姫様、聖女様に毒キノコを振る舞います。
トランペット村に建設中の城は、日に日に巨大化していた。
湖のほとり。
かつて静かだった水辺は、今や観光客と工事業者の喧騒で埋め尽くされている。
「資材運べー!」
「海の家二号店できましたー!」
「だから湖だって言ってるでしょ!!」
今日もギャル竜の声が森に響いていた。
完成すれば、おそらくここがトランペット村の中心部になる。
……そんな気がする。
正直、勢いでここまで来てしまった。
でもまあ、儲かってるし問題ないだろう。
そう思っていた時だった。
「姫様」
執務室へ入ってきた七海が、一枚の紙を差し出す。
「来客です」
「また商人?」
「いえ。“聖女”を名乗っています」
「……あ」
忘れてたわ。
ホルン聖法国。
世界一安全といわれる宗教国家。
その頂点に立つ聖女。
前に使者が正式な対面を求めてきて、会う場所をどうするかとなって、そのままにしてしまっていた。
「……帰ってもらう?」
「すでに屋敷の前に来ています」
「早いわね」
「あと、村人たちに大人気です」
「なんで?」
「“聖女様握手会”が始まっています」
「悪魔姫の自宅前でやること?」
「村人は珍しいものなら、なんでも飛びつく習慣がありますので」
私は頭を抱えた。
これって深く考えたら、人と魔族のトップ会談だぞ。こんなのでいいのだろうか?
しかし、来てしまった以上は追い返すわけにもいかない。
「……とりあえず食堂へ通してミールにフルコースを振る舞って。私は着替えたら向かうから。メイドたちには応接室を掃除するように伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
七海は頭を下げて出ていった。
数分後。私は余所に出てもおかしくない服を着て食堂に行った。
聖女を見た瞬間、私は少しだけ言葉を失った。
——綺麗、という表現では足りない。
淡く透き通るような白銀の髪。
月明かりを溶かしたみたいな青い髪先が、腰の辺りまで柔らかく揺れている。
片側で結ばれた長い髪には、小さな星飾りと金色の三日月。
祈るように重ねられた細い指先は、まるで人形みたいに白い。
そして何より——空気が違った。
この少女が座っているだけで、薄暗い食堂が神殿みたいに見えてしまう。
白を基調とした衣装は質素なのに、不思議と目を引く。
神聖、という言葉を無理やり人の形にしたら、多分こうなる。
私と彼女は目を合わせた。
静寂。
まるで時間そのものが止まったみたいだった。
悪魔姫。
聖女。
本来なら決して相容れない存在。
互いに名乗ろうとした、その時——
「毒抜き毒キノコ入りパスタです」
沈黙。
聖女は挨拶が先なのか、料理名がおかしいことを指摘するのが先なのか迷ってるっぽい。
というか、私もこのタイミングで挨拶をしていいのか困るのだが。
やがて聖女は、ぎこちなく微笑み——
「……その毒は、抜き切れているのでしょうか?」
とても真面目な声で、そう聞いた。
するとミールは胸を張って、
「たぶん大丈夫です」
「え?」
「気にしたら負けです」
「気にしなくても良いお料理をお願いできませんか?」
「国産毒キノコ100パーセントをふんだんに使ったのですが。味は松茸なんですけど」
「え? 味は松茸なんですか?」
「はい。姫様が初めて召し上がった時、超高級な松茸だと思うことにしたとおっしゃられていました」
「それは思い込みであって松茸でないですよ」
「あと、この村で地産地消できる食材は毒キノコしかございません。いかなる料理にも毒抜きした毒キノコ料理が出てきます。どうしても無理なら村の商店街に、外食できる場所がありますが有料です」
困惑する聖女。
「そういえば湖のそばに海の家が何軒か出来たので、そちらでもお腹を満たすことはできますが、インバウンド価格です」
「インバウンド?」
「はい。姫様が昨日視察に行ったらぼったくられたと嘆いておりました」
「姫様が村人からぼったくられる村なんですか?」
「村人というか古代竜と海王ですが」
聖女は疲れたように額へ手を当てた。
まだ食事すら始まっていない。
なのに、もう帰りたそうである。
そして彼女は、小さく息を吐いて言った。
「この村には私の常識が通じないことはよくわかりました」
「というか聖女様。冷めないうちにお召し上がり下さいませ。美味しくなくなります」
ミールはそう言ってハッとした顔をした。
「もしかして少なかったです? 大盛りが良かったですか? 気づかず申し訳ございません!」
ミールはそう言って厨房に戻って行った。
「大丈夫よ。彼女の毒抜きスキルは完璧だから」
困り果てている聖女に、私は優しく言った。
「ですが、毒キノコの毒抜きと言われて食べたいと思いませんが」
「フグ料理と一緒よ」
「その例えで安心できる人は、かなり限られていると思います」
「ま、食べながら聞いて。私が古の悪魔姫であるミナエよ」
「え。このタイミングで自己紹介されても困るんですが」
聖女はパスタを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……では改めまして。ホルン聖法国の新屋敷聖香と申します。皆から聖女と呼ばれております」
そう名乗ってから、彼女はゆっくり私を見た。
その瞳だけは、先ほどまでと違って真剣だった。
「本日は、“南の森に現れた魔族が治める国”について、お話を伺いに参りました」
外では、今日もギャル竜の、
「やっぴー☆」
という声が響いていた。
緊張感が続かない。
「てか。国って何?」
私は規模の違いに困惑しながらも、ミールが毒抜きキノコパスタを私の前に置いたのだった。




