姫様、開国祭を楽しみます。
祭り当日。
トランペット村は、朝から多くの人で賑わっていた。
村の中央には色とりどりの屋台が並び、あちらこちらから食欲をそそる匂いが漂ってくる。
焼き鳥。
焼きそば。
たこ焼き。
そして――。
「毒キノコ焼きはいかがですかー!」
「結局あるのね!」
私は思わず屋台へ向かって叫んだ。
「それにしても、予想を超えた人混みです。村全体を祭り会場にして良かったですね」
七海の言う通りだった。
村の大通りは、人、人、人。
トランペット村の住民だけじゃない。
見たことのない服装の人たちも大勢いる。
「どこからこんなに集まったの?」
「スターフィールドだけでなく、アンダンテ王国、それからオーボ港経由で来られた方も多いようです」
「ただの村の祭りよね?」
「開国祭として毎日特番を組んで、テレビ中継していましたから」
「そういえば毎朝なんかやっていたわね」
「ご覧になっていたのですか?」
「朝ごはん食べながらね」
「ご自身が出演されていたことには?」
「…………」
そういえば、画面の端に私が映っていた気がする。
『姫様主催! スターフィールド開国祭!』
そんな文字も流れていたような……。
「ただの祭りの宣伝だと思ってたわ」
「姫様の祭りです」
「先に言いなさいよ!」
「毎朝テレビが言っておりました」
「…………」
何も言い返せない。
スローライフが楽しみすぎて、全然気にしてなかった。
気持ちを切り替えて、私は人混みを見渡す。
家族連れ。
若い男女。
酒を片手に盛り上がる冒険者たち。
子供たちは屋台から屋台へ走り回っている。
……まあ、楽しそうだからいいか。
「姫様。まずは食券を買いに行きましょう」
「食券?」
「通貨がバラバラですから、祭り会場では食券に統一しております」
「ああ、なるほどね」
スターフィールドだけならともかく、今日は他国からも大勢の人が来ている。
国が違えば、使われているお金も違う。
屋台ごとに両替なんてしていたら、それだけで日が暮れてしまう。
「各国の通貨を受付で食券に交換して、屋台では食券だけを受け取るってこと?」
「はい。祭り終了後、各店舗が受け取った食券を換金する仕組みです」
「ちゃんと考えてるじゃない」
「ありがとうございます」
「誰が考えたの?」
「私です」
「でしょうね」
七海なら、そのくらい考えるか。
私たちは食券売り場へ向かった。
そこには――。
「最後尾はこちらでーす!」
長蛇の列ができていた。
「…………」
私は最後尾を見る。
食券売り場を見る。
もう一度、最後尾を見る。
「姫様」
「何?」
「並びましょう」
「私、主催者よね?」
「はい」
「姫様よね?」
「はい」
「優先とかないの?」
「ございません」
「なんでよ!」
「姫様ご自身が以前、『偉い人だけ特別扱いするのは良くない』と仰っておりましたので」
「昔の私、余計なこと言わないで!」
仕方なく最後尾へ向かう。
焼き鳥が遠い。
ビールが遠い。
私のスローライフは、食券売り場の行列から始まった。
列に並んで十分ほど。
ほとんど進まない。
「…………」
私は前を見る。
まだまだ長い。
後ろを見る。
もっと長くなっている。
「七海」
「はい」
「食券売り場、増やした方がいいんじゃない?」
「すでに増設しております」
「これで!?」
「当初は三ヶ所でしたが、現在は百ヶ所です」
「どれだけ来てるのよ!」
予想を超えた人混みとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。
すると――。
「あっ!」
前に並んでいた小さな女の子が、私を指差した。
「姫様だ!」
「え?」
母親らしき女性が振り返り、私を見る。
「ほ、本当だ……」
周囲がざわつき始める。
まずい。
嫌な予感がする。
「姫様だ!」
「本物!?」
「テレビで見たことあるぞ!」
「姫様も食券を買うのか?」
「買うわよ!」
なんで姫様は食券を買わないと思ってるのよ。
「姫様、先にどうぞ!」
前にいた男性が場所を空ける。
すると、その前にいた人まで振り返った。
「どうぞどうぞ!」
「姫様なら当然です!」
次々と道が開いていく。
おお。
これが姫様特権。
私は七海を見る。
「……だって」
「姫様」
「みんなが譲ってくれるって」
「姫様」
「私から頼んだわけじゃないわよ?」
「姫様」
「…………」
圧がすごい。
「わかったわよ!」
私は開きかけた道を戻り、元の場所に立った。
「みんな、そのままでいいわ。ちゃんと並ぶから」
「ですが……」
「私も祭りを楽しみに来た客の一人よ。順番は守るわ」
周囲が静かになる。
なんでそんな顔するのよ。
当たり前のことを言っただけなのに。
すると、さっきの女の子が私を見上げた。
「姫様も並ぶの?」
「並ぶわよ」
「偉いのに?」
「偉くても並ぶの」
「王様も?」
「もちろん」
たぶん。
アンダンテ国王(推定八十五歳)が来たら並ばせよう。
「じゃあ、お姫様も私たちと一緒なんだ!」
女の子が嬉しそうに笑う。
「まあ、そういうことね」
「姫様、何食べるの?」
「焼き鳥」
「私、毒キノコ焼き!」
「この国のモラル大丈夫!?」
完全に村の名物として定着しているらしい。
もう諦めた方がいいのかもしれない。
「姫様」
女の子がもう一度、私を見上げる。
「お祭りをやってくれてありがとう!」
「どういたしまして」
私は笑って答えた。
焼き鳥。
ビール。
花火。
今日くらいは、何事もなく終わる。
――このときの私は、本気でそう思っていた。




