姫様、爆買いをします。
翌日、首都フェルマータから外れた貧民街。
石畳はひび割れ、泥と汚水が混じった水が道の端を流れている。
鼻をつく腐臭と、どこか焦げたような匂い。
遠くからは怒鳴り声と、子どもの泣き声が聞こえてきた。
——昨日までいた市場とは、まるで別世界だ。
「やっぱり栄えた場所だけじゃなかったわね」
私は背負っていたカゴを軽く叩く。
中で金貨が、ジャラリと重たい音を立てた。
「……この音、ここだとやけに浮くわね」
「で、金持ちの姫様がなんでこんなところに来たがった? 嫌味か?」
「そんな悪趣味持ち合わせてないわ。できたら皆を集めて欲しいんだけど」
「何故に?」
「ヘッドハンティングって言葉、知ってる?」
「知らん」
「優秀な人材を引き抜くことよ」
「こんな場所でか?」
「むしろ、こういう場所にいるのよ」
私は肩をすくめた。
「村に金はある。でも人がいないの」
「オカリナもリィナもいるだろ」
「戦力でしょ、それは」
「……ここにいる連中は、“雇われる側”ですらねえぞ」
その時、近くでこちらを見ていた子どもと目が合った。
痩せ細った体。汚れた服。だが、目だけは妙に鋭い。
「……ああいうのよ」
私は顎で示す。
「やる気があって学べば、いくらでも化ける。私は村に学校を置くべきだと考えてるわ」
「学校だと!」
「私は村に戻ったら税金を村の活性化に使うと宣言する。そのために学校は必要不可欠よ。ここで人生どん底よりは遥かにマシだし、この国も治安の悪さを解消できるし、私も村を活性化できる。損する人はいないでしょ?」
「いるに決まってんだろ」
「……誰よ」
「この街で甘い汁吸ってる連中だ。貧民が減れば困るやつは山ほどいる」
「私は古の悪魔姫よ? そんな魔族より腐ってる奴らなんか興味ないわ」
私はカゴから金貨を一枚取り出し、指で弾いた。
乾いた音が、貧民街に響く。
「——潰すなら、そっちの方でしょ」
金貨の音に反応して、さっきの子どもが一歩踏み出した。
その視線は——金ではなく、私を見ている。
「いい目ね。あなた、名前は?」
「オルガです」
「将来、何になりたい?」
「わかんない。でも皆お腹を空かしているから、なんとかしてあげたい」
私は一瞬だけ、オルガの目を見た。
彼が持つ現状そのものの絶望が私の持つ波動とリンクする。
——嘘はない。
「……いい目をしてる」
一拍置いて。
「そのまま腐らなかったら、使ってあげる」
「え?」
「次は誰?」
私は金貨をもう一枚、指で弾いた。
「“欲しい未来”があるやつだけ、前に出なさい」
「あの......私、リューネといいます。正直明日のことですら生きていられるかわかりませんが、私にも希望はありますか?」
「そんなもの知らないわ」
一拍置いて。
「——でも、見つけたなら奪い取りなさい。ここにいる連中みたいにね」
周囲から、ぽつり、ぽつりと人が前に出てくる。
震える声。かすれた願い。
それでも——誰も、目だけは逸らさなかった。
「これで全員?」
私は盗人に確認をすると、彼が私に土下座をして、言った。
「俺をどうか正式にアンタの部下にしてください!」
「部下じゃないわ。あなたも立派な姫様のしもべよ」
フッと笑って思い出した。
「そういえば、あなた名前なんていうのよ?」
「......シャープだ」
再びアンダンテ王城。
今度は顔パスで入城できた。
「王様。今日は貧民街にいた人、30名を買い取りに来たわ」
「確か貧民街には3,000人はいたと思うが全員連れていかないのか?」
「数だけ増やしても仕方ないもの。で、連れ去られたとか言われても嫌だから、買い取りという表現をさせてもらったわ」
「わかった。許可しよう。ところでシャープよ。昨日から何故に城をウロウロしている? 我が子ながら政治が嫌で城を飛び出したはずだが?」
「え? あんた王子だったの?」
どうりで昨日寝室で寝てても捕まらないわけだ。
「オヤジ。俺は今後この姫様について行くと決めた。盗人も結局ダメそうな女神から金貨をくすねただけで卒業だ。これからは真っ当な生き方をして行くよ」
「何! 窃盗を自白したから逮捕だ!」
王の表情が一瞬だけ固まった。
「……貴様、本当にそこまで落ちたか」
「うるせえよオヤジ」
「王家の恥を晒した罪は重いぞ」
「だったら——」
シャープは一歩前に出る。
「今からでも取り返す。だから見逃せ」
「——いいわね」
私は一歩前に出た。
「その言葉、契約として受け取るわ」
「なに?」
王が鋭く睨む。
「この男は私が使う。責任も、成果も全部こちら持ち」
私は軽く肩をすくめる。
「王家の恥? 結構じゃない」
そして、笑う。
「使い道のない人材を腐らせる方が、よっぽど無能よ」
「……面白い」
王は小さく笑った。
「ならば見せてみよ。王子を使いこなせるかをな」
「わかったわ。シャープ。パン買ってきて」
「だから俺はパシリじゃねぇって!」




