姫様、勇者を逮捕します。
祭りに出す屋台のメニューを考案した翌日。
私はテラスに設営されたテントを眺めながら、祭り当日のことを考えていた。
「夜空を眺めながら、焼き鳥とビール……最高じゃない」
祭りの運営?
そんなものはヴィオラたちに任せればいい。
私は姫様なのだ。
たまには何もせず、祭りを楽しむ側に回ったっていいじゃない。
焼きたての焼き鳥。
キンキンに冷えたビール。
そして夜空に打ち上がる花火――。
完璧。
これこそ私が求めていたスローライフよ。
まず、小さなテーブルがあった方がいいわね。
――と、浮かれたのも束の間。
ドゴォォォォン!
門の方から、ものすごい爆発音が響いた。
「…………」
今の何?
「姫様!」
七海が慌てた様子で駆けつけてきた。
「一体何の騒ぎよ?」
「勇者御一行様が到着されました」
「勇者?」
この世界では、誰でも勇者を自称することができる。
神に選ばれた本物の勇者は、暇さえあればアイドル活動に専念している綾子くらいなのだが。
「どこかの王に勇者と担ぎ上げられ、仲間を募って旅を続け、ようやくミナエモン城(仮)まで辿り着いたようです」
「それで、勇者御一行と今の爆発音に何の関係があるの?」
「オカリナ様が張り切って自己紹介を始めたところ、話の長さに痺れを切らした魔導士が攻撃魔法を唱えました」
「…………」
なるほど。
「それで、オカリナは?」
「自己紹介を続けておりました」
「メンタル強すぎない!?」
「魔法は?」
「効いておりません」
「でしょうね!」
オカリナは馬鹿だが戦闘能力はずば抜けている。
その辺の魔導士が放った魔法程度でどうにかなる相手ではない。
問題は――。
「勇者たちは?」
「現在、二発目を撃つ準備をしております」
「なんで!?」
「一発目を防御魔法で防がれたと勘違いしているようです」
「素で効いてないのよ!」
ドゴォォォォン!
再び爆発音が響く。
「…………」
祭り前なのよ。
お願いだから城を壊さないで。
私はもう一度テントを見る。
焼き鳥。
ビール。
花火。
さようなら、私のスローライフ。
「……行くわよ」
「かしこまりました」
私は重い腰を上げ、勇者御一行が待つ門へ向かうと、ルールーとレクスが少し離れた場所から騒ぎを眺めていた。
「あ、姫様」
「こんなところで何してるの?」
「すでに不法侵入、殺人未遂で捕らえてもいいのですが、さらに罪を重ねてくれるのではないかと期待して待っております」
「止めなさいよ!」
何を犯罪者の成長を見守ってるのよ。
「ですが姫様。現行犯であれば言い逃れはできません」
「もう十分現行犯でしょ!」
ドゴォォォォン!
三度目の爆発音が響き、近くに飾られていた花瓶が床へ落ちて砕けた。
「あっ、今ので器物破損が追加されました」
レクスが嬉しそうに紙へ何かを書き込む。
「ポイントカードみたいに罪を貯めないで!」
「姫様」
ルールーが冷静に口を開く。
「そろそろ公務執行妨害も狙えるかと」
「狙わなくていい!」
こいつら。
勇者より怖いんじゃないの?
「それより、勇者たちは何が目的なの?」
「姫様の討伐です」
「でしょうね」
「どこかの王より依頼を受け、世界の平和を脅かす悪魔姫を討伐するため、長い旅を続けてきたとのことです」
「世界の平和を脅かした覚えないんだけど」
私は平和に暮らしたいだけだ。
国を作ったのも成り行き。
他国の土地まで管理することになったのも――。
…………。
「私、結構いろいろやってるわね」
「ようやくお気づきになられましたか」
「悪いことはしてないわよ!」
そのとき。
「貴様が悪魔姫か!」
門の方から男の声が響いた。
振り向くと、四人の男女が立っていた。
先頭には剣を構えた青年。
その後ろには、大柄な戦士、杖を持った魔導士、そして僧侶らしき女性。
ボロボロだった。
一方――。
「姫様! お聞きください!」
オカリナが元気いっぱいに駆け寄ってくる。
無傷だった。
「私が自己紹介をしておりましたところ、突然魔法を撃ってきたのです!」
「長かったんでしょ?」
「まだ名前と肩書きと生い立ちしか話せてません!」
「十分長いわよ!」
勇者一行が疲れ切った顔で頷いている。
敵と意見が一致した。
「悪魔姫!」
青年が折れかけた剣を私へ向ける。
「我々は勇者一行! 世界の平和のため、貴様を討伐する!」
「その前に一ついい?」
「なんだ!」
私はルールーとレクスを指差した。
「この二人、あなたたちがもっと犯罪を犯すの待ってるから気をつけた方がいいわよ」
「え?」
「姫様、余計なことを言わないでください」
「やっぱりあんたたちの方が悪役じゃない!」
「と、とにかく!」
勇者は気を取り直すように剣を構え直した。
「悪魔姫! 覚悟しろ!」
「嫌よ」
「なに!?」
「討伐なら別の日にして。ちゃんと面会予約も取って」
「討伐に予約が必要なのか!?」
「当たり前でしょ。こっちにも予定があるんだから」
焼き鳥とビールを置く小さなテーブルを買いに行くという重要な予定があるのだ。
少なくとも今日は困る。
「それに、私を倒したいなら理由くらい説明しなさいよ」
「理由だと?」
「そうよ。世界の平和を脅かしてるって言ったけど、私が具体的に何をしたの?」
「決まっている!」
勇者が声を張り上げる。
「魔族を率いて国を作った!」
「魔族はオカリナしかいなかったけどね」
「人間から金を巻き上げている!」
「税金よ」
「人間たちを働かせている!」
「雇用ね」
「週に二日も働くことを禁じている!」
「毎日働きたいの?」
「…………」
勇者が黙った。
「他には?」
「…………」
「ないの?」
「ちょっと待て!」
勇者は慌てて仲間たちと相談を始めた。
「おい、他になかったか?」
「水洗トイレを各地に広めているとか……」
魔導士が小声で答える。
「それは悪事なのか?」
「私に聞かないでよ」
「学校にも無料で通わせているそうだ」
戦士が付け加える。
「それも悪事なのか?」
「むしろ善行じゃない?」
「…………」
勇者一行が黙り込んだ。
やがて青年が、恐る恐る私を見る。
「貴様……本当に悪魔姫なのか?」
「その質問、何回されたと思ってるのよ!」
「姫様、そろそろよろしいですか?」
ルールーとレクスがウズウズしている。
「まあ、かまわないわ。勇者だろうがなんだろうが、罪は罪よ」
「かしこまりました!」
待ってましたと言わんばかりに、ルールーとレクスが動き出す。
「な、何をする!」
「身柄を拘束します」
「我々は勇者だぞ!」
「ですから?」
「え?」
レクスが首を傾げる。
「勇者であれば、他国の城へ勝手に侵入し、魔法を撃っても許されるという法律はございません」
「…………」
「不法侵入、殺人未遂、器物破損。その他の罪については取り調べ後に判断いたします」
「ちょ、ちょっと待て!」
勇者が慌てて後ずさる。
「我々は王の命令でここまで来たんだぞ!」
「王の?」
「そうだ! 悪魔姫を討伐すれば、世界に平和が戻ると!」
「どこの王よ?」
「それは言えない!」
「レクス」
「取り調べで吐かせます」
「言います!」
早いわね。
勇者はあっさり剣を下ろした。
「我々に依頼したのは――」
「お待ちください」
レクスが遮る。
「ここから先は正式な取り調べでお聞きします」
「今言わせればいいじゃない!」
「手続きがございますので」
「変なところで真面目ね!」
ルールーが勇者の腕を取る。
「では、ご同行願います」
「待て! 我々は世界を救う勇者だぞ!」
「はい」
「牢屋に入れるつもりか!?」
「はい」
「魔王城の牢屋に入れられる勇者なんて聞いたことないぞ!」
「ここ、魔王城じゃないわよ」
私は城を見上げる。
正式名称は――。
「ミナエモン城(仮)よ。魔王軍は災害救助隊として活躍しているわよ」
「魔王が災害救助だと!?」
勇者の悲痛な叫びが響き渡った。
三人の仲間たちも次々とルールーたちに連れていかれる。
私はその後ろ姿を眺めながら、ため息をついた。
「勇者って、もっとこう……壮大な存在だと思ってたんだけど」
「自称だからこんなものです」
七海が冷静に答える。
夢がない。
本当に夢がない。
「姫様」
今度はレクスが振り返った。
「取り調べ終了後、勇者一行を送り込んだ王についても捜査を開始いたします」
「王まで?」
「当然です。他国の統治者に対する暗殺を命じたのであれば、勇者一行だけを処罰して終わりにはできません」
「…………」
私は頭を抱えた。
また国際問題?
祭り前なのよ?
私はただ――。
焼き鳥を食べて。
ビールを飲んで。
花火を見たいだけなのに。
「姫様」
「今度は何?」
「テーブルを買いに行かれるのでは?」
「そうだった!」
危ない。
勇者のせいで忘れるところだった。
「七海、行くわよ!」
「どちらへ?」
「家具屋!」
勇者よりテーブル。
国際問題よりテーブル。
今の私にとっては、そっちの方が重要なのだ。
私は足早に城を出ようとする。
「姫様」
「何?」
七海が申し訳なさそうに口を開いた。
「先ほどの爆発で、門が破損しております」
「…………」
私は振り返った。
見事に吹き飛び、半分ほど瓦礫になった門。
「ルールー!」
「はい」
「器物破損、追加で一件!」
「かしこまりました!」
「絶対に弁償させるんだから!」




