姫様、神ドレスを売ります。
気を取り直して、私は風呂敷からフリフリドレスを取り出した。
白きドレスは、光を受けて淡く輝く。
まるで——呼吸しているみたいに。実際、私の絶望の波動を吸い取っているのだが。
「見ての通り私は魔族よ。でも品物は種族関係ないわ」
「……鑑定士を呼べ」
王の一言で、空気が変わる。
やがて集められた鑑定士たちが、恐る恐るドレスに近づいた。
「……手袋を」
「触れるな、まずは魔力反応を見ろ」
「こんな反応、見たことが……」
明らかに様子がおかしい。
「ちょっと、そんな危険物扱いしないでくれる?」
「危険かどうかを調べているのです……!」
めちゃくちゃ警戒されていた。
一方で、縄で縛られた盗人が口を挟む。
「俺も鑑定スキルある。見せろ」
「いいわよ。証人は多い方がいいし」
縄を解いて鑑定が始まる。
——数分後。
鑑定士たちは顔を見合わせた。
そして一人が、震える声で言う。
「……これは、衣服ではありません」
「は?」
「“現象”です」
「もっとわかるように言って」
「……価値が、測定できません」
沈黙。
盗人がぽつりと呟いた。
「……星の女神、織姫の仕立てだな」
「誰それ」
「神話級の職人だ。つまり、そのドレスを着た者は——神に認められた姫となる」
王が思わず立ち上がる。
「……なに?」
「へえ」
私はドレスを見下ろす。
「で、いくらになるの?」
鑑定士たちが一斉に顔を上げた。
「値段を……つけるのですか?」
「売りに来たって最初から言ってるでしょ」
「着る者に合わせて勝手にサイズが変わり、汚れても破れても勝手に直ります。……ただし、着た者の“負の感情”を吸い続けます」
「感情吸われるのに値段つかない方が困るんだけど」
「結論を申しますと——強制的にどんなやばい人でも“完璧な姫”へと変える、神の逸品です」
一拍の沈黙。
私は即座に言った。
「じゃあ値段、神価格でいい?」
「正直に申し上げますと、世界中の金貨を集めて買えるかどうか。それくらいの価値がございます。とても我が国一国で買えるとは思えません」
「分割払いでも構わないけど」
鑑定士たちは困りはて、王様に考えを委ねたようだ。
「確かに我が王女、フラットに着させれば我が小国の姫でも世界の姫となれる。実に魅力的なドレスだ。しかし、話の通り払えるだけの力がない。我が国はそこまで豊かではないのだ。民から治めた税金を我が娘のためだけに使うわけにはいかないしな」
これは困った。売れなければトランペット村は作って3日目で滅びてしまう。
値段を下げるべきか。
弾き始めた算盤が爆速で回り、途中で燃えてしまった。
じゃあ、払える分だけで売ります。
そう口に出そうとすると、扉がバタンッと弾け飛び、床がミシリと鳴る。
視界に入った瞬間、部屋の空気が“圧”で歪んだ。
見た感じ、この人がフラット王女か?
「話は大臣たちから聞いたわ。そのドレスこそ私が着るにふさわしいわ! お父様、購入すべきよ!」
「いや、神価格すぎて手が出せん」
「民から税金を10パーセントから100パーセントにしたらいいじゃない!」
「いや、全部巻き上げてどうする」
「私が世界の姫になるならば民に全てを投げ捨てさせるに決まってるじゃない!」
クズすぎて逆に清々しい王女だった。
「とりあえず試着させなさいよ」
「あ、着れます? サイズ的に」
「問題ないわ!」
フラット王女はドレスを手に取ると、王女がみるみる痩せていき、なんとなく背も伸びた気がする。
「ドレスがサイズ変わるんじゃなくて——人間の方を矯正してるの、これ?」
おそらくこの体型が理想の姫の姿なんだろう。
「肌荒れやニキビも解消されてるし、てか、もはや整形を超えて別人でしょ」
フラット王女はドレスを着ると、
「お父様——」
その声は、先ほどまでとは別人のように澄んでいた。
「このドレス、誠に素晴らしゅうございますわ」
場が、一瞬で静まり返る。
「……あの王女が、敬語を?」
王様が呟く。
王女は優雅に微笑んだ。
「ですが、国庫の事情も理解しております。無理な出費は民を苦しめるでしょう」
「おお……!」
感動の空気が流れる。
私はぽかんと口を開けた。
——が。
「ですので」
王女は扇子もないのに口元を隠す仕草をした。
「民のことを思うならば買うことはできません。残念ですわ」
ドレスを脱ごうとすると、
「待て! 脱ぐことは許さん!」
「お父様?」
「あんなクズな娘がここまで変わるとは……! 分割でよければ買わせていただきたい!」
「え?」
まあ、娘とはいえ前はひどかったからなあ。
「しかし王様。税率を上げたら民は不満を抱き、いずれ国が滅びますぞ!」
「あんな娘が跡を継いだらどっちにしろ滅びる!」
場が静まり返る。
私はゆっくりと口を開いた。
「……利子はいただくわよ?」
「もちろんだ!」
即答だった。
「買う理由が最悪なんだけど」
こうして、頭金として国庫に貯めてあった金貨を全部徴収することになった。
街で必要なものを買って帰ることにした。
リィナが言う。
「あのドレスじゃが、かつてはミナエも着ていたが、脱いでも何もかわらんかったのう」
言われて気づいたが、着ている時も敬語なんか使ったことがない気がする。
「見た目、内面が完璧すぎて強制して直すところがないってドレスが判断したんじゃない?」
「それは違う。確かに外見は変わったが性格や言動は自らの意思だ」
後ろから声が聞こえて、振り向くとあの盗人がいた。
「あの王女様は自分で見た目を勝手にコンプレックスを抱いていたんだ。その見た目が変化して、これからは国のため、民のために考えられる、みんなから慕われる姫になろうと、あの瞬間で決意した結果だ。本当は心優しい方だったんだよ」
私は少しだけ黙る。
「……へえ」
少しだけ、考える。
——が。
「じゃあなおさら、ドレス代ちゃんと払ってもらわないとね。毎月不労所得が入るってまさにスローライフへの第一歩じゃない?」
「台無しにするなよ! お前もあの王女を少しは見習え!」
盗人が即座に突っ込んできたのだった。
「……まあ、村がうまく軌道にのったら利子くらいは免除してもいいかもね」
「姫様、今なんと?」
「......ううん、なんでもないわ。早く買い出しに行こうよ」
私たちは、スローライフのための買い出しに向かったのであった。




