姫様、聖法国を治めます。
「悪魔姫に降伏せよと言うのか!?」
法王は真剣な目つきで聖香を睨みつける。
「はい。正直、今このような惨状でどうやって姫様と戦うつもりです? 姫様だけではございません。あの国は、世界三大神や海王、古代竜まで今では姫様のしもべでございます」
「ぐぬぬ......」
「もし、他国と連合を組んで戦うつもりならおやめくださいませ。他国が聖法国と手を組む理由がございません。結局この国はその国に飲み込まれることでしょう」
「結局降伏するしかないというのか……」
しかし、オリンが割って入る。
「魔族に対抗することができる唯一の人間。それが聖女様です! さあ、今からでも遅くはありませんぞ。どうかお祈りを!」
「何もしなくても聖法国領は肥沃な大地です。弱体化した今、この国を欲しがる者は幾らでもおります。ですが私は魔族にしか力を振るえません。オリン様。騎士団だけで他国の軍勢を退けられますか?」
「しかしよりによって魔族に屈服するなど、聖女様にはプライドはないのですか!」
「ありません!」
「即答!?」
「私は三食昼寝付きの生活と快適なライフラインがあるならプライドなんか喜んで捨てましょう! 今、私たちに必要なのは信仰でなく、インフラと労働環境です!」
しばらくの沈黙。そして法王が独り言のように呟いた。
「呼んできてはくれぬか? 古の悪魔姫を......」
「炊き出ししてて忙しいんだけど、食料調達どうなってるのよ」
私は法王の顔を見るなり文句を言った。
「今、各方面から援助を要請してはいるのだが」
「それじゃあ遅いのよ。勝手だけど村から食料を輸送するように命じさせてもらったわ」
「何故、魔族が他国の、しかも人間のためにしてくれるのだ?」
まさか身内が原因とは言えなかったので、
「困った時はお互い様なのよ」
何故かそっぽを向いて答えた。
「もし、聖法国が魔族領になったら我ら聖法国の民はどうなる?」
「瓦礫を片付けて、そのあと畑を耕してもらうわ」
「……それだけか?」
法王が拍子抜けしたように瞬きをした。
「それだけって、復興作業は大変なのよ? この辺りは肥沃な土地みたいだから農業が適しているでしょ」
「いや、もっとこう……奴隷にするとか」
「なんで?」
「なんでと言われても……魔族だぞ?」
「人手不足なのに奴隷なんかにしたら効率悪いじゃない。きちんと姫様のしもべに登録したうえで働いてもらうから」
私は当然のことを言った。
「働いた分の給料払って、住む場所を用意して、飯を食わせた方が真面目に働くでしょ」
「魔族とはいったい……」
法王が頭を抱えた。
「税は?」
「取るわよ」
「やはり!」
「道路と水道と治安維持などにお金かかるもの」
「目的がそこなのか……」
法王が遠い目をする。
一方、聖香は深々と頷いた。
「姫様のところは福利厚生が充実しておりますから」
「福利厚生?」
「医療費無料、住宅支援あり、育児支援あり、老後保障ありでございます」
「待て」
法王が顔を上げた。
「それは本当に魔族領なのか?」
「はい」
「地上の楽園では?」
「代わりに就職率百パーセントだけど」
「なるほど魔族領だな」
オリンが真顔で頷いた。
「待て。今の説明を聞く限り、我が国より遥かに住みやすそうなのだが?」
法王が困惑したように呟く。
「だから聖香が帰りたがらないんじゃない?」
「姫様!?」
こうして聖法国ホルンは解体され、古の悪魔姫の領地となった。
瓦礫の撤去作業が始まり、中央に姫様のしもべを建設。隣に役場が出来た。
その周りを商業施設が取り囲むようにし、さらに住宅や畑を広げていきたい構想だ。
「姫様。この一本線だけ建物を建築しないように指示をなされたのは何故でしょう?」
「いずれ列車を作りたいのよ。トランペット村と行き来しやすいように」
もう二度とあの狭くて険しい道を歩かされるのはごめんだから。とは言わなかったが。
「列車ってなんですか?」
オカリナはキョトンとしていたが、
「いずれわかるわよ」
環境を優先にしてリニアモーターみたいなのを作りたい。
ボルトを責任者にして研究させれば何とかなるだろう。
復興が始まり三ヶ月後。
「大体民衆も落ち着いてきたわね」
役場で毎日業務に追われてきたのだが、この地獄のタスクもようやく終わりを迎える。
トランペット村ほどではないが生活環境も整い、炊き出しに並ぶ列もなくなった。
畑では収穫が始まり、商店街にも少しずつ活気が戻っている。
「はい。民衆は井戸から毎回水を汲んでいましたが、蛇口の便利さに感動しております。衛生環境も飛躍的に向上し、犯罪件数も激減しております」
七海の報告に、私は安堵の息を吐いた。
「最初は私に統治されるのに不安な空気が漂っていたけど反乱勢力とかいなくて助かったわ」
「最初の炊き出しが良かったのでしょう」
「なるほど」
「はい」
「やっぱり食事は大事ね」
「はい」
「三食昼寝付きは正義よ」
「姫様らしい結論ですね。で、国内は落ち着いたと思うのですが、問題がございます」
七海は視線を隣の机に向ける。
そこには世界地図を眺めながらニタニタ笑うオカリナ。
「ウフフ。これで姫様の領土がまた広がった。世界征服にまた近づいた」
「あれ、いつまでやってるのよ。もう一週間よ?」
「さあ、領土が広がったのがよほど嬉しかったのでしょう。問題は二つございます。まず領土が広がりすぎて管理者が不足しております。そして国を名乗るべき段階に来たことです。姫様はトランペット村に戻りたいんですよね?」
「そうね。湖に建築予定の城もそろそろ完成するだろうし、私はやっぱあそこがいいわ」
「ならばこの地を治める者が必要です」
「聖香でいいじゃない」
「彼女ならとっくの昔に村に帰ってバイトに戻ってますが?」
「え?」
「多分押し付けられるのが嫌だったんでしょう。元法王も騎士団長オリンさんも畑作業に馴染んでしまってますし、誰にします?」
「適任者っている?」
「いません。やはりしばらくはトランペット村はヴィオラさんに任せて姫様が直接統治するしかないかと。それに今まずすべきことは国名を決めて世界に発信することです」
「それ終わったらのんびりできる?」
「まさか。列車の開発、開国祭、建国だから大臣の任命などやること山積みです」
「なんでこうなるのよ?」
「リィナ様が鳩を飛ばしたからです」
しばらくスローライフは送れそうにない。




