姫様、開国祭で絶望します。
待つこと数十分。
ようやく私たちの順番が回ってきた。
「姫様。割り勘してワンセット買いましょう。食券が一枚無料でついてきます」
七海が当然のように提案してくる。
「いいけど、一枚余るじゃない。どうするのよ?」
「半分にできるものを買いましょう」
「……あんた、一円単位で割り勘してたタイプでしょ」
「当然です。お金の貸し借りは人間関係を壊しますから」
「食券一枚でそこまで壮大な話になる?」
七海は気にする様子もなく財布を取り出した。
こういうところ、本当にしっかりしている。
というか、しっかりしすぎている。
「では姫様。半分お願いします」
「はいはい」
私も財布を取り出し、二人で代金を支払う。
食券を受け取った七海は、その場で枚数を確認すると、なぜか全部私に渡してきた。
「半分受け取りなさいよ」
「同じものを頼むつもりでしたので」
「じゃあ割り勘にこだわった意味は何なのよ」
「会計は別です」
「細かい!」
こうして私たちは、改めて屋台へ向かった。
「姫様」
聞き慣れた声に振り向く。
そこにはオカリナがいた。
「あなたも祭りを楽しみに来たの?」
「それもありますが、こちらをお渡ししようと思い、お待ちしておりました」
オカリナが差し出してきたのは――大量の食券だった。
「食券販売所が混んでおりましたので、姫様の分は買っておきました。もちろん、足りなくならないよう多めに買っておきました!」
「…………」
私は手元を見る。
たった今買った食券。
そして、オカリナが用意してくれた大量の食券。
「七海」
「はい」
「これ、どうするの?」
「明日使いましょう」
「今日限りよ!」
七海が固まった。
「……返金してもらいましょう」
「さっきまでお金の貸し借りで人間関係が壊れるとか言ってた人が、祭りの食券で返金要求しないで!」
「では、全部使い切りましょう」
「何枚あると思ってるのよ!」
オカリナが首を傾げる。
「足りませんでしたか?」
「逆よ!」
まあ、買ってしまったものは仕方がない。
代金はあとでオカリナに払うとして、まずは何を食べるか決めよう。
焼き鳥。
焼きそば。
たこ焼き。
せっかくのお祭りなのだ。
食べたいものを少しずつ買って、のんびり楽しめばいい。
「ちなみに姫様」
「何?」
「全店制覇できる分も用意しております」
「……え?」
オカリナが懐に手を入れる。
そして――
ドサッ。
さっきとは比べものにならない量の食券を取り出した。
「待ちなさい」
「はい?」
「じゃあ、今もらったこれは何だったの?」
「予備です」
「予備の方を先に渡すな!」
「本命はこちらです」
「食券に本命とかないから!」
七海が食券の山を眺めながら呟く。
「これなら全店回れますね」
「回らないわよ!」
「ですが、余らせるのはもったいないです」
「誰のせいで余ってると思ってるのよ!」
オカリナが胸を張る。
「仕方がないわ。屋台を回るついでに、働いている人たちに配っていくわよ」
「さすが姫様。民への施しを忘れないとは」
「余った食券を押しつけるだけよ」
「ですが、祭りの日にも働く者たちを気遣い、自ら食券を配って回られるのですよね?」
「そう言われると聞こえはいいけど……」
七海まで感心したように頷いている。
「姫様らしいと思います」
「だから食券を余らせたくないだけだって!」
まったく。
どうして私が何かすると、すぐに話が大きくなるのだろう。
「とにかく行くわよ。手前から順に回っていくわよ」
「姫様。まずは石焼ビビンバですか」
七海が指差す。
「最初から重たい食べ物じゃない!」
よりによって一軒目から米。
しかも石焼き。
全店制覇どころか、三軒目くらいで終わる未来が見える。
「姫様! いらっしゃいませ!」
屋台の店主が元気よく声を上げる。
「石焼ビビンバ三つ!」
オカリナが食券を差し出した。
「待ちなさい!」
「はい?」
「三つもいらないわよ!」
「ですが三人おりますので」
「全店回るんでしょ!? 一人前を三人で分けるのよ!」
「姫様と同じものを……」
オカリナが悲しそうな顔をする。
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないで!」
「では、一つを三人で分けましょう」
七海が冷静にまとめる。
「そうしなさい」
「かしこまりました!」
しばらくして、熱々の石鍋が差し出された。
ジュウウウウ――。
香ばしい匂いが漂ってくる。
「おいしそうじゃない」
これは当たりかもしれない。
三人で少しずつ取り分ける。
私はスプーンですくい、口へ運んだ。
「おいしい!」
おこげが香ばしい。
野菜と肉のバランスもいい。
これなら祭りの屋台として十分――。
「姫様がおいしいと仰ったぞ!」
「姫様公認だ!」
「石焼ビビンバをくれ!」
「俺もだ!」
「…………」
一瞬で列ができた。
「姫様」
店主が涙を浮かべている。
「ありがとうございます! これで完売できそうです!」
「いや、普通に感想言っただけなんだけど……」
「姫様の一言には、それだけの影響力があるということですね」
七海が冷静に分析する。
「もう何も言えないじゃない!」
仕方なく次の屋台へ向かう。
「次は何?」
「焼きそばです」
「よかった。今度は普通ね」
「大盛り焼きそばです」
「普通じゃなかった!」
さらにその隣を見る。
『特盛りチャーハン』
その隣。
『ジャンボお好み焼き』
その隣。
『巨大ハンバーガー』
「…………」
私は屋台通りを見渡した。
どうして前半に炭水化物が集中しているのよ。
「七海」
「はい」
「順番変えない?」
「手前から順に回ると仰ったのは姫様です」
「過去の私を殴りたい!」
オカリナが食券の束を抱えながら微笑む。
「ご安心ください、姫様」
「何が?」
「まだ一軒目です」
「それが一番絶望的なのよ!」
すると、私の身体から絶望の波動が溢れ出し、一人の少年が姿を見せたのであった。




