」
オカリナが小声で耳打ちしてくる。
「この人間、本当に皇女でしょうか?」
「私も同じこと考えてた」
すると裕美子は私たちの視線に気付いたのか、少しだけ頬を赤らめた。
「率直にお聞きしたいことがございます。姫様は世界征服に興味はございませんか?」
「ないよ」
「姫様! なんということをおっしゃいます! 世界征服こそ魔族共通の大願ではございませんか!」
「そんなのオカリナだけよ。世界征服なんて面倒くさいことしたくないわ」
私は本心から答えた。
「おい、四天王たち。貴様らは世界征服したいよな?」
諦められないオカリナは鎌を向けてアクア、フレア、ボルトを脅迫するが、
「いえ、我らは姫様から生み出された身。姫様が『ないよ』と言ったらないのだ」
「多数決で決まりね」
「姫様。やはり絶滅危惧種である魔族を捜索すべきです!」
「勝手に向こうからやってくるわよ」
「よく考えたら純粋な魔族って姫様と私しかいないじゃないですか!」
「絶滅したのよ」
「仲間をそう簡単に見捨てないで下さい!」
オカリナは必死だったが、裕美子が申し訳なさそうに言った。
「あの、すみません。コンダクタ皇国に魔族がいますが。私の助手で、しかも優秀ですよ?」
するとオカリナは嬉しそうな表情をして、
「よし、そいつを連れてこい。そのあとで貴様を殺す」
「連れて来たら殺されるんですか?」
「用済みだからな」
オカリナは当然だという顔をしたのだが、
「ところであんた何隠れてるの。とっとと出て来なさいよ」
私の直感がそう言わせた。
「さすが古の悪魔姫。よく気づきました」
言葉が下から聞こえて来たと思いきや、裕美子の影から、一人の女性が姿を現した。
その瞬間。
部屋の空気が変わる。
長く艶やかな銀髪。
夜空のような深い紫色の瞳。
雪のように白い肌。
人間離れした整った顔立ちは、美しいという言葉では到底足りない。
まるで神話や伝承の中から抜け出してきた存在だった。
細身でありながら無駄のない身体。
背中から伸びる漆黒の翼。
額には二本の黒曜石のような角。
その姿を見た瞬間、誰もが理解する。
彼女は人間ではない。
紛れもなく魔族だと。
そして。
正直に言おう。
圧倒的に美人だった。
その美人が私にひざまづいている。
「古の悪魔姫よ。お初にお目にかかります。研究助手のルシアと申します」
「研究助手?」
「はい」
彼女は真顔で答える。
「現在は裕美子様の実験材料を務めております」
「あんた、なんか強そうだけど、なんでそんな雑用をしてるのよ」
「働かないと食べていけないので仕事があるだけ満足です」
「他に仕事なかったわけ?」
「魔族を雇ってくれる主なんか、そうそういませんので」
ルシアは淡々と言った。
すると。
「なんということだ……」
オカリナが震え始めた。
「姫様!」
「なによ」
「魔族が人間に雇われています!」
「そうね」
「しかも本人が満足しています!」
「そうね」
「魔王軍の誇りはどこへ行ったんですか!」
「六百年前に滅んだんじゃない?」
「現実を突きつけないでください!」
オカリナは膝から崩れ落ちた。
ルシアは首を傾げる。
「誇りで食事はできませんので」
「やめろ! その正論は私に効く!」
「家賃も払えませんので、裕美子様の影の中で生活してます」
ルシアがそう言うと、私は聞いた。
「ルシアとか言ったわね。魔族の中でもとびっきり優秀なんじゃないの?」
「優秀かどうかは別として、六百年前は人間たちからは『希望のルシア』と呼ばれておりました」
「なんで魔族が希望って二つ名がつけられてるのよ」
「勇者が街や村を襲いまして」
「え?」
「金品財宝を根こそぎ奪い、気に入らない者を斬り捨てておりました」
「勇者よね?」
「はい」
「勇者?」
「勇者です」
「勇者ってなんだっけ」
でも過去にうどんを食い逃げした勇者綾子を見ていると勇者も当てにならない気がした。
「私は魔王様から勇者討伐を命じられておりましたので、人間たちからそう呼ばれるようになってしまいました」
「まさか……」
オカリナが顔を引きつらせる。
「知ってるの?」
「希望のルシア……勇者を一日三十人討伐したこともあると伝わる魔王軍幹部の一人です」
「勇者の数、多くない?」
「そうですか?」
「勇者ってそんなにいるの?」
「自称でなれますから。六百年前は特に多かったですね。山に行けば必ず勇者がいましたし」
「それ、山賊じゃないの?」




