姫様、聖女を歓迎します。
食堂。
テーブルの上では、毒抜きキノコパスタから湯気が立っていた。
そして聖女——新屋敷聖香は、その湯気を見つめたまま完全に停止していた。
「食べないの?」
私は気にせず食べ始める。聖香はその様子をじっと見ている。
おそらく私を毒味係と思っているのだろうが。
「あ、私、毒耐性持ちだからね?」
きちんと教えてあげた。
「暗殺狙いで毒を仕込まれたことは過去に何度もありましたが、毒抜きと明言されたのは初めてでして、困惑してるんですよ」
「なるほど。そういえば、あなた一人で敵地に乗り込んで来たわけじゃないんでしょ?」
「はい。勇者が護衛を兼ねてついてきておりますよ」
「護衛してないじゃない。どこ行ったのよ」
「うどん屋を見て懐かしさのあまり列に並ぶと言って護衛を放棄したんです」
「その人、本当に勇者なわけ?」
「本当はアイドルになりたかったそうですが、転生する際、天使に『皆から注目されたい、不動のセンターでありたい、将来玉の輿に乗りたい』って願ったら勇者になったそうです」
そう言われて私は考える。
確かに勇者という存在は、私たち魔族も含め、世界から注目されるパーティーの不動のセンター、そしてラスボスを倒したら玉の輿に乗れる可能性は高いだろう。
「で、そんなこと話していいの? あなたから見て私は種族的にも敵対している悪魔姫なのよ?」
馬鹿なのか企みがあるのかわからない存在だ。
「あなたも転生者ですよね? ミナエさん。なら、種族は違えども手を取り合うことは可能だと私は思っていますよ」
「よく私が転生者だとわかったわね」
「日本語が多すぎるんですよ。この国」
聖香は毒キノコパスタを見つめたまま言った。
「海の家、インバウンド、握手会、うどん……普通の異世界国家ではまず出てこない単語ばかりです」
「まあ、それはそうね」
「極めつきはゴミ問題です」
聖香は静かにフォークを置いた。
「この世界の人々は、“ゴミを処理する”という発想自体が薄いんです。ですがミナエさんは、当然のように分別や衛生を考えていた」
「……」
「しかも、その解決方法がスライムによるリサイクル管理」
彼女は少しだけ笑う。
「発想が完全に現代日本人なんですよ」
私は思わず黙り込んだ。
そこまで見られていたとは思わなかった。
「あと——」
聖香は続ける。
「普通の魔族なら、“インバウンド価格でぼったくられた”なんて表現しません」
「あ」
「その時点で九割確信しました」
なんかちょっと恥ずかしい。
「……安心しました」
聖香は小さく笑った。
「もっと恐ろしい方かと思っていましたので」
「失礼ね」
「実際、世界ではそう語られていますよ。“南の森に古の悪魔姫が復活した”と。世界は未曽有の危機にさらされていると」
「風評被害がすごいわね」
「半分くらいは事実では?」
「否定しづらいのやめてくれる?」
「でも私とミナエさんが手を取り合えば世界に平和を主張できることでしょう!」
背景が何故かキラキラ輝く聖香。
聖香はしばらく葛藤した末、まるで処刑台へ向かう罪人みたいな顔でフォークを持った。
痺れを切らしたのかオカリナが聞いた。
「演説はいいが、貴様はいつになったら毒キノコパスタを食べるんだ?」
少しの沈黙。
「毒抜きなのでは?」
「抜く必要がどこにある? 貴様は我々魔族の宿敵なんだぞ?」
「もしかしてガチで暗殺しようとしてました?」
「暗殺を考えない宿敵っているのか?」
「ミナエさん。部下の教育はどうなっているのですか?」
「敵が単身で人の家に乗り込んでくる想定なんかしてるわけないじゃない」
オカリナは背中の大鎌へ手を伸ばした。
「聖女よ。毒キノコパスタを食べて死ぬか、この死神の鎌で首を刎ねられるか選ばせてやる」
「結果的に死亡確定はさすがに嫌ですね」
「ならば今すぐ殺してやろう」
オカリナは鎌で聖香を斬ろうとしたが、
パリィン。
鎌が粉々に砕けてしまった。
「ああっ! ご先祖様から受け継いできた死神の鎌がぁ!」
「私には聖なる結界が自動発動されてます。対魔族の攻撃は全て無効なのはお忘れなきようお願いしますね」
肩を落とすオカリナを慰める聖香。
なるほど。対魔族に自信があるから単身乗り込んできたし、護衛もいらないわけだ。
さらに深読みすると、手を取り合いましょうと笑顔で言っておきながら、実は私たちを屈服しようとしているかもしれない。
「姫様。どうか死神の鎌の敵討ちを!」
「え?」
別に鎌はどうでもいいが、なんか舐められたままで終わるのは気に障る。
「じゃあ、勝負しようか」
私はあっさり挑発すると、
「いかに古の悪魔姫と言えども、白銀の聖女に敵うと思ってますか?」
「何か勘違いしてない? 勝負の内容はトランプに決まってるじゃない、それともなに? もしかして将棋?」
「……将棋もあるんですか、この国」




